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わたしは白いお花

作者: きゃべつきゃべつ

わたしはお花です。白い花びらを持つ、ほっそりとした茎に支えられた小さなお花です。

春のあたたかい間、わたしたちは白いつぼみを綻ばせ、小高い丘に住んでいます。

丘の中腹の辺りに、群生した白い仲間たちに囲まれ、また仲間たちもわたしに囲まれ、そうしてちいさな丘に皆で暮らしています。

お昼はほどよく日が差し込み、あの優しい人がたずねてきます。

その人はわたしたちを踏んだり、むやみに摘んだり致しません。

小高い丘のてっぺんにある大きな木の下に寝ころび、むずかしそうな分厚い本を読んでいたり、すやすやとお昼寝したり、わたしたちの花びらを撫でていたりするだけです。

花売りのいやしい商人ではありませんし、ましてや墓参りをする人でもありません。

人は亡くなると、お墓をつくり、わたしたちを摘んで、そこに手向けると云われています。

けれどその優しい人は、そんな残忍なことをわたしたちに強いたり致しません。

優しく上品で美しく、本来ならもっと艶やかな花が似合う、高貴な人です。その人が近くを通ると、優しい香りが漂います。上等な服から匂ってくるのです。

わたしたち白いお花は、優しい人のために、今後大きな木の下に種をまかないと、誓い合いました。

しかし誓いをたてた日から、それきりあの優しい人はわたしたちの丘には訪ねて下さいませんでした。

ある夜のことです。なんだかその日は冷えていて、わたしたちは身を寄せ合って眠っていました。海のような深い空が、その時赤く弾けるように光りました。

わたしは目が覚めて、もしかしてそれが花火というやつかと思い至りました。

仲間が云っていたとおり、遠くからかみなりのような音が響きます。

音は段々近付き、夜の静けさを明るく照らし出します。こんなに綺麗なものがあるのかと見惚れ、気がついたら、まわりも真っ赤に燃えていました。

わたしたちは悲鳴を上げ、逃げようにも逃げられず、ただただわたしは白い仲間が黒こげになるのを、見ているだけでした。

朝になると、私はやっぱり黒こげで、焦げ付くいやなにおいで皆が泣いています。

わたしたちは耐え切れず、一度深い深い眠りにつきました。

それからしばらくしてわたしたちはようやくまた、芽吹く準備が整いました。

真っ黒に焦げた地面から、わたしたちはまた生れます。

ちょうど土から芽をのぞかせた時、丘の上にあった木の下に、石碑があるのが見えました。

今までなかったその大きな石碑に、わたしはびっくりして、じっとそれに見入りますと、そこにはあの人の名前が刻まれております。

わたしはまたまた心臓が跳ねるほどびっくりいたしまして、仲間たちに呼びかけました。

あの人が、もしこの木の下に埋まっているのだとしたら、わたしはどうすればいいのだろう。

わたしは心細くなって、あの人をひとりにしないよう、皆にはやく目覚めるように声をかけました。

春に、わたしたちは白い花を咲かせました。丘に、沢山の花を咲かせました。

木の下に眠るあの人は、もう寂しくないのでしょうか。

それから毎日毎日、丘に一人の人がやってきました。上等な華やかな美しい花をたずさえて、あの人の石碑に手向けるのです。

匂いのきつく鮮やかなお花に、わたしたちはいい気はしませんでしたが、わたしたちを差し置いて、そのお花をあの人に手向けるのだと思うと、よけいに悲しくなりました。

それからわたしたちは枯れて、種を作り、芽ぶき、つぼみをつけ、花を咲かせることをくり返しました。

そこにはいつもいつも、上等な花を手向けるその人がおりました。

あの人がいなくなったその春の日には、最も見栄えのする花束を用意していました。その日はわたしたちも一番の装いで、あの人を慰めようとしていたのです。

一面に広がるお花畑を見たその人は、はじめてこの丘に来たかのように、びっくりした顔で、立ちつくしました。


泣きつかれたその人は、あの人の特等席だった木の下ですやすやと眠りました。

暖かい春の日のことです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「戦争」とか「死」とかの単語がないところが好きです。
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