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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

〜〜強い花を育てる国〜〜庭師の王女と旅行者2名

作者: 本郷隼人

 ―――そこは、見渡す限りが森だった。


 地面は緑色に染められた、比較的大きな木々が一面にぎっしり生い茂っていた。そこに住まうであろう獣達の鳴き声、川のせせらぎ、葉と葉が強風で擦れ合う音、それらが合わさって発するBGMが、その森が濃く深いものであるのだと主張していた。

 その森の上に広がる空は驚く程に快晴、雲一つない。遠くの地平線も真っ直ぐで、山脈らしき曲線は見えなかった。見えるのはどこまでも続く森だった。

 一本の地平線が、緑色の世界と蒼色の世界を隔てていた。


 そんな森と空の間を、魔法使いであるサキとその使い魔・猫のパティは、悠々と箒で飛んでいた。

 2人は魔物の討伐と得意の占いで旅費を稼ぎ、自由気ままに国や街や村を訪れる冒険者…………言い換えるならば旅人であった。


「いっや〜しかしご主人。見事なまでに一面が森ですね〜」


 サキの肩に乗っているパティが森を見下ろしながらそう呟く。前方を見ていたサキも下に目をやった。


「そうだなパティ、本当に森しかないや。変わり映えがなさすぎて私は飽きて来たよ。パティは?」


「当然、私も飽き飽きですよ。最初に見た時は『うっわー綺麗だなぁー!』なんて騒いでましたけどね。…………にしてもご主人、本当にこの森に一つの国があるんですか?」


 パティがそう聞くと、サキは「うーん」と難しい顔で唸りながら顎に手を添えた。


「この前立ち寄った国で確かに聞いたんだけどなぁ。『広い森にポツンとあって、綺麗な花々が城壁や街中に沢山咲き乱れている国がある』って」


「ハァ……『咲き乱れてる国』ですか……」


 サキの話にため息をパティが、その小さな右前足で森を指さして、


「こんな何もない森の!どこに!花咲く国があるって言うんですか!見てくださいよ!国は愚か、色付く花さえ見えませんよ!!全面緑色ですよ!!!」


 と突然大きな声で文句を言い始めた。サキは前を向き直し、


「………………………あー、うん、そうだな。もしかしたら私達は偽の情報を掴まされたのかもしれない」


「いや、もう絶対そうですよ……」


 そしてサキとパティは同時に溜息を吐いた。

 確かに2人は前の国に滞在していた時に、『広い森に花が咲き乱れている、それはそれは綺麗で豊かで素晴らしい国がある』と他の冒険者から聞いた。そしていざ出発した訳だが、森の上空を飛んで4時間ほど経過しても、その国の城壁は見えなかった。


「となるとあの冒険者が言った噂も出鱈目だったのかなぁ」


 サキがそう言うと、パティがうんうんと頷いた。


「きっとそうですよ!その国が『他の国の令嬢やら王子やらを攫って"強靭な兵士"を育ててる』なんて、子供騙しな噂!きっと僕達の興味を惹く為についた嘘っぱちです!チクショーあの冒険者、次あったらタダじゃおかないからなぁー!」


 パティがぷんぷんと怒り出したのを見て、サキは少し苦笑いをした。

 パティが言った通り、その冒険者は『その国の精鋭スパイが他国に潜入して、魔力量の高い王族貴族のご令嬢などを攫い、訓練を施し最強の魔道兵士やスパイにしている』と話していた。

 確かに王族貴族の血統は体内に秘めた魔力量が高く、鍛えれば強い魔法使いになる。なので『戦争で勝った国が負けた国の王族貴族の脳を魔法で洗脳し命令を聞かせる兵士にする』などの事例は多々あった。

 しかし、これに関してはあくまで噂な為、2人は純粋に観光をしようとしていた。


「でもさパティ。王族や行方不明になる事件が各国で多発しているって噂は昔からよく聞くよ?」


 サキがそう問うと、パティがものすごい勢いで首を横に振る。


「い、いやいやいやいや、それも噂ではないですか!あのですねご主人、国にとって王族貴族は宝なんですよ?そりゃあ、やらかした令嬢とか王子とかを国外追放する王様や伯爵は沢山いますよ?でもやはり膨大な魔力を有する彼ら彼女らはそれでも国のタ・カ・ラ!将来を担う人達であり、大切に育てられた"花"の様な存在なんです!簡単には手放したくない訳なんですよ!」


「…………あー、なぁパティ」


「そんな宝を他国に奪われるなんて言語道断!国の名折れですよ!だから王族貴族は必死こいてガードを固くして護衛する訳なんです!まるでダイヤモンドの様に硬いんですよ!」


