乗り替わりは彼
「お久しぶりです」
「久しぶりだな!」
「羅田さんも海老原さんもおかわりないようで何よりです」
五月第四週の水曜日、つまり落馬事故から三日目。
俺は栗東トレセンの羅田厩舎を訪れていた。38世代で買い手がつかなかった四頭の競走馬をクラブ馬として預託に来たのだ。
「事前の打ち合わせ通りにオウカファーストとオウカセカンドを羅田さんに」
「ええ、厩舎は空けてあります」
前にヘマこいたが今回は大丈夫のようだ。
「海老原さんにはオウカサードとオウカショートを」
「数字じゃねぇんだ!? 野球なんだ!?」
「名前決める時に春の甲子園やってまして。クラブ馬の名前に意味を込めすぎるのもなと思いまして」
クソカッコいい名前を付けているといつかネタ切れするからな。
「まぁ、今は彼らの話はいいんです。調教に関してはお任せしてますから」
俺のその言葉に羅田さんと海老原さんは目を伏せる。
「率直にお聞きします。浅井さんは宝塚に間に合いませんね?」
断言して聞く。希望的観測はいらんのだ。
「はい、リハビリが間に合っても乗るのが精いっぱいです。乗り替わりになります」
「よりにもよって怪我をしたのが右手だ。ステッキが握れても追えはしないだろうし、滑って他の馬に当たる可能性があるなら騎乗を控えるべきなのは明白だわな」
よかった、二人とも意見は合致してるようだ。
「浅井騎手も納得してくれています。自らの騎乗ミスで迷惑をかけて申し訳ないとも」
「競技に事故はつきものですから気にしてはいないとお伝えください」
「ええ、必ず」
まだ目立った大きなけがは骨折だけだが全身打ち身で入院中だからな…。落ち込まないでほしいわ。
「でだ、問題は乗り替わりを誰に頼むかって話だ。グランプリである宝塚記念だからな、上位陣…。厳密に言えば吉騎手、館岡騎手、沼付騎手、川地騎手、幸永騎手はお手馬二頭の上に選択しているから乗り替わりは不可能だ。義理の問題だからな、そんなことをすると干される。
次点の候補は厩舎所属の足立だが、これも他厩舎のお手馬がいるからな。諦めてくれ」
うーん、選択肢全部潰されてね?
「羅田と相談したんだがな? アンちゃんの知り合いで宝塚に乗らない奴がいるんだよ」
「? 他に誰か…。あー! はいはい! 理解しましたよ! 先方が受けてくれるなら私は構いません」
「よかったです。では依頼しておきますね」
そののち直ぐに羅田さんが渡りをつけて。先方の了解も得られたのでレジェンに彼が騎乗することが決まった。
新田騎手とグリゼルダレジェン、今回限りのタッグの完成である。
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「まさかグリゼルダレジェンと組むことになるとは思いませんでした」
「ライバルって感じだもんね」
ケラケラ笑いながら、桜花牧場で汗で汚れたVR装置を拭く新田騎手と喋る。
「本当はこんなこと言っちゃいけないんだが羨ましいな」
「だな! まったくもって間が悪い」
揶揄うように新田騎手を両側から肘でウリウリとする吉騎手と館岡騎手。背後では館岡騎手の息子である剛史と国生がそれを見て苦笑いしている。
今日は八月に行う予定の『レジェンドジョッキーレース』の予行演習として彼ら五人とデニーロ騎手にロメール騎手に沼付騎手、そして川地騎手が島に来てくれている。
一度に全員にまとめて動かし方の説明をするのは難しいので、最初は館岡さんの息子たちに詳しい人たちが教え、残りの四人は後からマンツーマンで教える形だ。
ちなみに残りの四人だが川地騎手のデイキャンプに巻き込まれている。川地騎手はキャンプが好きらしいのでホースパークキャンプ場で一度キャンプをしてみたかったようだ。
そろそろこちらに呼びたいのだが…。楽しんでいる途中だと気まずいな。
「そうだ、山田君に連絡に行ってもらおう」
我ながらグッドアイディア。スマホを取り出して山田君に電話をかける。
三コールほどで彼は応答した。
『はい、山田です』
「鈴鹿です、山田君に川地騎手たちのお迎えを頼みたいんだよ」
『わかりました。連絡はお済ですか?』
「楽しそうだったら水差したくないのでまだだよ」
『なるほど、僕も休憩がてら混ざってきます!』
「うん、急がなくていいからね」
『はーい!』
ブツリと電話が切れる。コミュ強の山田君ならイイ感じに対応してくれるだろう。
「つーわけなんで、皆さんも休憩なりシミュレーターに乗るなりお好きにしてもらって構いませんよ」
「おう、ありがとな社長! 剛史、国生! 行くぞ!」
がははと笑いながら二人の息子の首根っこを掴んでシミュレーターに戻る館岡騎手。猫かよ。
「吉騎手と新田騎手はどうされますか?」
「少し疲れたので休憩がてら食事に行こうかなと、新田君もどうだい?」
「ご一緒しますよ」
「じゃあ、裏に停めてある社用車をお使いください」
スタッフがみんな持っている社用車用の鍵を吉騎手に渡す。
「ありがとうございます」
「スターホースで例の肉料理をお願いしますって言ってもらうとレアな食事ができますよ」
「喫茶店まで謎抱えてるんですかこの島…」
「そういわずに、後悔はしませんから」
そう言って彼らを送り出す。お肉を気に入ってくれるといいが。
今のうちに事務作業を終わらせるために事務所に戻ろうとすると毛玉の団体が事務所のドアから飛び出してきた。ゴドルフィンたちだ。
屈みこみ三頭を順に撫でる。大塚さんの手入れが行き届いているので毛はふわっふわである。
「大塚さんは…。ああ、研修で忙しいよなそりゃ。よし、散歩行くか」
きゃんっと三頭が返事をして俺の周りをクルクルと回る。退屈だったんだな。




