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第4話:薬草の知識が暴く、見えざる毒

朝の光が簾越しに差し込み、後宮の静けさに鈴の音が響いた。


「――今日から、あなたが私の侍女。名をなんていうの?」


 高貴妃・薛麗花の寝台の側に立つ小花は、深く頭を垂れた。


「小花にございます」


 それは命令というより、薛麗花の静かな決意だった。前話での処置の正確さを高く評価された結果、小花は正式に「高貴妃付きの侍女」として抜擢されたのだ。


 下女の身で、いきなり貴妃に仕える――常ならぬ事態に、後宮の噂はざわめいていた。


 だが、小花にその余裕はなかった。

 


 ある日、薛麗花の侍女の一人・紫蘭が突然、体を震わせて倒れた。呼吸が浅く、唇は青白い。小花が駆け寄ると、紫蘭の脈は乱れ、吐き気を訴えている。


「……これは、ただの熱中症ではありません」


 小花は沈桂凛を呼びに走るより早く、香薬箱の中から数種の乾燥薬草を取り出す。


 ――白朮びゃくじゅつ乾姜かんきょう藿香かっこう……そして少量の甘草。


 これは、脾胃を整える温和な処方。が、それだけでは足りない。


 紫蘭の舌の色、吐息、瞳孔の反応から――これは、徐々に毒を蓄積するタイプの草毒。急性ではなく、微量が毎日体内に取り込まれていた可能性がある。


 小花は周囲に命じ、紫蘭が普段口にしていた茶を持ってこさせた。香をかぐと、微かに苦みと金属臭が混ざる。


「この茶葉……水亀草すいきそうが混ざっています」


「水亀草……?」


 沈桂凛が駆けつけ、眉をしかめた。


「毒というより、体に溜まれば心肺に影響する草です。煎じ薬に使うなら量を厳密にせねばならないはずです。……まさか、誰かが意図的に?」


 沈桂凛の視線が、小花に注がれる。


「小花、おまえが気づいたのか?」


「はい。高貴妃様が飲まれていた薬湯と香の組み合わせと似ておりました。もしかして、と思いまして」


 紫蘭の症状が落ち着き始めると、小花の処置が間違っていなかったことが分かり、周囲の侍女たちは息をのんだ。


「それにしても……なぜ紫蘭だけが?」


「同じ茶を飲んでいた侍女が他にいないか、お確かめになられた方がよろしいかと」


 小花の言葉に、沈桂凛は小さく頷いた。



 後日、薛麗花の私室で、高貴妃はため息をついた。


「まさか、私に仕える者が毒を盛られるとはね……紫蘭は下がらせたわ。元気になったけれど、念のため、外の空気を吸わせているわ」


「それは何よりです」


 小花は深く頭を下げる。だが心中は穏やかではなかった。


 ――これは、紫蘭が狙われたのではない。高貴妃・薛麗花が、間接的に毒を盛られていた可能性が高い。


 紫蘭は、薛麗花の茶を煎じる役目を担っていた。


 つまり、茶葉に混入されていた水亀草の毒は、いずれ高貴妃本人にも影響を与えるよう仕組まれていたはずだ。


(誰が、何のために?)


 毒の正体を突き止めたものの、“毒を混ぜた者”はまだ不明のまま。


 小花は、今までにない緊張感を胸に抱えながら、薬草の小箱を閉じた。


「小花、これからも私の側にいてくれない?」


 高貴妃の声は、静かに、それでいて強い。


「私の命を守るには……あなたしかいないもの」


 その声に、小花は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……はい、薛麗花様」



 その夜。


 小花は寝台に横たわりながら、ふと自分の手を見つめた。


 毒草を見抜き、処方を調合し、命を守った――その事実が、まるで夢のようだった。


 けれど。


(夢なら、覚めないで)


 自分の知識が、人の命を守ったのだ。あの日、孤児だった自分を拾ってくれた老女――薬草の師匠の笑顔が、どこかで見ていてくれる気がして、小花はそっと目を閉じた。


 物語は、また一歩、深まっていく。

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