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第7話:毒見役の涙 ――凍る唇と仮面の笑み

「……誰か、医官を! 毒かもしれぬ!」


夜半、冷え込む厨房の奥で、ひとりの若い女官が倒れた。顔色は青白く、唇は紫に染まり、身を丸めて苦しむその様子は、どう見てもただ事ではなかった。


「この娘……確か、毒見役の新人では?」


誰かの声がそう呟いた瞬間、空気がぴりりと張り詰めた。


その知らせは、夜警の伝令を通じて、すぐに後宮の上層部へと伝わった。


「――小花、行ってくれない?」


命じたのは、他でもない高貴妃・薛麗花だった。


最近、毒を用いた嫌がらせが続いていた。自らの周囲で毒に倒れる者が増えており、高貴妃はこれを見過ごすつもりはなかった。


「はい。すぐに用意を」


小花は静かに頭を下げると、調薬用の袋を手に、夜の後宮を駆けた。


倒れた女官は、まだ命を取り留めていた。だが意識は混濁し、呼吸は浅く、全身に冷えが回っていた。


小花は脈を取り、舌の色を見た。口の中に苦味を訴える跡がある。そして――腹部を押すと軽く痙攣を起こした。


(この症状……冷毒に近い。だが天然毒ではなく、体の陽気を奪う“陰性の薬剤”……)


東洋医学では、「陽」と「陰」の気の流れが重要だ。この娘の体内では、陰の力が強くなりすぎ、五臓六腑の機能を低下させていた。


「……これは、藍火草らんかそうか、銀苔ぎんたいを煮詰めたもの……?」


どちらも、摂取すれば身体の内部から熱を奪い、凍えるような症状をもたらす薬草だ。だが、本来は毒ではなく、発熱や炎症を抑えるために使われる――。


(となると、毒見役の娘は……薬で毒された?)


翌朝。


「これが昨夜の残飯です」


厨房長が出したのは、残されていた粥と野菜の煮込み。小花は箸を手に取り、匂いを嗅いだ瞬間、眉をひそめた。


「この味噌の中……凍香が混じっています」


「凍香? 香料では……?」


「いえ、微量なら香り付けですが、煮詰めると冷毒になります。藍火草と銀苔の効果を持ちます。特に、空腹時に摂れば体内の陽気が一気に失われます」


「まさか……味噌を作っている下級の者が……?」


調査を進めるうち、ある女官が呼び出された。毒見役の娘と仲が良く、いつも昼食を共にしていたという。


「……ごめんなさい……彼女、最近ずっと食べてなかったんです。毒を恐れて」


「……空腹で、最初に食べたのが昨夜の粥だったのね」


小花は静かに頷いた。


その日の夕刻、小花は高貴妃に報告を終えたあと、そっと庭に出た。冷たい風が頬をなでる。


「人の疑いを恐れて、食すことすら怯えるようになるなんて……」


ふと、背後から声がした。


「だが、あなたのおかげで彼女は命を取り留めた」


振り返ると、そこには薛麗花が立っていた。


「小花。あなたの診たてと処置は、今や後宮に不可欠なものとなりつつあるわ。……どうか、これからも私の側で、真実を見抜いてね」


「はい。……命に寄り添える限り、私はここにおります」


夜風に吹かれながら、二人の女の視線は静かに交差した。


その瞬間、小花の中で何かが変わっていくのを感じた――それは、「下女」ではなく、「命を診る者」としての誇りだった。

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