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鈴鹿静時のオーナーブリーダー物語〜謎アプリを添えて〜  作者: 菅原暖簾屋
熱闘クラシック戦線! ダービーは燃えているか! ー2ー
26/69

種付けの季節は以後地獄

 チューリップ賞でバタバタしていたが三月は出産の季節。桜花牧場でも続々と仔馬が産まれてきていた。

 最初にロストシュシュの39、俺がチューリップ賞の観戦に行っている間に産まれた。続いて俺が帰島した時にリリカルエースの39とジェネレーションズの39が立て続けに産まれてきた。帰るなり出産補助をさせられたわ。

 残りの出産待ちは五頭、人手の関係で桜花賞までに全頭産まれてこなかった場合は現地応援は不可能になる。代理で山田君に行ってもらうけどね。

 初めての桜花牧場での出産でうまく連携も出来ていなかった。来年の出産シーズンに向けて考えることはたくさんあるな。

 まず、人手。全然足りない。厩務員はどうにかなる予定だ、山田君がホームページで募集をかけてくれ結構な数の募集が集まった。給料いいからなぁ。

 実は妻橋さんに頼んで既に新しい厩務員候補の面接を終えているので、内定はもう出した。四月から研修だが、まったくの畑違いからの就職者もいるので出産の手伝いのあてには出来ない。

 獣看護師と事務員はもう少しかかりそうだ。金と命を預かる役回りなので無責任な選出はできないのだ。

 次にVR装置。これだ。問い合わせが多すぎて困っている、仕事に差し障りがあるぐらい本当に多い。海外からの問い合わせもあるので俺が対応しないといけないのもデカいな。意外とうちの牧場は海外からも注目されていると山田君が言っていたし、英会話ができる事務員、もしくは広報を雇いたいものだ。

 総括すると「あー、めんどくせ」である。桜花牧場の立ち上げはアプリがやってくれてたから俺はノータッチだし、厩務員を雇った時も妻橋さんが粗方やってくれてたんだ。つーか、俺は元はただのサラリーマンだぞ? 人の差配なんてしたことねーっつうの!


「オーナー、どうかなされたんですか?」


 頭をガリガリ掻き毟っていると新田騎手が話しかけてきた。なんでもないと誤魔化す。

 なぜ新田騎手がいるのか、それはチューリップ賞が終わり帰宅しようとしたときに羅田さんから電話があった。新田騎手が話がしたいってね。

 電話を替わってもらって話を聞くと、浅井騎手とレジェンに勝ちたいからVR装置を使わせてくれってさ。笑っちゃう、敵陣営だぜ俺ら。俺は彼を気に入ってしまった。

 「恥を掻いても這い上がって勝つべきと浅井騎手に教えられました」って言われたらもうなんも言えなかったね。日曜の騎乗があるかと聞き、無いと答えたので新幹線のチケットを用意してやるから新神戸駅まで来いって言っちゃってさ、あとはもう島までキャリーさ。

 日曜の夜に合流した吉騎手に随分しごかれたみたいで、出産の補助をした俺と同じぐらいにフラフラだったよ。吉騎手はシャキッとしてた、本当に超人かあの人。


「調子はどうです?」


「吉騎手が先生になってくれているので捌き方が段々と分かってきました。このまま功夫を重ねて桜花賞は貰います」


「よろしい、奪ってみなさい」


 新田騎手はストレートに戦意をぶつけてくれるので気持ちがいい。生物はライバルがいないと強くなれない。レジェンが大逃げだったとはいえど、二馬身差まで迫ったレアシンジュは桜花賞ではもっとも注視すべきライバルだ。


「おっと、私も忘れないでくださいね」


 吉騎手も新田騎手の背後からヒョコっと顔を出して言う。

 彼も桜花賞でグレイトフルエリーに騎乗する予定だ。間違いなく強敵である。


「ふふ、忘れるわけないですよ」


「本当ですか? 忘れてくれたら戦いやすいんですけどね」


「やめてくださいよ…。シミュレータで何回アタマ差で負けたことか」


「あれが先行馬が大逃げに勝つ方法だよ新田君、最後だけちょこっとアタマ出して勝つのが理想。それができたらスタミナコントロール出来ている証拠さ」


「でもグリゼルダレジェンがいるなら先行手段取れないじゃないですか」


「それもそうだね」


 あはは、と笑う吉騎手。大逃げで距離を稼がないとレジェンの末脚に喰われるからなぁ。


「私は対グリゼルダレジェンの動きをシミュレータで発見させてもらったよ。次は負けない」


 戦意万端の表情で吉騎手は告げる。


「そうですか、教えてくださいお願いします」


 潔く教えを乞う新田騎手。


「いいよ、シミュレータに戻ろうか」


 笑いながらVR装置のあるコンクリートハウスに引き返していった。

 なんか、あそこは力を求める修羅の集まる場所みたいになっちゃったなぁ。


 あとで山田君に飲み物差し入れてもらうついでにスパイしてもらおう。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 三月末。無事に全頭出産が終わり、牧場に種付けの季節がやってきた。

 昨年決めたとおりに山田君は出禁! 代わりにオブザーバーを増やした。

 吉騎手と館岡騎手だ。実際に種牡馬に乗ったことのある彼らなら我々にない視点でアドバイスをしてくれるのでないだろうか!? してくれ頼む!