「……パティ」


「なのでスパイなんかが誘拐出来る訳ないんです!はい証明終了!行方不明の事件もただの噂なんです!真っ赤な嘘!なので花が咲き乱れる国だって噂で――」


「パティーっ!」


「え、あ、は、はい、なんですかご主人」


「前、あそこ見て」


 そう言ってパティの説教を止めたサキは、前方遠く、地平線の手前あたりを指差した。


「あれ、もしかして国じゃないか?」


 指差した先には、森の中にポツリと立つ、小粒ぐらい小さな小さな、円形の城壁らしきものが見えた。



 ☆☆☆☆☆



「言ったろパティ?やっぱり国の城壁だった」


「ええ、まさか本当に国があるなんて。噂も馬鹿にならないのかも」


 2人が城壁らしきものを見つけた後、やはり城壁だったもの、その目の前に着陸してから呟いた。

 城壁は数十メートルほどの高さで、石造りで出来ていた。所々に小さな穴やヒビがある、良く言えばとても趣のある、悪く言えばありきたりな城壁だった。

 ここに来る時に上から見た限りでは、この壁の厚さもそれなりにあった。


「しかしでもご主人、この城壁に花なんか咲いていませんよ?」


 パティが言って、サキが頷く。


「確かにね。噂では城壁にも花が咲いている筈だけど……」


「花どころか枝づるや苔すらないですね」


「それに内側から生活音が一切聞こえてこない。上から見た時も住民らしき人々も見えなかったし」


「間抜けの殻?誰も住んでいないんでしょうか?それとも国が滅んで…………」


 話し合った後、2人は腕を組んで首を傾げて、


「「うーーーーーん」」


 と考える。噂の城壁に花がない、生活音が聞こえない。この謎に思考を巡らすが、当然答えは出ない。


「……まぁいいか。取り敢えず城壁に沿って歩こう。城門と関所には門番がいるかもだし、なにより中に入りたしね」


「ですね」



 それから2人は壁沿いに移動をして、城門と関所の前に着く。だが、関所に門番はおらず、門も閉まったままだった。


「どうですーー?誰か見つかりましたかーー?」


 無人の関所に入って調べているサキに対し、パティは外で固く閉まった門を見つめながら叫んだ。それからサキは関所から出てくると、


「いいや。誰もいないし、何もない。中にはテーブルと2つの椅子だけだ。なにか壁内の情報が分かる書類や本なんかも無かった。荒らされた形跡もなかった。本当に、ただテーブルと椅子があるだけ。殺風景な部屋だよ」


「えっ、嘘ですよね?関所なのに武器とかも無いんですか?」


「ああ、剣や槍も無いよ。通信水晶(注・魔法で遠くの人間と会話が出来る水晶。この世界の固定電話の様な存在)も無かったし、いったい壁内とどう連絡を取っていたんだか……」


「いちいち中に入って連絡してたとか?通信水晶を買える金が無いから」


「そんなまさか。どこの国にもある品物だし…………」


 そう言った後、サキはまた腕を組み、うーんと首を傾げた。


「僕も門の方を調べましたけど特に何も無かったです。他国から攻められた様な傷や痕跡とかも有りませんでしたよ。どの国にもある古びた門です」


「そうか…………だとしたらあと調べてないのは…………」


「…………えぇ、あそこにある"看板"ですね」


 2人は関所の側にあるそれに視線を向け、その先へと歩み寄る。それはパティがそこには言った通り木製の看板が立てられている。簡易的で質素なものだった。


「なぜこんなところに看板があるんだ?」


「この看板、なにか書いてありますね?」


「ああ本当だ。なんだこれ」


 パティが呟いて、サキが看板に向く。確かに一文だけ何か書かれている。

 2人はじっと看板を覗き込み、


「「えーとなになに…………『花咲く国の、その()()にご招待してください』、かぁ」」


 同時に文章を口にした。



 ☆☆☆☆☆




「それじゃあ旅人さん達、すぐに門開けます。中に入ったらこの国の案内人が来ますんで、行きたい場所とかはその人に聞いてくださいね。この国は旅人を歓迎するのが決まりなので、大抵の場所でもてなされると思いますよ」


「どうも」「ありがとね門番さん」


 サキと、その肩に乗ってるパティが関所にいる門番に礼を伝えると、ガラガラガラガラ、手入れの行き届いた門が開いていく。


「ではまた出国の時に。どうか観光を楽しんで」


 門番が帽子を取って軽く会釈。2人もぺこりと頭を下げて歩いていく。


 門を潜るとそこには美しい街並みが広がっていた。

 街の至る所に色とりどりの花々が沢山咲いていることである。道路沿いに一直線に植えられた木々の枝にはピンクの桜が。歩道の脇にはチューリップやらパンジーやら様々な花達が。レンガの建物にも根の張ったアジサイなどが咲いている。道行く住民も花形の髪飾りやポーチ、花柄の服や帽子を身に纏っている。

 振り返って城壁の壁面を見る。緑の根が張り付き、その根から青や紫、白や黄や、取り敢えずバリエーション豊富に花を咲かせていた。


「うっわー、綺麗ですねー」


「そうだね、そこかしこに花があるよ」


 そんな街並みを眺めていると、ふと、サキが目を大きく見開いて、


「――あれ」


 ポロリと呟いた。


「ん?どうしましたかご主人?」


「え。いや。え。何だこれ。私は。あ、あれ?こ、ここは??」


 もう一度街並みを、今度は慌てながらに見渡す。


「ちょっ、ご主人?どうしたんですか??」


「い、いやだって、え??何なんだ一体???急にこんな場所に…………か、看板は????確かに私達はさっきまで……」


「さっきまで?看板??いやいや、さっきまでなら僕達、入国手続きを関所でしてたじゃないですか。何をそんな訳の分からない事言ってるんです?」


「………………は?」


「『は?』ってご主人、一体全体どうしちゃったんですか??噂通り森の中にあったこの花ばっかりの国を見つけて、関所に行って、入国許可もらって、やっと中に入れたんじゃないですか!大丈夫ですかもう!しっかりしてくださいね!?」


「………………………」


 唖然とする自分を見て怪訝そうな表情になるパティ。数秒、2人の会話が途切れる。そしてサキが少し数歩歩いた後、立ち止まり、顎に手を添えて考える素振りする。


 そこからさらに十数秒後、サキが「これって……」「もしや過去って……」と口を開き、そこから「うーん……」「どうするか……」や「様子見……」「とりあえず……」などボソボソ何かを呟いて、


「えーと、ご主人ホントに大丈夫ですか???」


 とパティに心配されたところでサキが振り返った。


「いやごめん、大丈夫。なんでもないよ。まぁ、何だ。ちょっと街並みが綺麗すぎて動揺しちゃっただけだよ」


「そ、そうですか?それなら良いんですけど……」


 笑って誤魔化すサキに、パティが戸惑いながらも納得した。

 そうこうしている内に、遠くから馬車が走ってきた。段々こちらに近づいてきて、2人の目の前にとまった。馬車は豪華な装束がされており、それを引っ張る一頭の馬はかなりの大きさだった。そして手綱を握り締める1人の女が、運転席から降りて2人の前に立った。


「どうもこんにちは。私がこの国の観光案内を務めさせて貰います、女王の召使いユリ・カーテンです。よろしくお願いします」


 ユリと名乗った女が深々と一礼し、2人も同じく礼をした。

 女は短い黒髪の細身で、全身をメイド服に包んでいた。頭には向日葵の髪飾りを付けている。


「こんにちは、私はサキです。肩に乗ってるのが使い魔のパティです」


「こんちは」


「こんにちはサキさん、パティさん。お二人はこれから何処か行きたい場所はありますか?この馬車でご案内させて貰います」


 ユリの提案に対してサキは「とりあえず宿屋に荷物を置いて、それからこの国の歴史などが分かる場所に行きたい」と言った。ユリは頷き、馬車に乗るようサキとパティを促した。


