警報
「あの話、どうするの?」
桜花が不安そうな表情で尋ねた。
ついさっき久瀬秋羽が言った言葉。それは紛れもなく、青い空を取り戻すために戦う地球帰還軍への入隊の誘いだった。
だから空人はいまだに答えが出せないでいた。
空人の夢は本物の青い空を飛ぶことだ。だが同時に、空人にとって宇宙は憎悪の対象でもあった。父を奪い、母を苦しめ、妹を絶望させた。
つまり、地球帰還軍に入るということは何も無く虚しいだけの絶望の中を飛ぶということと等しいのだ。
「宇宙は何も生まない。ただ何かを無の中に放り出すだけだ」
空人には宇宙滞在派への憎しみが足りなかった。父を奪ったのは確かに宇宙滞在軍だ。だが、あえて戦う道を選んだのは、父――星斗自身だ。そのことを理解しているからこそ、空人は一方的に宇宙滞在軍を恨むことが出来ない。
むしろ復讐に燃える主人公の方がまだマシだったのかもしれない。もしそうだったとしら、こんなにも進むべき道を迷うことはなかったのだろう。
「私は……」
桜花はそこで言葉を詰まらせ、
「……私は空人がどんな道を選んでも応援するよ。だから……もっと余裕を持てばいいんだよ。今すぐ決める必要なんてない。あーもう、なんて言ったらいいかなぁ。とりあえず、今はそんなに思い詰めなくていいの!」
そう言うといつもの脳天気な笑顔を見せた。
「そう、だよな。今じゃなくてもいいんだよな」
「そーだよ。もう今日は遊ぼ!」
空人は桜花の言葉で少し救われた気がした。ありもしない使命感に駆られ、どん詰まりになっていた心をそっとほぐしてくれた。そんなような気がしていた。
だが、この日この時この場所の会話が空人にとって最大の後悔となった。
「それじゃ、どこ行こっか?」
「どこでもいいけど……」
空人の脳裏に一瞬だけネットカフェの文字が過ぎったが、さすがに振りきった。
「とりあえず、街に出て買い物でもするか」
そう言って空人たちは徒歩五分ほどの繁華街へ足を運んだ。
よく行くネットカフェの場所とは少し離れたところに着くと、五階高層の大型のショッピングモールが見えた。中には円盤型の自動掃除ロボットが我が物顔で闊歩しており、シミ一つないほど綺麗な白のフロアが広がっていた。中央には二階まで届く大きな噴水があり、その周りには色とりどりの植物が植えられていた。
この狭いコロニー内では有数のデートスポットであるため、男女のカップルは嫌になるほど目につく。
そして、お金も恋人もいない空人たちは仕方なく、ウィンドウショッピングを楽しむことにした。
「ねぇねぇ空人。これに合うんじゃない?」
桜花はそう言ってサングラスを空人にかけると、なぜか大笑いし始めた。
空人は焦って鏡を見るとサングラスが金色に輝いていた。
「『これで暗い夜道も安全!!』………………………いるかボケぇ!」
夜道でサングラスをかけて見えるのか。かけていると逆に危ない人に思われるのではないか、など様々な疑問が頭に浮かんだがネタアイテムにつっこむのも馬鹿らしかったのでやめることにした。
空人は律儀にサングラスを棚に戻し、
「次、行くぞ」
そう言って店を出た。
しかし、長年微妙なバランスを保っていた太平はそこで終わってしまった。
突然コロニー内に警報が鳴り響く。
「緊急事態です。臨時政府からJPT-088へ避難命令が出されました。速やかに近くの避難所へ退避してください。もう一度繰り返します……」
「なん、だよ。これ……」