 今年は海老原調教師も羅田さんもクラシック戦線に参戦するお手馬の調教で参加は見送りになった。

 つまり、山田君が乱入してきたときにパワープレイで潰せるのが俺と吉騎手と館岡騎手の三人しかいないのだ、さっさと終わらせよう!


「うおー! 柴田さん! 離してください! 今年はエステラが種牡馬入りして

、久々に良血統のブラッドメアサイアーに4×3が起こりやすいんです! うちのジェネレーションズもその一頭なんですよ!? 意地でもつけてもらいます!! うぉおおおおおおおお!」


「凄いね彼」


 吉騎手が苦笑し、館岡騎手が呼吸もできないぐらい爆笑する。

 のっけから酷い有様だ。


「オーナー、山田君を入れてあげませんか?」


「そうだ、一緒に働いてる仲間なんだからハブにするのは感心しないぜ?」


 あ、あかん。二人とも山田君の味方だ!

 柴田さんに諦めた視線でアイコンタクトを送り、山田君は解放された。


「ありがとうございます吉騎手、館岡騎手! 僕、頑張ります」


 頑張ったから出禁になったんだよ? わかってる?

 柴田さんがそんな山田君の様子にため息をつきながら厩務員休憩所に入ってくる。

 事務所では流石に見せられない資料が増えてきたので、今年は厩務員休憩所を会場にした。


「もういいですか? 始めますね」


 大塚さんが頭を抱えながら議事進行を開始する。

 前年と違い今年は俺が魔法の手帳をフルに活用して付けられる種牡馬の情報を集めてきた。

 ステープラーで製本された資料を皆で見る、ちなみにまとめたのは山田君だ。


「よくできた資料だな」


「ええ、流石に牝馬の祖父世代まで我々も覚えてませんからね」


 通常、サイアーライン(血統表)を図にするとき五代前までを記載する。これが牝馬に牡馬をつける際に非常に有力な指針になるのだ。

 血統は継がれていくものであり、突然変異と言うのはほとんどないが、うちのロストシュシュなんかがそれにあたる。

 両親ともに中長距離馬であり、父系母系共にマイル以下で活躍した馬はいない。だがロストシュシュは短距離しか走ることができないほどのスタミナを使い切るスピード狂だったらしい。

 しかし、彼女でなく血統を見るならば長い距離に適性がある馬をつけるべきだ。去年、山田君と揉めたのはここだな。彼は血統を見てリンガンナーティを推した、まあ単純にリンガンが好きってのもあるだろうが。

 それに対し俺や海老原調教師はロストシュシュ本人の適正で選んだ。つまり、短距離が得意であろう馬とかけ合わせてスタミナよりスピードのある仔馬を生産することに決めた。

 ここが生産牧場の悩みどころである。俺たちと山田君の意見は両方間違っているわけではない。仮に彼の言うとおりにリンガンナーティを付けていたらロストシュシュの脚の速さとリンガンナーティのスタミナを受け継いだ名馬が産まれていたかもしれない、一方でリンガンナーティのそこそこの末脚とロストシュシュのスピード狂が引き継がれて、どの距離もまともに走れない仔馬が産まれたかもしれない。

 結局、正解などないのだ。

 だから去年の種付けで俺たちは短距離のヤマトバクセイオーを付けて『事故』が発生するリスクを減らした。

 だが、今年は資料も完璧に揃え、半兄になる競走馬候補の情報も記載した。

 

 種付けとは博打と変わらない。しかし、リスクは抑えられる。

 オブザーバーも用意して桜花牧場の経営のために最善を尽くしてこの場を整えたのだ。


 小難しいこと言ったが、今年はお金があるから好き勝手付けられるから山田を参加させたくなかった。結論これ。だが。


「ロストシュシュにはエステラを付けましょうよ!」


「いや、シャルロウショックでスタミナとスピードを兼ね備えた最強馬を!」


「マイル血統で末脚のあるグリゼルダレジェンタイプの馬が一番活躍しやすいのでマルチマイナーにしましょう!」


 悲しきかな、吉騎手も館岡騎手も山田側の人間だったのだ。




 結局会議は船頭多くして船山に登り、真夜中まで続いたのだった…。


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