幸せなり
殺人犯、今の俺は世間でそう呼ばれてるらしい。
捕まったら死刑なのかな、そう考えながらただ只管に走る。幸いここは防犯カメラなど探したって見つからないような田舎。
また頭の中にはいろんな言葉がよぎる。「確か逃げたら罪が重くなるんだったよな」「警察はもうどこまで来たかな」と、でも人間。ふと口をついて出た言葉は
「喉乾いたな」だった。
もう2日はありついていない。人を殺したおかげなのか、アドレナリンのおかげで渇きを感じなかっただけなのか。
沢を探して真夜中の山に分け入る。月の明かりが見える夜でガサゴソという音もあちらこちらから聞こえてくるし、あたりにはシカの糞が落ちている。普段なら怖くて絶対足を進められないだろう。だが人を殺した今の俺には恐怖など眼中になかった。
どんどん進む、どんどん進む。すると水の流れる音、さらに足が速くなる。川が見える。「漸くか」その思いでたどり着いた先にいたのは全裸の少女だった。
「___!」
茂みから突然人間が出てきたのが恐怖だったのか、それとも殺人犯であることを知っているのか、声を上げることすら出来ない。体を洗っていたようだが、少女はしりもちをついて起き上がれない様子だ。
だがそんなことどうでもよかった俺は膝をつきごきゅごきゅと水を飲む。
そんな様子を見ていた少女は最初こそ警戒していたものの慌ててそばに畳んである服を着はじめた。
喉の渇きをいやした俺も我に返り気まずい雰囲気があたりに立ち込める。しばらくすると少女がだしぬけに口を開く。
「おじさん...テレビの...」そういうと目をそらす。
「俺が怖いか?」
「最初は。でも今は少しだけましになった、」とまた目をそらす。
「そうだ、おじさんはそういうやつなんだ。すっごい悪い奴なんだ...」
また気まずい空間が流れる。なんでこんなとこにしかもこんな時間に...なんて考える。
「ここは君みたいな子がいちゃいけないところだ。早くおうちに帰ったらどうだい?」
「そういうおじさんこそおうちに帰ったらどうですか?」今度は目をそらさずに答える。
「これは手厳しいな、帰りたいけど帰ったら捕まっちゃうからね、帰るところがないんだ。だからここにいるしかないんだよ」
「そうなんだ...、いや、そうですよね」少女は物憂げな表情を浮かべながらどこか遠くを見る。その顔にはたくさんの感情が張り付いているように見えた。今は人の心配をしてる場合じゃない、と思いつつもやはり好奇心には抗えない。しかたなく自分のことについてしゃべり始める。
「おじさんの、いや、今は殺人鬼のこの俺の話を聞いてはくれないかい?」少女はただうなずいた。
それから俺はどのくらいの時間しゃべっただろうか。時計もなく、ただ月明かりだけが夜であることを教えてくれる、そんな場所で。両親を幼いころに亡くし、親戚の家をたらいまわしにされてたどり着いた児童養護施設では虐待は当たり前。職員に下着を盗まれて泣き叫ぶ女の子を何人も見た。中学校を卒業してからは日雇いの仕事で食いつなぐ日々。そんなある日深夜に交通整理をしていた時偶然中学の同級生に遭遇してしまった。俺の苦手なヤツだった。俺を見つけると駆け寄ってきて開口一番にこれでもかと嫌味を浴びせてくる。仕事中だからと遮るとこんどは顔を殴ってきた。ヘラヘラと笑いながら何発も何発も。なんで俺だけこんな目に、とパンチを食らうたびに思った。その次の瞬間には近くにあった鉄パイプでそいつの頭めがけて力いっぱい振り下ろしていた。何発も何発も。確実に死ぬように。ようやく我に返ったのはそいつが何もものを言わなくなってからすぐだった。どうしようもないクズだ。嗚呼、殺しちゃったよ。顔も名も知らないお父さんお母さんごめんなさい、こんな奴のために俺はこんなやつになってしまったんだよ...
