6話 二人目の転校生と、部室に
「うっそ!やっぱり、私の事、覚えてないの!?」
というのが帰神の記憶状態についての瀬那の反応だった。
二人目の転校生がやってきた日の放課後。案の定、章と瀬那は俺を呼んで、あの多目的室に隠されている部屋に移動することになったのだ。
「本当に、本当に、私の事、忘れてるの!?」
「ごめん、本当なんだ。誰なのか、良くわからない」
「それって、ショックかも……」
俺の反応を聴くと、瀬那は顔面をくしゃりとさせて悲しんだ。
「まあ、心配すんなって。俺たちと接していけば、帰神の記憶は段々と蘇っていくって」
と言いながら、章が奥の部屋からやってきた。両手にはトレーが握られている。今日もお茶だった。茶碗をテーブルに乗せていく。
「にしても、この虚構、むちゃくちゃリアルだよね」
ずずずと日本茶を啜りながら、瀬那が呟いた。
「ああ。俺も昨日来た時、驚いたよ。まさか、ってな」
「味覚も、物理も、何もかもが本当の世界にいるかのように再現されてるんだもん……」
瀬那は未だに虚構の世界の詳細さに理解が追いついていないようだった。
それも当然だろう。そもそも俺が創ったらしい世界に住んでいる、俺でさえもが、その虚構性について全く気づかなかったぐらいなんだ。
「それで、帰神どうだった?昨日、実験してみた結果は?」
と言ってきたのは、章だった。実験というのは、夜中に自宅周りを観察してみろなんていう、謎のものだった。だが、実際にそれを試してみて俺は意図を看破した。そして遂に、この世界が虚構であるとその革新に迫った。
「ああ。監視されてた。それも大人数に。自転車を跨ぎながら、女子生徒たちが自宅の周りで待機してた」
「ほらな!」
章がビンゴという感じの顔。
「嘘!」
瀬那はまさか、という感じの顔だった。
「でもさ、そんな事が起きてるからって、一体なんなの?」
俺の質問に、章が答える。
「既に虚構では、拒絶反応が進行しているってことさ」
「「拒絶反応?」」
帰神と瀬那が同時にその単語を繰り返した。拒絶反応とは、基本的には医療の世界の文脈で使用される用語だ。臓器などを移植した時、細胞などの単位で移動先のそれとミスマッチなどを起こすあれだ。
そんな用語、概念が一体、どうしてこの虚構に適応されるのだろうか。
などと思考を巡らせていると、章が説明を続ける。
「帰神はこの虚構の世界にさらに深く引き籠もる為に、色んな細工を施したんだ。まずは虚構そのものを創り上げた、というのは既に理解できたと思うんだが。だがそれだけじゃなく、引き籠もりから脱出しようとした時にも、それを防ぐようにもプログラムを創ったんだ」
「ほ、ほう」
「そういえば、章、説明してたね、そんなの」
瀬那はこの世界に来るまでに、章からある程度説明を受けていたのだろう。
「実際には、この虚構に来た人間たち、つまりそれらを異物として捉えることによって、排除プログラムを導入したってことだ」
「ああ、なるほど!」
そこに来てやっと俺の記憶の一部が氷解されていくのを感じた。
だからこそ、昨日の夜の女子のように過剰に拒絶反応を起こしているということなのだろう。転校生が登場して、虚構の世界の異変を感知して、それをまず把握しようとする。そして俺が変な事をしないようにと監視、というのもその発現のひとつなのだろう。
「拒絶反応は不可逆的なプロセスでもあるんだ。だから一度発生すれば、絶対に逆戻りしない。そしてただ進行していくんだ」
「……」
それを聴いて、俺は完全に萎縮した。
それでも瀬那は
「俺たちに出来るのは、自然に行動して、拒絶反応を遅らせることだ」
「自然に行動ね……」
「わかった!」
帰神の陰鬱な反応に、瀬那は溌剌とした返事。
そこで取り敢えずは部活解散となった。前回のように長居すると、この世界の住人から異変に気づかれる可能性を高めるだけなのだ。
部室から忍者のように出ようと、準備している時、
「ああ、肝心な事、忘れてた」
「か、肝心な事?」
と章が宿題を忘れてきたみたいな感じで言うので、俺は気軽に構えていると。
「くれぐれも、軽率な行動だけは取るなよ。万が一、この虚構で物理的に死ぬことは、元の世界でも死を意味するからな」