 それからサキとパティは宿屋に荷物を置いた後、ユリの案内で国唯一の博物館へ馬車で移動することになった。何でも歴史コーナーではこの国の歴史を年代順に知っていく事ができるのだとか。


「そういえばユリさんは女王の召使いなんでしょ?そんな人がなんで僕達の案内人に?」


 馬車での移動中、窓の外に広がる街並みを見ながらパティが質問する。それに対しユリは、


「この国は自給自足でまかなっているので、他国とは外交していないのです。しかもこんな深い森の中にあるので冒険者や旅人は滅多に訪れません。なので貴重な来訪者にこの国を楽しんでもらう為に、女王は自分が信頼できる側近を案内人に任命するんです。案内人に選ばれるのは大変名誉なことなんですよ」


 と答えた。更にユリは、


「女王がお二人に今晩、一緒に食事をしないかと誘われました。どうでしょうか?」


 とも聞いてきた。サキはこれを快く承諾した。


 博物館に着いた。博物館に来るまでの道のり、やはり花が街の至る所にあった。

 2人はユリの先導で館内を周る。そして歴史コーナーに来たところで、壁に貼られた年表と展示物を元にユリがこの国の歴史を語り始める。


「さてさて、この国が何故できたのか?何故この国に花が至る所にあるのか?年表を見ながら解説していきますね!」


「ええ、楽しみです」「よっ!待ってました!」


 2人の掛け声にユリはニッコリ笑顔になり、そのまま楽しそうに解説を始めた。




 内容は大体こうだった。

 大昔、この国は元々国外追放されたある一国の公爵令嬢が、召使い達数人と一緒に飛ばされた小さな村だった。令嬢は国家転覆を計画するという大罪を犯し、国外追放にまで追いやられたのである。

 しかし、実は令嬢は国家転覆など全く企てていなかった。全ては婚約相手である令嬢を邪魔に思っていた皇太子と、それに協力していた別の公爵令嬢の仕業であった。

 追放された令嬢はその情報を耳にして、即座に復讐を誓った。その為にはまず、飛ばされた先の小さな村を豊かにした。周りが森に囲まれていた為、資源は豊富だった。小さな村は大きな国へと成長した。

 そして次に令嬢は軍隊を作ることにした。その為に何をしたのか?なんと令嬢は、他の国にいる王族や貴族を誘拐することにしたのだ。誘拐する貴族は令嬢の様に無実の罪で捕まった者、地位や周りの信頼が低い者、とにかく不遇な立ち位置の者など、その国に不満を持っている若者達を優秀な召使いに攫わせた。


「貴方は不遇な、例えるなら『悲劇のヒロイン』なの。皆はヒロインである貴方に嫉妬して陥れようとする。けどヒロインだから貴方は幸せにならないといけない。どうか私と一緒に強い国を作って、貴方の国に復讐させましょう。そうすれば最終的に幸せになるわ。何故なら貴方は"ヒロイン"なのだからね」


 誘拐した貴族に令嬢がそう告げる事で、攫った者達をどんどん懐柔していった。

 令嬢には一つ、生まれた時から誰にも話していない秘密の魔法が使えた。それは『花の近くにいる人間の心を操る』魔法だった。令嬢は国中に花を咲かせる事で、住民全員の心を操ることが出来た。

 そこからはトントン拍子に進んだ。誘拐した王族貴族達がどんどん集まり、それらで編成された大きな軍ができた。貴族は魔力量が高く、戦闘意欲もあったのでとても強かった。極め付けに、住民や王族貴族達を洗脳して国を一つにまとめ上げた。

 そしてなんと、作った軍隊は令嬢がいた国一つ滅ぼしてしまった。そしてまた一国、また一国と、今度は誘拐してきた者達の国を滅ぼしていった。

 国を滅ぼして、また滅ぼして、滅ぼして、滅ぼして滅ぼして。ついには復讐したい国を全て滅ぼす事に成功したのだった。



「そして、今現在。この国は花に囲まれた綺麗な国になっています!それから令嬢の子孫であり実権を握る現女王が、先祖から受け継いだ魔法で、私達住民の心を操っているのです!ああ、やっぱり素晴らしい歴史です!」


「「…………………………」」


 自慢げに話し終えたユリは、2人に「ご清聴ありがとうございます」と深々にお辞儀をした。それに2人は特別何かアクションを起こすでもなく、表情が固まっていた。何も喋らなかった。


「ここまで聞いて何か質問はありますか?」


「あ、えーと……」


 サキが右手を上げる。


「はいサキさん」


「ええとその……色々と聞きたいことがありますが。いま話の中で『住民や王族貴族を洗脳している』という文言がありましたけど……私の聞き間違えですかね」


「いいえ合ってます!この国の住民は全員!過去から現在まで王女のによって洗脳されています!もちろん私もです!」


「「……………………………………」」


 2人はまた喋らなかった。いや、絶句した。依然として顔は固まっている。


「あ、あのー」


 今度はパティが右前足を上げた。


「はいパティさん」


「えーと、案内人さんは自分が洗脳されている事を自覚してるって事で合ってる?てゆうかそれ、僕達も洗脳される可能性とかって…………」


「大丈夫です!旅人さんには洗脳をしないという代々王家から伝わるルールがありますのでご安心を!あ、私が洗脳されているという自覚はありますよ!当然です!」


「うんーと、それってその、あー…………嫌じゃないんですか?洗脳されるとか」


 サキが聞くと、ユリが突然吹き出して、


「あはははははは!嫌だなぁ〜冗談キツいですよお二人共〜!そんなの嫌な訳ないじゃないですかぁ〜!旅人ジョークですか〜?」


 そう口を開いてから笑い出した。


「な訳ないだろ……」


 パティが聞こえないように小声で呟いた。



 ☆☆☆☆☆




 博物館を後にし、3人は馬車でこの国唯一の学校へと向かう事にした。ユリの提案だった。見せたいものがあるらしい。

 学校は軍人養成の役割も兼ねており11歳から、成人の17歳までの子供達が日夜立派な軍人になるよう学んでいると、移動中にユリが話した。そこにはユリの義妹も入学しているとも話した。


