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貿易都市アレグロ4

「てめぇみたいな奴が……奴……ぼうけ……なんだてめぇは」


 見覚えのない顔から新人だと判断して絡みに行った中級冒険者が、奇妙に歪んだ顔を見せて首を傾げる。冒険者ギルドの入口には、赤と紺の布を使った珍妙な格好をした男が立っていた。


「私はディムロという。すまないが、奥のカウンターに用があるのでどいてはもらえないか?」


 格好が珍妙なら、言動も珍妙だった。絡まれてるというのに怒りもせず、萎縮もせず、ただ困ったように自分の要求を告げる。


「あ、アガンのおっちゃんじゃん。やめなよ、若手に絡むの」

「うるせぇおっちゃんって呼ぶな――ってマハじゃねぇか。依頼は終わったのか?」


 知り合いらしい、とディムロは斜め後ろに立っているマハに説明を求めて視線を向けた。


「うんうん、無事に終わったよ。この人は拾い物。面白そうだし、ちょっと世間知らずだから世話してあげようかなって。ディムロ、この人はアガンのおっちゃん。中堅冒険者でだいぶ長いことここにいる古株。で、若手に絡むのが趣味」

「おいおい、誤解を招くようなこと言うなよ! 俺程度にビビるならどうせ冒険者なんてやってはいけねぇ。そういう若い奴らが無駄に死なないように俺はだな――」

「それで結構な頻度でボコボコにされてるのによくやるよね」

「そんなボコボコにされてねーよ! お前ぐらいだよ俺のことをボコボコにした若手は!」


 アガンと言うらしいひげ面の冒険者がマハと言い争いをしている横で、奥の受付にたどり着いたディムロはくすんだ茶髪の受付嬢に声をかけていた。


「あ、すみません。冒険者登録と従魔の登録をお願いしたいんですけど」

「「ちょいちょいちょいちょい」」


 マハとアガンはそれぞれディムロの両脇を持ってずるずると受付から引き離す。そばかすが可愛らしい受付嬢は、その光景をなんとも言えない顔で見送った。


「よぅあの空気の中でスタスタ受付行けるなお前。なんだ、傍若無人か? 精神が岩か?」

「案内するって言ってるじゃん、どうしてちょっとくらい待てないの?」


 二人に責められたディムロは困ったように笑った。


「面倒くさいなって」

「正直者か!」


 マハのツッコミが冒険者ギルドに響き渡り、直後ハッとして口を手で押さえる。その様子を驚きの表情で眺めたアガンが、ニヤニヤしながら口を開いた。


「なんだ、マハ。いつものあの『にゃはは』みたいな飄々とした笑い方は――」

「最悪、デリカシーなさすぎでしょおっちゃん。だから奥さんに逃げられるんだよ」

「それとこれとは関係ないだろ!! あと逃げられてねぇ!! ちょっと実家に帰られただけだ!!」

「すみませーん、冒険者登録を――」

「「ちょいちょいちょいちょい」」


 アガンがディムロを羽交い締めにし、マハが受付への道を遮るように立ち塞がる。その様子を眺めていた冒険者たちは、あの(・・)マハとアガンがペースを乱されていることに驚いていた。なにせ、マハもアガンも、貿易都市ではかなりの発言権を持った冒険者であり、その厄介な個性は散々噂されているからだ。彼らを相手にして自分のペースを保てるあいつは何者だ――よっぽど腕に自信があるのか、もしくは馬鹿か。


 もちろん、ディムロはただの馬鹿である。


「真面目に説明するわよ、だから聞いて? 空しくなるから、無視しないで」

「おう。こうなったら俺も解説してやるからよ」

「助かります、ぜひお願いします」

「まずはだな――」


 アガンが指さした先には、冒険者たちが笑いながら飲み食いしているスペースがあった。今は昼間なのであまり人はいないが、これが夕方になれば依頼帰りの冒険者たちで賑わうことになる。


