最終章 出口のない芸術
「いつ気付いた?」
Hが不気味に笑う。その姿は何時もの元気いっぱいの優しい彼ではなかった。
「最初は動揺したさ。私たちはここに来る前の記憶があいまいで自我だけがあった。それもそうだよな。あんたが生み出した存在なんだから。Fへの恋心だけは本物だった。こんな私たちをあんな優しく包んでくれる存在なんていなかった。だけど、有名になるにつれFの存在が邪魔になった。」
「だからあたしたちは計画した。あたしたちだけの、あたしたちのための『アトリエK』が必要なんだと。」
「僕は最初こそ反対したけど、Fの殺し方の美学に興味があった。だから賛成した。」
「己は中立でしたね。でも好きな人の死に際は見たい。」
「私たちはみんな『ひとり』から生まれた存在。恋をするのも殺しをするのもいつでも一緒。」
「やっぱわかってたんだね。なら彼女を殺した瞬間も覚えているだろう!?あたしがキャンバスの前に呼びだした。」
「暴れる彼女を殴って脅して、僕が銅線とレジンで貼り付けにした。」
「それをみた己がペーパーナイフで滅多刺しにした。」
「最後に私がネクタイで首を絞めて殺した。」
犯人は分かってる。いや、違う。
ここにいる全員で彼女を愛した。
ここにいる全員で彼女を殺した。
『ここにいる全員が精神異常者ではなく作家として生きることを選んだ。』
鏡には変わらず一人しか映らない。それでいい。
映らない自分の姿になんも違和感がなかった。
「それぞれアサガオにちなんだものがあっただろう?あたしは自分のキャンバスに。」
「僕は彼女にあげたピアスに。」
「己はお茶会をした時の造花に。」
「私はパソコンのデスクトップに。」
「花言葉は。」
「「「「儚い恋。」」」」
彼女は気づいただろうか。4人で考えた告白の仕方。
それから伝えたかった本音。
気付いていなかっただろうな。彼女は最後まで医者で私は最後まで患者だったのだから。
「さ、片付けよう。大事に、永遠に、あたしたちのものにしよう。」
Hの発言に誰も異を唱える者はいなかった。
ひとりで彼女の遺体を下ろす。彼女の目から血が流れていた。医師として志半ばで折れたのだから当然だろう。だけどもし、彼女が私たちの中の誰かを好きになってくれたことでの後悔から来るものであったらとても幸せだなと思った。
2階のゲストルームに運ぶ。
4人で防腐処置を施すと綺麗にメイクした。
生きていたころの彼女がそこにはいる。
誰かが、一粒だけ涙を零した。