「妹は学校トップの成績で、しかも生徒会長もしているんです。将来有望な軍人になる事が見込まれています。血は繋がっていませんが、自慢の妹ですよ」


「そうなんですか。それは凄いですね」


 馬車から外の景色を眺めていたサキが適当な相槌を打つ。そんなサキに、パティはユリに聞こえないよう耳元で、小声で話しかける。


「ご、ご主人。この国絶対ヤバいですよ。『洗脳されてる』ってさっき話、そんなの正気の沙汰じゃありませんって。すぐに出国しましょう」


「確かに、あれが本当なら正気の沙汰じゃないね」


 サキもパティの方に向き直し小声で答える。


「でもパティ。なんだか私はこの国に興味が湧いてきたよ」


「な、何ですって?気が狂いましたか??ま、まさかご主人洗脳されて……??」


「そういう訳じゃないさ。ただ、この国はまだまだ分からない事だらけだからね。もう少し滞在しよう。何か秘密があるよ、ここには。それを知りたい」


「…………えぇぇ」


 パティは困惑した。それからサキは「そういえば……」と話題を変える。


「聞きたいことがあるんだけどパティ。この国の関所付近にさ、『看板』ってあったっけ?木製のちゃちいやつで、文章が一文が書いてある」


「はぁ、看板ですか?いいや、見ませんでしたけど。そんなものありましたっけ……?」


「……………………」


 サキはその言葉を聞いて、何も喋らず目を細めた。




 学校に着いた。豪勢な学校で、広い敷地には威厳を感じさせる校舎が建っている。

 校門を潜ってユリが案内をする為前を歩き、パティを肩に乗せたサキがその後を歩く。


「先程も話した通り、この学校は軍人学校も兼ねています。全生徒数は700人程。その3分の1が他国から連れてきた王族貴族たちです。あ、私も妹も他国から連れてきました、貴族出身です」


「そういえば、血は繋がっていないんでしたっけ」


 グラウンドの側を通る。サキが聞いた。


「ええ。ここに来る前は男爵令嬢だったんですけど、どうやら魔術学園で伯爵家の令嬢からイジメを受けていたようです。『婚約者に手を出した仕返し』と。妹の話では、手なんて出していないそうです。酷い話ですよね」


「確かに酷いですね」


「本当にそうですよね!でもまぁ、この国にはそんな『悲劇のヒロイン』の様な子供達を、この国出身の人達は歓迎します。私もその1人です。一緒に強く逞しい国民……悲劇のヒロインが『強いヒロイン』になって、イジメた奴らとその国に復讐するのです。これ程素晴らしい事はありません」


「…………そうですか」


 そんな話をしながらも3人はある大きな建物の前に着いた。この建物の外観も全体的に花が散りばめられている。


「この学校の体育館に着きました、この中に入ります」


「体育館ですか」


「ここにも花が沢山ありますねご主人」


「実は今日は卒業式でして、卒業する妹がスピーチをするんです。それを見てもらいたいんです。多分丁度いま式の最中ですので、お二人共お静かにお願いします」


 そう言ってユリはゆっくりと音を立てずに扉を開けた。2人もなるべく音を立てずに体育館の中へと入った。

 体育館の中は静かで、電気が消されている為少し暗かった。広いコートには生徒と思しき若者達が大勢いて、全員並べられた椅子に座っている。そして唯一、奥にある壇上だけに光が当てられて明るくなっていて、教師であろう司会の中年男がマイクを片手に喋っている。


「お2人ともこちらに」


 後に入ってきたユリが先導して、体育館の入り口付近にあった空き椅子にサキとパティを座らせるよう促す。サキはそこに座り、パティは肩に乗ったまま、壇上の方に目をやった。ユリは2人の側に立っていた。


「それでは次に、生徒会長によるスピーチです」


 中年男がマイク越しで言うと、最前列にいた1人の生徒が立ち、壇上へと上がっていく。ユリは「あれが妹です」と2人に話した。

 ユリの妹は用意された演台の前に立って、スピーチを始めた。


「こんにちは、生徒会長のバーラ・カーテンです」


 バーラと名乗った生徒はぺこりとお辞儀する。



「卒業するうえで、私から一つ、身の上話をしようと思います。

 この学校は……いえ、住民の3分の1は他国から来た王族や貴族です。その人達は生まれた国で散々な目に合ってきたのは周知の事実です。イジメと言うには生温いの犯罪行為をされ、冤罪をかけられ、虐待、暴行、暴言を吐かれるなどの非人道的な行為に怯えてきた事でしょう。私もその1人です。

 酷いイジメを受けている時、私はいつも願っていました『ああ、誰かこんな悲惨で辛い人生から救ってください』と。

 そんな時です。屋敷で寝ようとしていた私を今の姉にあたるユリ姐さんが……王女の召使いであるユリ・カーテンさんが私を攫ってくれたんです。そしてこの国に連れて来てくれたんです。

 私は凄く喜びました。『やっと解放された、もう辛い日々に怯える事はないんだ』って。ですが、ユリさんはそんな私に言いました。「それで良いのか?このままでは君はただ救われただけの『悲劇のヒロイン』。弱い弱いヒロインだ」と言うんです。そしてそれからこう言うんですよ。

『君は『強いヒロイン』になりたくないのか?惨めったらしくビクビク誰かの助けを待つだけじゃなく、いざ助けられたらそれでもう幸せか?やられたらやり返す、『強いヒロイン』になるべきなんじゃないのか?』

 ユリ姐さんの言葉に私はハッとさせられます。当たり前です。私は弱いままじゃダメです。やられたらやり返さないと!私を傷つけていた輩に、絶望という名の贈り物をしてやらねばならないと!私は決心しました。


 それから私はこの学校に入学して、魔法に関する力を付けてきました。同じ境遇のご学友と共に切磋琢磨して、私は、今日、卒業します。そして仲間達と一緒に『強いヒロイン』になりました」