「食堂エリア。飯も食えて、酒も飲める。街中の酒場や定食屋に比べるとちょいと割高だが、意外と重要な情報を拾える。あとは、パーティを組むために常駐してる奴なんかもいるぜ」


 見た目に似合わない細やかさで、食堂エリアの情報を伝えるアガン。冒険者たちがギルドの建物の中でどこを重要視しているかは人によって違う。アガンは特に食堂エリアを重視しているタイプだった。


「ここで拾える情報は貴重なものはねぇが、新鮮だ。狩り場の様子だったり、異常があれば必ず誰かが噂している。依頼の前日とかには寄っておいた方が良いかもな」


「じゃあ次は私ね」


 マハが引き継ぎ、指さした先には、無数の木板がぶら下げられた巨大な掲示板が鎮座していた。


「依頼板よ。冒険者は1~7までの階級に分けられて、1階にある依頼板は4,5,6,7級の冒険者の依頼板。場所によっては2階建てじゃなかったりするけど、その場合はわかりやすく表示がされてるわね。2階の依頼板を目指すのが冒険者たちの基本的な目標。あの依頼板から自分の実力と目的に見合った依頼を選んで、受付に持っていくってわけ」


 そして、と言いながらマハは自分の鞄の中から半分に割れた木板を取り出した。そのまま、先ほどディムロが話しかけた受付嬢に声をかける。


「依頼完了の報告でーす」

「お預かりします。2級のマハ様ですね、依頼内容と割り符の確認は終了しました。報酬のお金は振り込みと手渡しどちらになさいますか?」

「振り込みで」

「かしこまりました。では、商業ギルドの口座に振り込んでおきます。何か特別な伝達事項はありますか?」

「特にないです」

「それでは、依頼完了お疲れ様でした~」


 笑顔で手を振る受付嬢から離れ、また3人で集まる。


「こんな感じよ」

「お前……いつの間に2級に……?」


 驚愕の表情を浮かべるアガンに、得意げに胸を張るマハ。いまいち凄さがわからずに首を傾げるディムロ。


「商業ギルドに冒険者が口座を持てるようになるのは3級以上だから、当分は報酬は全部手渡しになるけどね。一応、額面と枚数が合ってるかは確認した方がいいわ。あとは、依頼が完遂したら依頼主から必ず割り符を受け取ること」

「なるほど……」

「ま、大まかにはそんな感じね。あとはあっちの奥に資料庫があるから読んでみるといいかも。量が膨大だから、探すのは大変だけど」

「お前は一切読まなかったもんな……」

「だって見た方が早いじゃない」

「まあ一理あるが」


 腕を組んで頷くアガン。とはいえ、そんな無茶な方法で、なおかつ単独で依頼をこなすのは難しい。マハは今までパーティを組まない流れの冒険者として頭角を示していたが、普通は仲の良い者とパーティを組んで依頼をこなすのが普通だ。これがさらに別の都市に行けば、身内から指名依頼、なんてこともある。


「というわけで、登録しましょ。最初は銀貨2枚必要だから」

「わかった」


 自信満々に大金貨を1枚取り出すディムロにアガンが呆れた目を向ける。珍妙な格好も相まって、貴族か商人が興味本位で冒険者になりに来たようにしか見えなかった。


「冒険者登録と従魔の登録をお願いします!」

「はい、こちらの用紙にお名前と得意な技能と、職業をお願いします」

「職業……?」


 首を傾げるディムロに、マハから解説が入る。


「冒険者の中でも、得意分野が違うからね。ディムロはたぶん、精霊術士でいいわよ。火の精霊術を使うんでしょ?」


 ディムロは首を傾げながらも頷いた。精霊術、というのは何かはよくわからないが、ディムロが持つ戦闘手段のほとんどが精霊頼りだ。まあ概ね精霊術士で間違いはあるまい、と差し出された用紙にさらさらと自分の名前、技能、職業を書いていく。


