第3章 Kの美学
1階K専用のアトリエにKはいた。
ドアの隙間から覗いていると、振り向かずに
「入っていいよ。」
とKが声をかける。それを聞いてわたしは静かにアトリエのドアを開いた。
K専用のアトリエは、基本許可がないと出入りが出来ない。
それはKの性格と美学からきている。
「今日はアクセサリーのデザインをするんだ。そこ、小さい椅子用意したから座っていいよ。」
手作りだろうか、言われるがまま座ってもびくともしない丈夫な作り。Kの技術力の高さがよく分かる。
Kはこのアトリエの最年長でリーダーだ。作品作りに関しても強いこだわりを持ち、彼の作業中の道具に触ろうでもするもんなら、ものすごく怒られた後に口を聞いてもらえなくなるらしい。Kのアトリエには危険な工具もたくさんある。素人が触り方を間違えればそれこそ文字通り腕を落としかねない。昔アトリエに入った他の作家が、「彼なりに相手を守ろうとしてのことなんだけどね。」と苦笑いをしていた。
粘液性の高い透明な液体を小さな器に入れると、小瓶の入った箱を取り出してわたしに3色選んでと言った。
「じゃあ、青と緑と赤。」
「悪くないね。グラデにしよう。」
彼は小瓶から1滴透明な液体にたらすとプラスチックの棒でくるくると混ぜ始めた。透明だったのが薄く透明感のある色合いになっていく。そのままエンボスヒーターと呼ばれる高温のドライヤーのようなものを取り出すと、器に向かって送風した。小さな気泡たちが消えていく。透明感のある作品作りに必要なひと手間なんだと説明してくれた。
型を取り出し、器に入った液体を流し込んでいく。やがてそれは小さなアサガオとなった。
「季節物は売れるからね。今日は販売のための制作。」
「何に仕立てるんですか?」
「これはピアス。試作品だからあげるよ。」
床に置いてあった箱から工具とピアスの金具を取り出すと、ひょいひょいとあっという間に仕立ててしまった。もう何百個、何千個作ってきた彼だからできることだ。
「ん、可愛い。」
「ありがとうございます。」
少し頬を赤らめた彼はそのまま作業台に振り向くと、集中するからと続きを始めた。
しっかり者で、頑固。でも優しい。
それがKだった。
透き通った作品は彼の心を表しているかのよう。
『作家Kは、おのれの美学を基に作品を作る作家。透明感故に全てを見透かしてしまう。』