スパイな僕が任務を達成するまで
「ルイー、どこなの?ルイー。」
メイ婦人が僕の名前を呼んでいる。
メイ婦人は知らない。
僕がスパイだって事を。
コードネーム宵闇。
それがボスから与えられた僕の名前だ。
「背が低くて隠れるのが得意な君には、ぴったりのコードネームだ」とボスが言っていた。
背が低いは余計だ。
ボスと違って伸びしろがある僕は今、ボスから与えられた重要な任務を遂行する為、カント男爵邸に潜入している。
一流のスパイとボスに認められる為、バレずに任務を達成しなければならない。
僕はメイ夫人から信頼される為、あらゆる努力を重ねた。
そしてついに、メイ夫人は僕が邸内で自由に過ごしても気にしなくなった。筈なのに……。
「トイレかしら?」
今日に限ってメイ婦人がしつこい。
やたらと僕の居場所を確認するのだ。
だが、僕の高い運動神経と、隠れる技術があれば、のろまなメイ婦人に見つかりはしない。
メイ婦人の寝室に侵入して、ボスから預かったブツを枕の下に隠す。
それがボスから依頼された任務だ。
このブツが何なのか、僕は教わっていない。
でも、何であろうと関係ない。
僕は任務を全うするまでだ。
とか思いながら、ドアの裏側にしゃがんで、キッチンへ歩いて行くメイ夫人の後ろ姿を観察する。
メイ婦人は、僕が寝室に侵入しようとしているなんて思わないだろう。
「あら、早いわね。」
タイミング良く、誰かが家に訪ねて来たようだ。
今のうちに終わらせて戻ろう。
メイ婦人の寝室に侵入して、ボスから預かったブツを枕の下へ……って、枕が二つあるぞ!
メイ婦人の枕はどっちだ!?
仕方ない。
枕の匂いを確認した。
間違いない、右だ!
メイ婦人が好んで髪につける、フローラルな香油の香りがした。
ちなみに左は……歯磨き粉みたいな、ツンとした匂い。
メイ婦人とは結び付かない。
僕は確信を持って、右側にある枕の下にブツを隠すと、素早く寝室を脱出して、何事も無かったようにダイニングへ行った。
「ルイ、折角ケーキを用意したのに、どこへ行っていたの?」
「ちょっとね。」
「まあ、良いわ。」
メイ婦人に促されてテーブルに着くと、ボスが居た。
メイ婦人はボスの事が、かなり好きだ。
ボスが来て、メイ婦人は僕の事を、すっかり忘れていたに違いない。
お陰で僕は仕事がしやすかった。
「ルイ、誕生日おめでとう。」
「有り難う。」
そうだ、今日は僕の誕生日で、メイ婦人がお祝いしようと言ってくれたのだった。
僕は任務の事で、すっかり忘れていた。
任務を無事終えた僕は、美味しい料理を食べて、充実感で満たされていた。
「お休みなさい。」
夜、二人と別れて、幸せな眠りについた。
翌朝、僕は枕元にある袋に驚いた。
なんて事だ!
僕はベッドから降りると、自分の部屋を出て、ダイニングへと急いだ。
「メイ婦人!ボス!」
「ルイ、今度は何のごっこ遊びなの?」
しまった!つい口が滑ってしまった。
「そんな事より、母さん、父さん、僕の所にサンタさんが来たよ!ほら。」
僕の靴下は小さいから、枕カバーを枕元に置いていたんだ。
そしたら、こんなに沢山。
僕は、枕カバーいっぱいに入ったお菓子を二人に見せた。
「おお、いっぱい入れてくれたなぁ。ルイが良い子にしてたからじゃないか?」
「うん!」
きっと任務の為に悪戯を止めて、母さんの言う通り、貴族として、真面目に勉強していたからだ。
「実は、私にも来たのよ。」
母さんが嬉しそうに右手の甲を見せてきた。
母さんの小指には、赤い宝石のついた指輪が、キラキラと光っている。
左手には、僕が枕の下に隠したブツ(箱)が握られていた。
本当はサンタさんじゃなくて、僕達の仕業なのにね。
父さんを見ると、父さんは、母さんの目を盗んで、『大成功』と口パクして、僕にウインクをした。
僕も母さんに気付かれないように、サムズアップして見せた。
七歳の僕はもう知っている。
大人にはサンタさんが来ないって。
でも、母さんが嬉しそうだから、黙っておいてあげるんだ。
クリスマス前夜、僕と父さんのスパイ任務は成功に終わったのだった。
「スパイな僕が任務を達成するまで」のイメージイラストとクリスマス仕様のイラスト二点、OFUSEサイト(https://ofuse.me/ashikoshi)に投稿しました。二点の違いを楽しんで頂けたらと思います。
ここはリンクを貼っても意味がないようなので、お手数ですが、下のリンクから訪ねて頂ければと思います。