 バッ、と。前の方にいた大勢の生徒達(おそらく卒業生)が一斉に立った。


「私達は立派な軍人になりました!『強いヒロイン』になりました!」


「「「「「『強いヒロイン』になりました!」」」」」


 バーラの言葉を、卒業生達が復唱する。


「これからは私達は軍人として、酷い目に合わせて来た奴らの国を滅ぼそうと思います!!」


「「「「「滅ぼそうと思います!!」」」」」


 バーラの言葉をまた、卒業生達が復唱する。



「『強いヒロイン』になった私達が!奴らの国の住人を根絶やしにします!!ぶっっっ殺してやります!!!!!」


「「「「「ぶっっっ殺してやります!!!!!」」」」」


 バーラの言葉をまたまた、卒業生達が復唱する。


 それから司会の中年男が「校歌斉唱」と言うと、卒業生達はその校歌を歌い出した。内容をざっくり解説すると『他国をぶっ殺せ』『復讐してやれ』といったものだった。

 卒業生の中には感動の余り泣き出す者もいた。体育館の端にいた教師達も何人か泣いていた。


「う、うううう、バーラがぁぁ、あんな立派にいぃぃぃ」


 サキとパティの側で立っていたユリもボロボロと泣いていた。


 当然、サキとパティは絶句していた。



 ☆☆☆☆☆



 卒業式が終わった後、3人はまた観光へと洒落込む。ユリの案内でこの国の市場や、観光名所をいくつも周った。どの場所にいってもやはり花が至る所に咲いていた。

 そして段々と空が暗くなってくる。このまま王女の夕食へ行こうかとも考えたが、まだ少し時間があったので、サキ達は一旦宿屋に帰る事にした。夕食の時間になったらユリが馬車で向かいに来てくれると言ってくれた。


「ご主人、この国を出ましょう」


 部屋でパティが言う。暗く、そして神妙な面持ちだった。そして今にも泣き出しそうだった。


「絶ッッッッッッッッたい!ヤバいですよこの国!!!今すぐにでも出国するべきです!!!」


「まぁまぁパティ、落ち着けって」


「お、落ち着けですって!?本当に何言ってんですか、冗談じゃありませんよ!!?ご主人だって見たでしょ、『他国の住民を全員ぶっ殺したいです』とか悍ましい事を感情昂らせて叫ぶ卒業生達を!!ハッキリ言って『異常』です!!怖いです!!!」


「でも、私達には危害を加えないと言ってるじゃないか」


「嘘ですよそんなん!絶対に嘘です!もしかしたら、今こうしてる間にも王女は僕達を洗脳しようとして…………あ、あああ嫌だぁぁ!僕は殺人願望ダダ漏れの軍人になんかなりたく無いですよぉぉぉ!!この国の住民になりたくないぃぃぃ!!」


 そう言って泣き叫ぶパティをサキは優しく撫でた。


「まあまあパティ、僕もこんな物騒な国の住人になりたくないよ。すぐにでも出国はしたい」


「だったら…………」


「でも、やっぱりこの国の事がちょっと気になる。夕食で王女に色々聞きたい事があるから、出国はそれからにしよう。だからな?泣くなって」


 そう言ってサキはパティを慰めた。


「…………過去に来てしまった件だって気になるしな」


 近くにいるパティにさえ聞こえない声で小さく、サキは言った。



 ☆☆☆☆☆



 それからサキ達をユリが迎えに来て、一行は王女が住まう城へと向かった。

 城は一言で言えば大きくて豪華な外装をしていた。花も城の壁全面に咲き、敷地内にも沢山咲いている。


 それからユリが先導して、サキ達は城内の食堂へと案内された。

 どうやらこの食堂は来客用らしく、綺麗で豪華だったが広くもなく狭くもない。大きな窓が開いており、奥にはベランダがある。外はもうすっかり夜だった。

 テーブルが一つに椅子が2つある。テーブルには豪華な食事とランプが一つ、暗い部屋を照らしていた。


 そして、椅子には長い金髪で30後半か40前半代ぐらいの、花柄のドレスを着た女が座っている。女は入って来たサキとパティにニッコリと笑った。


「どうもこんにちは、私がこの国の女王です。貴方達が旅人さん達ね?話はユリから聞いてます。さあ、向かいへ座って一緒に食事をしましょ?」


 物腰柔らかな女王はサキ達を椅子に座るよう促す。とても優しそうで、上品な印象を受けた。

 サキとパティは各々挨拶をしてから会釈をし、サキは女王の前の椅子へと座る。パティはテーブルの端に座った。ユリは扉の横に立っており、王女とサキ達を眺めている。


「今晩は私の夕食にご一緒して頂いたありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ誘って頂いてありがとうございます」


「うふふ、そんなに畏まらなくて良いんですよ?さぁ、お二人共ぜひ召し上がってくださいね。コックが腕によりをかけて作ったの。きっとお口に合うと思いますよ」


 王女は上品に、そして嬉しそうに笑った。


 それから王女とサキ達の食事は始まった。王女は旅人であるサキとパティをもてなしたいのと、それと今までの旅の話が聞きたい為にこの夕食に誘ったと話した。それならとサキとパティは要望通り色々な旅の話をした。王女はサキ達の話をそれはそれは楽しそうに聞いていた。

 これといって特に可笑しな出来事は起きない、普通な食事だった。


 それから、3人は一通り料理を食べ終わると、王女は「デザートとハーブティを持ってきて」とユリに言った。ユリは礼儀正しくお辞儀して、扉から出ていった。


「ねぇ、サキさん」


 ユリが出ていって少しした後、王女は口を開いた。


「はい、なんでしょう」


「…………貴方、私に聞きたい事があるんじゃないかしら?」


 王女が笑顔で聞く。


「……………………」


 サキは、王女の言葉に目を少し細めた。パティが心配そうにサキを見る。


「……あら、違いましたか?」


「いいえ、確かに聞きたい事がいくつか」


「ふふ、でしょうね」


 王女が笑うと、「さぁ、何が聞きたいのかしら」と両端をテーブルについて手を組み、顎を組み合わせた手に置いた。以前として笑顔のままであり、その姿はまるで幼子に耳を傾ける母親の様だった。

