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第6話:熱病は誰の罪

静まり返った後宮に、不穏な風が吹いていた。


「また一人、発熱です」


侍医が口にした言葉に、空気が凍りつく。


ここ数日、後宮の女官たちの間で原因不明の熱病が広がっていた。喉の痛み、発熱、悪寒、そして咳。ひどくなると、意識が朦朧とし、昏睡に近い状態に陥る者も出ている。


原因は不明。だが、罹患者はいずれも同じ区域――麗華宮の近辺に集中していた。


「小花、おまえの香の調合の影響では……?」


疑念の視線が集まったのは、当然だった。高貴妃・薛麗花のそば仕えとなったばかりの下女――香と医術の知識を持つ、異色の存在。彼女の手がける香が悪化の原因では、と囁く者もいた。


だが、小花は毅然と首を振った。


「香の原料は全て私が調べ、試し、毒にも触れていません。むしろ、これは……感染症です」


「感染、だと?」


「はい。口を揃えて“のどの痛みから始まり、発熱し、倦怠感を覚える”と言っています。これは空気を介して広がる病です。香ではありません」


小花の言葉に、侍医の一人が眉をひそめた。


「だが、それをどう証明する?」


「方法はあります」


小花は、自室から分厚い医学書を抱えて戻ってきた。そこには、彼女が過去に宮外で仕入れた西洋の医書が記されていた。


「これは“瘴気説”を否定する理論です。病は空気に満ちた毒ではなく、目に見えぬ“病原体”が媒介するのです。高貴妃さまの病の治癒に使った薬草――ヤナギの樹皮と熱冷ましの組み合わせが、この症状にも効くかもしれません」


「まさか……それは――」


「試させてください。まずは私の調合した煎じ薬を一人の患者に。経過を見ます」


その晩、彼女は病に伏す侍女に、苦く冷たい煎じ薬を飲ませた。


「ごめんね。でも、きっと効くから」


小花の目は真剣だった。


翌朝――。


「あの子の熱が……下がった!」


驚きの声が上がる。続いて他の者にも投薬を進めると、次第に症状は和らぎ始めた。


騒ぎは収まりつつあったが、真の原因を突き止めねば終わらない。小花は各部屋を巡り、調度品、寝具、食器まで徹底的に確認した。そして、ある部屋の水瓶の中に、異臭を放つ苔のようなものを見つけた。


「水が……腐ってる」


調べていくと、それは井戸の一本が汚染されていたためだと判明した。


「水路の流れを断ち、別の井戸を使うように。器具もすべて熱湯消毒を」


手際よく指示を飛ばす小花の姿に、女官たちは目を丸くした。


高貴妃のそば仕えとなっても、なお現場に立ち続ける姿勢。恐れることなく病に向き合う勇気。その姿勢に、疑っていた者たちも口を閉ざしていく。


そして、数日後――。


後宮に再び、穏やかな空気が戻った。


「……おまえ、ただの下女じゃないな」


呆れたように言ったのは、高貴妃・薛麗花だった。寝台に腰掛けながら、扇でそっと風を送っている。


「私はただ……人を助けたいだけです」


「ふん。そういう者が、一番恐ろしいのよ」


その目はどこか、嬉しそうだった。


だが小花は知らない。この一件の背後に、後宮の複雑な“意図”が絡んでいたことを。


水瓶の異物は、誰かの手による“混入”だった――ということを。

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