二人の転校生の後の放課後
「やっぱり、僕たちの事、覚えていないだね」
という数野の言葉が部室に響いた。
二人同時に転校生がやってきた日の放課後。
「ニューロギア?」
慣れない単語の登場に、俺は首を捻った。
「ああ。それが元の世界と虚構を繋ぎ合わせるインタフェースになっているんだ。流線型状のヘルメットみたいな奴だよ。それを嵌めると、量子レベルで意識をそのインタフェースに組み込んで、魂を飛翔させる」
「ああ……ああ!」
章から説明を聞いていると、段々と俺の封印されていた記憶が鮮明に蘇ってくる。まるで熱で氷解していく氷のように。これは快感的なものだ。
「だけどな、このニューロギアを嵌めると、一つだけ、厄介な事が発生するんだ」
「厄介な事?」
俺は鸚鵡返しのように繰り返すと、章が返答する。
「そう。この世界からお前を助けないと、二度と戻れない仕組みになってるんだ」
「二度と、も、戻れない?」
もちろん俺は微かにわかっていた。その意味を。
「ああ。ニューロギアを一度使用すれば、こちらから意図的に意識を戻すことが出来ない。言い換えれば、この世界のホストである帰神を救うというゲームにクリアしないと、永遠に虚構の中で時間を過ごすことになる」
「そ、そんな……それも俺が組み上げたプログラムのせいで……」
俺はまたしても絶句した。そこまでのリスクを背負って、俺という人間を救いに来たんだ。一人一人が確固たる意思を持って。
「ごめん」
大きく頭を下げた。もちろん、それが罪の償いとして機能することなど無いことはわかっている。でもそれしか今の俺にしか出来ないんだ。
俺はなんてプログラムを構築してしまったんだ。現実逃避するために、ただ自分を虚構という名の世界に埋める。挙げ句の果てには、俺を救おうとする親友の命を危険に晒す。
「なーに、心配すんなって」
「え?」
章の声に、俺は顔を上げる。
そして俺は順に、部員たちに視線を送る。章、瀬那、数野、豪田。彼らの顔には恐怖はなく、ただ自信と笑みが滲んでいる。
「あっと、ちなみにプログラムの解析を行ったのは、僕なんだけどね」
と最後に告白してきたのは、数野だった。
「あ!それ言わない約束だっただろ!」
なぜか章がそれに抗議する。
「だって章、まるで自分の功績みたいに語るんだもん。あのプログラムをある程度まで読み取るには、どれだけの時間がかかったと思うんだ」
という光景を見ながら、俺は少しの苦笑。
「そういえばなんだけどさ」
と俺が日本茶を啜りながら、話題を転換させた。
「どうしたの?」
瀬那が受けるので、俺が
「昨日の夜も、章から指示されたように自宅周りを観察を続けていたんだ」
「そうか!それで結果は?」
章が食いつくように訊いてくるので、俺は告白した。
「やっぱり、酷くなってた。自宅周りにさらに頑丈な監視網が張られていたよ。大人数だったんだ、前よりも」
「それはまずいな……」
「帰神、女子達はどのくらいの距離にまで接近してた?」
という質問をしたのは、数野だった。
「えっと、自宅の前まで。玄関から出て、すぐのところだよ」
「ふむ。かなりこの住人の拒絶反応が進んでいるね」
数野はメガネをくいっと上げて、そう断言した。そしてさらに続ける。
「安全上から、この部室もそろそろ使用するのをやめたほうが良いかもしれない。というかもう、既にバレているかもしれない……」
と数野が恐ろしい発言をすると同時に、部室の外から、女子達の声がした。
「!!!」
そこで部員全員が口を塞いで、お互いの目を見合った。視線を使って、意思疎通を行っているのだ。絶対に声を出すなと。
「あれ?男子たち、こっちに来てたような、そんな気がしたんだけどね」
「ほら、次はこっちいこう!」
「うん!」
「待ってなさいよ!絶対に探し出してやるんだから!」
という声が多目的室から聞こえてきた。
もしかして、彼女たちがこれからこの部室に侵入してきて、それで全てが終わるのか。
そんな恐怖に耐えること数分。
どうやら行ったようだった。
「ぷはー!危なかった!」
堪えていた息を吐きながら、章が地面に転がって、叫んだ。
「あれ?今、どこからか声が聞こえなかった?」
女子の声。
「バカ!!!」
「もぐもぐもぐ……」
どうやらまだ近くに女子達が潜伏していたようだ。章の声が壁から伝わったらしい。さらに喋らないようにと、瀬那が章の口を塞いだ。
「うーん、やっぱり空耳かなー」
「きっと、そうだよ」
「だね。ほら、早くいこ!」
ぱたぱたぱた。ようやく遠くに行ったようだ。
「これはもう末期だな」
というのが数野の結論だった。
「ああ、間違いない」
章が返事を返す。
「んじゃ、次回が最後の部室のしよう」
誰も異論を示す者は居なかった。