 サキは「そうですね、それじゃあまずは…………」と悩む素振りを見せる。


「それじゃあ、この国の至る所に咲いている花について聞きます。確か貴方は『花の近くにいる人間の心を操れる』そうですね?」


「ええそうよ、代々王女はその魔法が使えるの。だから大昔から国中に花が咲いていて、」


「嘘なんじゃないですか、それは」


「あら、バレちゃいました?」


 サキの言葉に王女は首を傾げて聞き返した。



「…………って、えっ、は、えええぇ!!??う、うそ!!??嘘って…………え、嘘なんですかぁぁ!!!???」


 パティは驚愕の真実を知り大声を上げる。王女はそんなパティに少し笑い、すぐにサキの方を見つめた。


「サキさん、なんで嘘だと、そう思ったんですか?」


 王女が尋ねると、サキは頭をかきながら質問に答えた。


「…………えーと、まぁ、ハッキリ言って、"勘"なんです。なんとなく、魔法というよりか周りの、住民達の空気というか『ムード』なんかがそういう『他国を滅ぼす』思考を植え付けてるのかなって。『集団催眠』っていうやつではないかとボンヤリ思ってました。いやー、正直まさか当たっているとは」


「えっ?」


 パティがまたしても驚く。王女の方も呆気に取られたのか、口をぽかんと開けている。そして、


「…………ふふふ、ふはははっ、凄い凄い!『旅人の勘』というものですかね?当たりですよ当たり!サキさん凄いです!」


 そう言って嬉しそうに笑った。


「そうなんです。確かに初代の王女はその魔法は扱えたらしいですが、そんな魔法、遺伝なんてしません。当然私も使えませんよ。『歴代の王女が住民を魔法で洗脳してる』なんてのは真っ赤な嘘です」


「え、えーと、じゃ、じゃあさ!おばさんがその魔法を使えないとして、じゃあなんで嘘を?」


 パティが混乱しながら聞く。王女は「まぁ、簡単に話します」と前置きを置いてから話を始めた。


「言う必要がないからですよ。初代の王女が死んで、その子供が次の王女になった時です。それまで魔法により洗脳されていた住民達でしたが、初代が死んで何年立っても、住民の洗脳が解けていなかったのです。国の専門家達は理由を探りました。結果、住民達は『魔法による洗脳は脳に深く刻み込んでいる』と判断されたんです。魔法で洗脳された住民達の脳内にはもう『他国を滅ぼす』という思考は拭い取れなかった」


「なるほど。それを逆に利用して、住民達の輪の中に他国から連れてきた王族貴族達を混ぜて、集団催眠で洗脳させたんですね。その事実を知っているのは、この城の人だけですか?」


「ええ、城内に王家と、住まう召使いや騎士達だけです」


 サキの言葉に王女はコクリと頷く。


「それからは貴方達も知っている通り、他国から誘拐してきては洗脳、誘拐しては洗脳の繰り返しでこの国は強くなり、色んな他国を滅ぼしてきました。私の代でもこの伝統は続いています。他国を滅ぼすという事は、つまり人を殺す事です。悍ましい事です。それは分かりますね、お二人共」


 サキとパティは特別何もせず、ただ王女を見つめる。続けて王女は「でもね……」と話を進める。


「私は、この伝統は絶やしません。私は、『復讐』はするべきだと思っています。やられたら、たっっぷり濃厚な復讐をするべきだと教わってきました。私はこれに納得しています」


「…………」「…………」


 2人はまた、黙りこくったままである。王女はそんな2人に聞いた。


「――ねぇ、貴方は、『本当に強いヒロイン』とはなんだと思いますか?」


「どういう事ですか?」「いきなり何さ?」


「私はねお二人共、本当に強いヒロインになる条件は、『復讐を果たせる程の強さ』だと思います。私はそんなヒロインが好きなんです」


「…………」「…………復讐ねぇ」


 王女は尚も笑顔のままである。が、その瞳の奥が歪なものに変化したのをサキとパティは見逃さなかった。

 王女は、こう言う。


「お二人は小説は読みますかね?大抵の物語で出てくるヒロインは他人のせいで酷い境遇で、それを大抵王子様やらに助けてもらうんです。それから媚び諂って、『私を助けてください』と惨めったらしく泣きながら求める様に王子に接します。ヒロインはなんの努力もせずに幸せになります」


「確かに、そういう作品は多い気がしますね」


「そうでしょう?他にも、空回りで意味のない努力をして『私は努力している!境遇やいじめてくる奴らが悪いから実らない』とほざくヒロインもいますが。そんなヒロイン達もやはり地位の高い者に助けられます。私は物語に出てくるヒロインの、そんな『悲劇のヒロインぶってる』ところが嫌いなんですよ」


 王女は笑顔のまま、しかし奥歯を噛み締めるせいか口もとが歪んでいく。


「そして、そんな悲劇のヒロインぶってる者は現実の世界にもいます。主に王族貴族に。そんなの虫唾が走るでしょ?『自分がいる世界にも、そんな脆弱な者がいる』と思うと身震いします。でもね、確かに境遇のせいで不幸になるのは事実ではあります」


「…………それで、自分がその境遇から救うために誘拐すると?」


 サキが聞くと、よくぞ言ってくれましたとばかりに王女の口元は綺麗な笑みに戻り、うんうんと頷き始めた。それから口を開く。


「そうです、私が"善意"で『強いヒロイン』にする為に攫うんです。教えてあげるんですよ。誘拐して、貴方が不遇なのは周りのせい、復讐して『悲劇のヒロインちゃん』から『強くて美しい真のヒロイン』になるべきって」


「…………」「…………善意かぁ」


「そしたら、私好みの『復讐を果たせるヒロイン』に育てます。攫われたヒロインも不遇から抜け出せ、更に復讐が出来てwin-winです。皆んな幸せです」


「…………他国が滅んでも、それは幸せなの?」


「ええパティさん、"ヒロイン達と私"は幸せです。幸せになるんですから、復讐はしても良いのですよ。復讐はスカッとしますし、『強い自分』を産むんです。強くなるのは幸せな事です」


