第5章 Nの狂気
1階作業台の前にNはいた。
「やっぱ、3000文字超えると腰痛くなるねぇ・・・ん?」
後ろにいたわたしに気が付くと、隣のRの作業台を進めながら、「あいつ今の時間帯は寝てるから。」と言った。わたしは椅子に腰かけると、Nの方を向いた。今日のNは紺色のYシャツに青紫のネクタイを合わせていた。ネクタイは20本近く所有しているらしい。おしゃれだなと思ったのに気付いたようで、今日は外に出る用事があるからねと微笑んだ。
アトリエKは会社としての組織はしていない。個人的な販売などで生計を立てており、4人で暮らしていくのはなかなかに大変だろうと思ったが実際はそうではないらしい。委託販売やイベントなど作家毎に声をかけてもらう機会も少なくなく、そのとりまとめをしているのがNだった。
「今度の殺し方はとってもロマンチックなんだ!」
嬉々として新作の話をするN。わたしはそれを黙って聞いていた。生き生きと人の切断の仕方について話す姿はサイコパスそのものだったが、実際はアトリエ一番の常識人。来客対応などを見ているとその社会性の高さに驚かされる。
「聞いてる?こっからがいいところなんだけど。」
「はい。ぜひ続きを。」
「良かった。それでね、遺体を20等分にして・・・。」
Nは話始めると止まらない。他の作家もそうだが、彼らは作業などを始めると5時間は飲まず食わずで平気で作業をする。同じ姿勢でじっとしていたり、動き回って筆を走らせたり・・・。その集中力は並大抵の人間のものではなかった。医者が見たら異常扱いするだろう。投薬処置など施すかもしれない。でもわたしは彼らが天才と呼ばれる所以なのだと思った。彼らは代償として記憶が持たない。だから、日をまたいでしまった作品は完成しない。完成したとしても書き始めのころの形は保っていない。小説ならエンディングが変わる、レジンなら配色が変わる、絵なら描きたかったものが変わるのだ。それは作家としては致命的で、だから彼らは24時間で勝負を決める。
「と言う話にしたのさ。」
「お見事です。」
Nがひとしきり話し終えると満足そうにパソコンをいじりだした。そのデスクトップは季節に合わせてアサガオのイラストが描かれていた。Hが書いたものらしい。最近は出版社に送る前にわたしに内容を確認するようになった。彼は1週間に1作のペースで書く。あとの6日間は取材や休息に当てている。わたしは毎回彼のロマンチックな世界に感心した。
「いつも聞いてくれてありがとう。」
わたしの両手を握りながら、Nは微笑んだ。どういたしましてというと、珈琲でも入れるよと答えてくれた。
『作家Nは、狂ったように見えて一番の常識人。狂気こそが真実。』