最後の部室使用日
秘密の部屋にある部室に訪れる最後の日。その日の放課後、部員全員が集まって会議をしていた。議題は脱出計画の概要の説明と、その他だった。
「でも、既に俺たちの計画はバレてるんだよ。それなら、どんな作戦を練っても、意味あるの?」
というのが俺の疑問だった。俺はテーブルの前に座っている。
そこで答えたのは、対面に座る章だった。
「もちろんだ。なんせ俺たちには、秘密の作戦があるんだからな」
「秘密?それってどんなのなんだ?」
「まあ、聞いて驚け」
すると章は布を取り出したのだ。
「布?」
「いいや、これは垂れ幕だ」
「あ、そうだった」
「ほら」
章が手渡ししてきたので、俺はそれを受け取る。普通の布よりもかなり分厚く、頑丈である。だが表面には何も記載されていない。つまりこれはどこかの部活に属するものじゃないのだろう。
だからと言って何なんだろう。別に垂れ幕なんて、特に役に立つようには思えない。
「でもこれがどんな役割を果たすの?」
「おっと、こいつも必要だったな」
と言いながらさらに奥から持ってきたのは、糸だった。
「糸?」
「ああ。でもこれはただの糸じゃなくて、金属糸だ」
「ふーん」
「ほら」
同じく手渡された金属糸を受け取る。かなり細くて、しかし強度が強く、余程の力が働かなければ途切れる事はなさそうだ。そして何よりも長い。
垂れ幕と金属糸。それが意味するものとは。
「うーん。やっぱり、わかんない」
「そうか。まあ、これは結構、発想として難しいからな。別に仕方ないさ」
と言いながら、章は垂れ幕と金属糸を取る。
「んじゃ、説明していくぜ。そうだな、まずはこれを持ってっと」
「うんうん」
頷きながら、俺はただ説明を聴いていた。
「垂れ幕の上部分にまず糸をとっつけるだろ。それからさらに下の部分にも別の糸をつけるんだ」
「それって何の意味があって?」
「下に通す糸はな、なんと校庭の門辺りにある木に巻きつけるんだ。屋上から壁面に伝わせて、校庭を通り、そして最終的に木の頑丈な部分にグルグルってな」
「うん」
「そうすると、屋上から垂れ幕を放つ時、どうなると思う?」
とクイズを出されたので、俺は脳内でシュミレーションしてみた。
垂れ幕の上には糸がついているので、もちろんそれは屋上の端から吊るされるだろう。でも下の部分の糸は、離れた校庭の木に繋がっているから、そのまま垂れ幕は壁面に沿って垂直に垂れるのではなく、滑らかに、まるで空中に架かる橋のようになるはずだ。
「あ!!!」
そこで完全に理解した。
「そうか!これで屋上から地上に移動できるんだ!」
「ビンゴ!」
という俺の回答に、ぱちんと章が指を鳴らした。
「そうなんだ。垂れ幕は最高の脱出用具として使用できる」
「天才だ、章。君は天才」
と褒めちぎると、そこで章は衝撃的な事実を公表したのだ。
「いいや、それは間違ってくるよ」
「え?」
まさか天才の上に、謙虚なんて。このイケメン天才、謙虚は、一体どこに非の打ちどころがあるのだろうか、などど思考を巡らせていると。
「この計画は帰神が既に考案していたものだ。ただその記憶を未だに思い出せないだけさ」
「……」
絶句した。まさか、こんな名案を俺が創り上げていたなんて。
「まあ、そういうことだな。まずは適当に俺たちが逃げるふりをしながら街に躍り出てから、一旦引き返して、校舎に逃げ込む。そして屋上まで限界まで釣ってから、垂れ幕で逃げるってわけよ」
「完璧じゃん」
「お前のお陰でな」
「どうも」
「いえいえ」
そこでなぜか握手。
「でもこれって誰が作業するの?」
という俺の質問に、答えのは、
「俺が木に巻き付ける作業をやる」
「僕が金属糸の糸の長さを計算する」
豪田と数野が順に。
そして最後に、瀬那が手を上げる。
「私が屋上で垂れ幕を貼り付けるわ」
ようやく秘密の計画の概要の説明が終了。
「だから何かさ、記念に垂れ幕に書き込もうって」
「は?」
突然の章の提案に、俺は頓狂な声を上げた。
「後、俺たちの帰宅部ってさ、意外と名前が的確じゃないと思うんだ」
と言ったのは、誰でもない帰宅部副部長の章だった。
「それって、どういうこと?」
俺が言うので、章が答える。
「だってさ、帰宅部って自宅に帰るからそう名前がついてるじゃん。でも俺たちは自宅じゃなくて、元の世界に帰ろうとしてるんだろ?」
「あ」
瀬那がぽんっと手を叩いた。
「だから、この際に部活名を改名しよう」
章はそのまま筆を持って、垂れ幕に書き込んでいく。
「えっと、帰宅部の宅の部分を変更してっと」
「ほうほう」
他の部員が興味深そうに眺めるのを感じながら、章は書き込みを続けていく。
「出来た!」
筆を置いてから、章は垂れ幕を取って、それを披露した。
パチパチパチ
というまだらな拍手の後。
「おう、悪くないな」
帰神の感想
「うん、まあ妥当よね」
瀬那の感想
「ちょっと字の歪みがあるね」
数野の冷静な的確。
「もうちょっと字面の強さが欲しかったな」
豪田の主張。
という事で満場一致で部活改名。
「でもまだ余白あるよ」
数野からの指摘が入った。
「あ、ほんとだ」
章は特に気にしていなかったようで、そこまで気づかなかったようだ。
「んじゃ、こういうのはどうだ?」
すると章はそのまま誰の承認も得ることもなく、筆を取って、スラスラと書き込んでいく。
そこには。
”帰世部 記念 初部活動 ”
と記載されていた。
そこでみんなが立ち上がって、テーブルの中央に手を伸ばし始めた。
「絶対に、みんなで帰世するぞ!」
「「「「「「おー!!!」」」」」
そして、帰世部が発足した。
「後、もう一つだけ」
帰世部員たちが部室から出ようとすると、章が告げる。
「これから俺たちは部活動に励む」
「部活動?」
「ああ。だって帰神、この世界であんまり運動してないだろ?」
「してない」
そう指摘されると、その通りである。元の世界では薄っすらと帰宅部の部長として、まあ結構普段から運動はしていた。だからそこそこ体力や持久力にも自信はあったのだ。
でも運動と脱出の2つに、一体なんの関連性が。
などと思考を巡らせていると、章がその隙間を埋めてくれた。
「脱出する為には、結構長い道のりを走る必要性があるんだ。だからある程度体力をつけてからじゃないと厳しい」
という章の指摘に、まず答えのは、瀬那だった。
「え」
「え?瀬那、どうしたんだ?」
「私さ、実はここで体重増えたんだ。どうしてか、知ってる?」
「は?さ、さあ?」
「この世界って、虚構じゃない?だから私、罪悪感じずに、暇な時はずっとジャンクフードばっかり食べてたんだ」
瀬那の回答に、数野と豪田、そして帰神もあまり批判することはなかった。なぜなら、誰でも似たような行為はしていたのだ。
気持ちはわかる。味も味覚も如実に再現されているから、ついつい食べすぎてしまうんだ。
「まあ、そういうことだな……とにかく、この世界でも筋肉という部分は再現されているから、これから部活動として放課後校舎周りを円周することに決定な」
という章の独断に、誰も異を唱える者はいなかった。