 最後に王女は今まで見せた中で一番の満面の笑みになって、こう言った。


「ヒロインは花によく例えられます。この国が庭だとしたら、私は強い花を育てる庭師なんですよ。庭で育つ花達が幸せになって、私も幸せになるんです」


 2人は、またも黙っている。特別顔も動いていない。無表情である。

 王女は話を終えても未だ笑顔である。まるで幼子に人生で大切な事を語ったか大人の様な顔だった。


「…………そうですか、お話ありがとうございます。じゃあ、話題を変えてまた別の質問をしても良いですか」


 サキが口を開いた。「どうぞ」と王女は言う。

 サキは直球で聞いた。


「私とパティはもしかしたら、魔法か何かで未来から遥々、過去のこの国に来てしまった様なんです。何か、王女様は知っていますか?」


 そう聞くと。王女は目を見開いて聞き返す。


「…………何を仰っしゃっているのですか?」


 ☆☆☆☆☆



 その後、ユリが持ってきたデザートを食べ終えたサキとパティは、王女と別れ宿屋へと戻る事にした。


「ご、ご主人。さっきの話は何だったんですか?過去がどうのこうのって…………」


 宿屋へ向かう途中、馬車の中でそう聞くパティに「何でもないよ」とサキは答える。


「そういえば、王女様とは何を話してたんですか?」


 馬車の運転席で手綱を掴むユリが聞いてきた。


「実はねお姉さん、実はご主人が変な事王女のおばさんに聞いたんだよ」


「変な事ですか?」


「うん!『私達は未来から来た』とか何とか!」


「……………」


 パティが話すと、ユリは少しの間黙った。それから「なるほどなぁ」と口を開いてから。




「きっと、パティさんは多分人間ではなく使い魔だから、完全には過去へ意識を持ってこられなかったんですね」


 と言った。


「…………ッ!」


 瞬間、サキは腰に収めていた魔法の杖を素早く抜き、運転席にいるユリの方へと向けた。パティはユリの発言と、サキの突然の行動にあたふたしている。


「あーあー、落ち着いてください2人とも。私は貴方達に危害は加えませんよ」


「…………『過去へ意識を持ってこられなかった』とは、どういう事ですか?」


 当然、サキは今の発言に鋭く問う。そんなサキに対して、ユリは口調を変えずに話を進める。


「いやですね、よく来るんですよ。未来からこの国を観に来る人は。きっと『作戦』は成功したんですね。あ、2人は未来でこの国の『有様』を見ましたか?」


「…………確かに、未来では門番が居なくて入国はしていませんでした。それで、貴方が私達を過去に送った主犯ですか?」


「正確には『未来の私』がですかね。推測ですが」


「…………?」


「私の言ってる事が分からないって反応ですね?それは。まぁ、未来に帰ったら何となく分かると思います。そうですねー………………戻ったら、今日夕食を食べたお城の客室用食堂に向かってくださいね。『手紙』、置いときますんで」


 そう言ってから、ユリはパンッと両手を叩いた。乾いた音が鳴り響く。

 そして、ユリがこう呟いた。


「――過去の観光は終わりです」



 ☆☆☆☆☆



「ご主人!ごーしゅーじーんー!」


「……っ」


 パティに呼ばれて目を覚ましたサキは、地面に横になっていた。箒もサキの横に落ちてあった。


「ここは……」


「起きてくださいご主人!何故か僕たち寝ちゃってたみたいです!」


 上半身を起こして辺りを見回す。サキの側にはあの木製の看板が立っていた。空はもう夕暮れ時なのかオレンジ色。どうやらサキとパティは看板の前で寝てしまった様だった。


「私は寝ていたのか?パティもか?」


「ええ、あの看板を見た途端に意識がなくなって…………目が覚めたらご主人も横で寝ていたんですよ?」


「なるほどな。それじゃあさっきのは全部夢…………」


 サキが立ち上がった後、城壁の門へと向き直った。門の近くには門番はいない。その側にある関所にも人気は感じられなかった。


「……………」


 サキは腕を組んで何か考える素振りを見せた。「どうしたんですかご主人?」と考え込むサキにパティが尋ねる。サキは何も答えない。


「『城の客室用食堂』………だったか」


「っ?」


「パティ、今すぐに箒で空から入国しよう。肩に乗れ」


「え、何ですか急に。いや、入国はいいですけど……」


「知りたいんだ、あの夢が現実かどうか。それと今の国の状況を。さあ早く乗れ」


「ゆ、夢?どういう事ですか?」


「いいから!早く!」


「は、はい!」


 ぴょいっとパティが肩に乗った。サキは落ちてる箒を手に取り、跨いでから飛んだ。


 サキ達はどんどん上昇していき、城壁の上を飛び越える。空から見た国は、やはり人気の様なものがない。出歩く住民が見当たらないのである。


「やっぱり人がいない……降りるよパティ!」


 そのままサキは国の、門の前へと降りていった。



 ☆☆☆☆☆



 サキは、ある民家へと入った。シンと、静まり返っている。


「………………」


 なんて事ない民家。よくある玄関をあがり、廊下を歩く。廊下の奥には扉があり、サキはそこを開ける。


「………………」


 そこはリビングで、テーブルがあり、椅子があり、ベットがあり………………。なんて事ないリビングである。


「………………」


 つんと、鼻に刺激臭がする。手で覆い隠す。その刺激臭がする方へと、ベットの方をサキは見た。


「………………」


 そしてベットの前へと歩いていく。ベットの前に着く。ベットは枕と、掛け布団と、敷布団が敷いてある。なんて事ないベット。

 だが、布団が少し膨らんでいる。どうやら"何か"布団の下にいる様だった。


「………………」


 じっと、サキは膨らみ部分を見つめる。その"何か"は動かない。微動だにしない。


「…………ハァ」


 ―――ガバッ。


 サキは布団を引っ張り、布団を取り払った。ベットの上にいた"何か"が顕になった。


「……………ここにもか」



 白骨した死体が、ベットの上に横たわっていた。




 ☆☆☆☆☆



「フニャァーー、あ、どうでしたかご主人?」


 国の中央にある広場で伸びをしていたパティが、民家から出てきてこっちに歩いてくるサキに話しかける。


「…………ダメだ、白骨死体だ。どの民家にもベットの上に白骨死体が眠っていた。例外はない」


「そうですか。ハァ…………この調子じゃこの国の住民は"全滅"していると見て間違いないですね」


「……………………だろうね。パティ、そっちは調べがついたかい?」


 サキが聞くと、パティはこれですと、地面にあるクリスタルを指差した。

 クリスタルは、地面を抉る様にめり込んでいる。


「これは兵器用のアーティファクト(注・魔法が宿った道具。色々な道具が存在し、色々な用途がある)ですね。確かこれは『ダッシュ弾』。これに魔力を込めてから衝撃を与えると、これの半径5キロ程にいる全生命はすぐさま絶命します。植物も例外ではないですね」


