第2話:小さな手が紡ぐ奇跡
霊蘭妃・薛麗花の容態が落ち着いたと聞き、後宮の空気はわずかに安堵の色を帯びていた。
だが、その陰で静かな波紋が広がっているのを、小花は感じ取っていた。
あの日、下女が持ち込んだ香薬が妃の呼吸を楽にしたという噂が、宮中に流れ始めていたのだ。
「まさか、あの小娘が……」と、嫉妬に燃える妃たちの冷たい視線が小花に向けられる。
しかし、彼女にはそんな声は届かない。目の前のことだけに集中していた。
その翌朝、小花は薬草の調合に没頭していた。
先日の出来事から、もっと確かな処置を自分の手で行いたいという思いが膨らんでいた。
「霊蘭妃の症状は、単なる気の滞りだけではない。吐血は血管の損傷によるもの……これ以上の悪化は避けねば」
彼女が書物から得た知識は限られていたが、観察力は誰にも負けない。
妃の呼吸は浅く、顔色は蒼白。唇は青黒く、皮膚の冷えも著しい。心拍数は速く、不整脈の疑いもある。
「これが本で読んだ心不全のようなもの……かもしれない」
小花はそう自問しながら、慎重に薬草を選び出した。
「止血と血管強化、炎症抑制、そして気を巡らせるもの……」
彼女が取り出したのは、「血竜骨」「甘草」「麦門冬」の生薬だ。
これらを布で包み、煎じる。出来上がる薬液は苦みが強いが、妃の体を温め、出血を止める助けになる。
煎じ終わった薬液を小さな器に移し替えると、小花はその場にいた数人の侍女に声をかけた。
「霊蘭妃さまにお渡しするため、飲ませる際は無理をなさらぬように。苦みが強いので、少量ずつ、ゆっくりと——」
侍女たちは緊張しながらも頷き、薬液を持って妃の寝室へ向かう。
しばらくして、侍女たちが戻ってきた。妃は苦味に顔をしかめたものの、薬を受け入れ、安定した呼吸を保っているという。
「よかった……」
小花は胸をなでおろしたが、安心はまだ早いと自覚していた。
だが、宮中は冷たい。
「医療知識もない下女が妃の体に口を挟むとは無礼千万」と噂が広がる中、小花の周囲は冷ややかな視線に包まれていた。
そんな中、帝の側近である宦官・李がひそかに小花に近づいてきた。
「お前の手腕、気にかけている者がいる。これからの後宮では、ただの下女でいることは難しいかもしれぬが、力を貸してほしい」
小花は驚きつつも、穏やかにうなずいた。
「はい。私にできることがあれば、何でも」
後宮の闇が深まる中、香と薬草の知識を武器に、小花は少しずつ自分の居場所を築き始めるのだった。