それからはあまり覚えていない。TVで指名手配されていたことぐらいだ。今思えばなんで逃げたのかも分からない。正当防衛だと主張すれば罪に問われなかったのかもしれない。でも逃げたくなったんだ、いまこの逃げている瞬間にはじめて俺は生を実感できた。どこに行っても居場所などなくただ自分を押し殺して生きながらえるこの俺を警察が、社会が探している、はじめて他人に自分を求められた、それがどんなにマイナスな意味合いを持とうが自分にはなんだかとても嬉しいことのように感じられたんだ。
一通り話終わると少女は泣いていた、かくいう俺も泣いていた。俺は自分が思うよりも孤独や閉塞感に苛まれていたのだとようやく気付いた。2人して子供のように泣きじゃくった。しばらく泣いた後「今度は私の番です」とだけ言うと彼女は自らの状況について語り始めた。
どうやら彼女はこの付近にある中学校の生徒であるらしく、そこでひどいいじめにあっているという。
家でも両親は出来のいい姉ばかりを溺愛し、自分は半ネグレクト状態。何もかもに嫌気がさし、3日前自殺をしようとしてこの山にはいってきたものの怖くなりそれからここで生活しているのだという。なるほど、自分と彼女は境遇がよく似ている。誰からも必要とされない、誰からも救いの手を差し伸べて貰えない、そんな生きてるか死んでるかも分からないままただそこに"いる"だけの存在。まるでそう言っているかのようだった。
話し終わってからしばらくすると物陰から人がでてきた。
「話はこれで終わりか?」
俺はその服装を見て一瞬で警察官だと分かった。
パッと顔を見ると自分より少し年上のおっさんと言ったところか。
俺を追ってきたのかと思ったが違ったようだ。
「行方不明の少女を探していたら
まさか有名人に出くわすとはな」
「盗み聞きですか、」
そう聞くと
「最初はそんなつもりはなかった、とりあえず状況を掴んでその女の子をどう救出すべきか考えていただけだ」
その警察官は続ける。
「警察官としてお前のような殺人犯は野放しにする訳にはいかない」
するとその言葉を聞いた彼女は警察官の前に立ち塞がる。
「この人を逮捕して私を家に帰してその後はどうするつもりですか?それで正義を行ったつもりでいるなんて虫が良すぎます」
「私は警察官だ。だからそこの彼を私は逮捕しなければならない。しかし同時に1人の大人としてこうも思うんだよ
"本当に逮捕しなきゃいけないのか、他に捕まえなきゃいけないやつがいるんじゃないか"ってね。
私たちは君たちを救ってあげられなかった。辛く、苦しい思いを沢山させてしまった。その事は謝らなくちゃいけないと思っている。彼を救えなかった。だからこそ今ここにいる君に私は助けになってあげたいんだ」
「おじさんはどうなるんですか」
「もういいよ、俺はここで君と話ができてそれで誰かの助けになれたんだ、そんなこと人生で1度も経験したこと無かった。さぁ私を逮捕してください、そして早くこの子の助けになってあげてください、」
そう言うと私は手を差し出した。
逮捕されてから3年後、俺は刑務所で刑務に励んでいた。
あの子はいま元気かな、学校には通えているのかな、なんてことを考えながら。というかそれぐらいしかすることがないというのもあるが。自由時間にTVを見ていると刑務官から「面会が来ている」と言われ向かった。どうやら会いに来たのは2人らしい。片方は検討がつくがもうひとりはだれだろう、そう思いながら向かうとガラスの向こうにいたのはあの少女と警察官だった。少女は背丈も伸び、すっかり少女とは言えない顔立ちになっていた。
「あの時はありがとうございました」
彼女は言う。
「お礼を言うのはこちらの方さ、あの日はじめて人と何かを共有できて俺は嬉しかったんだ」
それから少女は何があったかを語り始めた。
あのあと保護された少女はあらためて何があったかを警察に話した。その後彼女の両親も取り調べを受け、結果今は連絡の取れた親戚の家で暮らしているらしい。
「今年は大学受験なんです」
そう言う彼女の顔にはあの日のものはもうなかった。
「だったらこんなところで油を売ってないで勉強しないと」
「でもお礼はきちんと言わないと。それに私はあの日あなたに出会わなければ今頃死んでいたかもしれません。だからこそ今度は私が力になりたいんです。」
「そろそろ私にも話をする機会を与えてくれませんかね」
あの時の警察官が冗談めかして言う。
「すみません私ばかり話し込んでしまって」
「いや、ただこの話は先に伝えなくてはと思っただけです」
そう言うとその男は話しだした。なんでもあの一件で自分がやらなきゃいけないことは他にもある、と警察官をやめて青少年を守るためにNPOを立ち上げて今はそこの会長をやっているらしい。
「というわけで今は警察官じゃないんですよ」
「なるほど、そうだったんですか。それで私に伝えたいこととは?」
「実はこの子はこのNPOの副会長でもあるんです」
「へぇー凄いじゃないですか」
「これを立ち上げる時に彼女は私に言ったんです
あの人が帰ってきたら絶対この会に入ってもらうんだって。居場所がない人の居場所を私が作るんだって」
「だからあなたにはこの会に入ってもらわなくちゃならないんです」
そう言うと彼女はカバンから封筒を取りだした。
「あらためて私の電話番号と事務所の住所を書いた手紙を送ります、おつとめを終えたらぜひいらしてください。」
そう言われて涙が出そうになったがそれを必死に押し込める。
「ありがとう。ぜったい、絶対、行かせてもらうよ」
刑務官が面会終了の時間を告げ、面会室を立ち去る。
暖房などない極寒の塀の中で温かみを感じた、そんな冬の夜だった。
プロットもなく適当に描いたものですがそれでもよければ。(よくない)
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