「なるほどな。確かにこの国の領土は大体半径5キロぐらいはありそうだし、城壁や国内に花や植物がないのはそのアーティファクトのせいか」


 サキの言葉にパティは頷く。


「でしょうね、多分上空から他国の魔法使いがこの国の中心であるここに落として、住民や花々を殺したんだと思います。住民の白骨死体が全てベットの上にあったという事は、ダッシュ弾が落とされたのは深夜、住民が寝静まった時間ですかね」


「なるほど…………じゃあ関所に通信水晶なんかがなかったのは?」


「この広場から関所は5キロ以上ありそうですし、ぎりぎりダッシュ弾の範囲外でしょう。ですので門番は生きていたと思います。多分朝にこの国の惨状を知って、武器や通信水晶や、関所にあった金目になるものを持って逃げた。といった感じでしょう。多分ですが」


「…………そうか」


 そう言って、サキは箒に跨った。パティがぴょいと肩に乗る。


「出国しますか?」


「いや、城へと行こう。『手紙』がある筈だ」


「手紙?」


「行けば分かるよ」


 そう言って、サキは城の方へと飛んでいった。



 ☆☆☆☆☆



 城内に入って、取り敢えずサキとパティはありとあらゆる部屋へと入った。ベットがある部屋には必ずと言ってもいいほど白骨した死体がベットの上にあった。

 それは王室でも例外ではなかった。ベットの上に"彼女"らしき遺体があった。


 城中を一通り調べ終えて、最後にサキは客室用食堂へと入った。中は埃臭かったので窓を開けた。ブワッと風が舞い込む。

 サキはテーブルへと近づき、その上に置いてある白い紙に目をやった。紙には風で飛ばされない様に置き石が置いてある。


「ご主人が言っていた手紙って、まさかこれですか?どういう事ですか?どうして…………まさか、ご主人はこの国の人とお知り合いだったんですか?」


「…………まぁ、ちょっとね」


 そう言ってからサキは置き石をどかして紙を手に取った。何か文が書かれている。やはり置き手紙の様だった。


「………………」


 サキは、手紙を読む。内容はこうだった。


 ――――――――――――――――――――――――――

 【これからこの国を訪れる冒険者・旅人さんへ】


 どうも、私はこの国にスパイとして潜入した『ユリ』と申します。私と相棒である『バーラ』は、この国が他国を沢山滅ぼしているという情報を入手した私の国の上層部が送り込んだスパイでした。

 森で遭難した冒険者を装い潜入した私は、この国を調べていくうちに、情報が真実である事を知りました。それだけでは有りません。この国は他国から王族貴族を連れてきて、屈強な魔法兵士を作り上げていきました。

 私は直ちにこの事実を自国に伝えました。自国はこれを受け、魔法の能力に長けているバーラを貴族令嬢へと偽装し、わざと酷い待遇を受けさせました。そしてわざとこの国のスパイに誘拐させました。

 それからは私とバーラは2年間、この国で情報収集のため過ごしました。私は王女の召使いに、バーラは軍人学校に入学しました。

 そして、バーラが学校を卒業する数日前、自国はこの国を第一級危険国家と決定し、私達に『ダッシュ弾』という兵器で国を滅ぼす様に命令してきました。

 私達は卒業式の次の日を決行日とし、結果として作戦は成功、深夜に発生したダッシュ弾は全住民も、咲き誇っていた花々も駆除に成功しました。


 これで、話はおしまいです。これから来るであろう冒険者・旅人達の為にこの紙はテーブルの上に置いといてください。


 私達は成功しました。自国の平和を守りました。滅んだ他国の無念を晴らしました。滅んだ他国の為に"復讐"を成功させました。すごく幸せです。


 【スパイであるユリ・シロツメ&バーラ・キンモクより】



 *追伸、関所の側に看板を立てました。読むとこの国の過去を観れるという魔法を付与しています。私の国の魔法研究で編み出した最新技術です。この国の忌々しい過去が見たい方はどうぞ。


 ところで、貴方は『強いヒロイン』とは何だと思いますか?私は『そんなのはいない』と思います。だってヒロインは弱くて助けられるべき存在ですから。強かったら、強くなったら、多分それはもうヒロインではありませんよ。

 では、さようなら。

 ――――――――――――――――――――――――――



「…………なるほど、そういう事だったんですね。どういう訳か看板の魔法は発動しなかったけど…………ご主人はどう思いますか?」


 読み終えたパティが尋ねる。サキはふぅー、と一息吐いてから「どうとは?」と聞き返した。


「強いヒロインって、何だと思いますか?」


 パティが言うと、サキは紙をテーブルに置き、その上に置き石を重ねた。

 ビューと、窓から風が舞い込む。冷たく、強い風。もうする夜がやってくる。サキは窓の方を見て、近づいていく。


「さぁ、私には答えが分からないけど…………まぁ、あれだね」


 サキと、肩に乗ってるパティが窓からベランダに出る。窓を閉めて、そしてサキは箒に跨った。


「悲劇のヒロインも強いヒロインも、死んだら全員骨だけだね」


「…………」


「―――この国の花は枯れたよ。庭師も死んだ」


 そのまま2人は箒で飛んでいく。高く高く、星が散りばめられた夜空を飛んでいく。旅行者2名はこの城から、この国から離れていく。そして空の彼方へと飛んでいき、すぐに見えなくなった。



 枯れたこの国には、またしても無音と暗闇が訪れた。

読んでいただきありがとうございます。お疲れ様でした。


同じ登場人物のサキとパティが出る『〜〜追放オッズ〜〜 追放した側とされた側、どちらが死ぬか賭けてみよう。』も宜しければどうぞ。

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