「名前はディムロ、得意技能は火系統精霊術、職業は精霊術士、と……」

「……うわ。ディムロさん、どこから来たんですか? 古い文字を使いますね」


 受付嬢の疑問に、ディムロの首がさらに傾ぐ。


「んん? 集落で習った文字なんですが」

「よっぽど外界との交流がないんですね……あっいえ、大丈夫です。読めはします」

「よかったよかった」


 旧字体の文字をなんとか解読しながら、受付嬢はバチバチと紙に穴を開けて大量にある書類に紐で閉じる。さらに奥の方から羊皮紙を持ってくると、そこに判を押し、さらさらと見事な筆さばきで必要事項を記入した。


「はい、こちらが冒険者証――7級のディムロさんの証明書になります。無くさないようにしてくださいね、基本的に再発行はしておりませんので。再発行自体も、発行した都市でしかできませんので、決して無くさないように」


 過剰にも聞こえるほどの念押しに頷き、ディムロは冒険者証明書を受け取った。


「代金として、銀貨2枚いただきます……はい、大金貨1枚のお支払いですね。お返しが金貨9枚と大銀貨9枚、銀貨8枚になります。見たところ、革袋などお持ちでなさそうですが、必要ですか? 一袋銀貨1枚です。はい、ご購入ありがとうございます。では大銀貨は7枚、銀貨は7枚と革袋ですね。こちらに入っておりますのでご確認を」


 言われたとおりに入ってることを、きちんと数を数えて確認するディムロ。金色の貨幣が銀色の貨幣になり、数が増えたことに驚きつつ、ディムロは持っている大金貨2枚もあわせて革袋の中に仕舞う。


「……スられんなよ」

「あ、そうか」


 都市の中では『盗み』があるのだ、と聞いていたディムロは後生大事にその革袋を抱え込んだ。アガンが微妙な顔をしていたが、まあしっかり握っている分には盗られないだろう、と視線をそらした。


「あ、そういえば、級というのはどうやってあげるんですか?」

「基本的には依頼をこなした数に応じます。こちらで依頼達成数をカウントしていますが、都市を移動すると達成数はリセットされます。級は証明書に基づき移動先の都市で再登録されますので、級を上げてから移動された方がよろしいかと。もちろん、移動先の都市で級を上げるのも手です」


 よどみない説明に頭を下げて感謝の気持ちを伝える。


「続いて従魔の登録ですね。こちらの首輪を従魔につけていただきます。冒険者ギルド、従魔ギルドが発行している正式な首輪であり、こちらで番号と持ち主を記録しています。従魔が起こした事件の責任は全て、登録者に負ってもらいますのでご注意ください。ちなみに、1個金貨2枚です」

「じゃあ、2個必要だから金貨4枚ですね」

「……確かに。こちらは、装着者に合わせてサイズが変わります。高価なのはご了承ください」


 受け取った1個を、ディムロはさっそくイギマに装着した。赤い首輪はイギマの体色とうまい具合に溶け込み、あまり違和感はなかった。赤色でよかったな、これならロパルも気に入るだろうと思考を飛ばすディムロ。


「……このアクセサリー、可愛いですね」


 イギマが首からぶら下げている錠前を、どこか潤んだ瞳で見つめる受付嬢。ごつい錠前を可愛いというセンスはよくわからなかったので、ディムロは困ったように首を傾げるにとどめた。イギマは悪寒を覚えて後ずさりしていたが。


「よし、これで登録は完了ね。じゃあ、私が泊まってる宿屋を紹介するわ、そろそろその重たい荷物も置きたいでしょ?」


 マハの視線は未だにディムロが背負っている巨大な背嚢に向けられていた。冒険者として登録すれば街の様々な場所で恩恵を受けることができるため、先に作ってもらったのだ。とはいえ、7級ではたいした恩恵はないが。


「わかりました、案内お願いします」


 頭を下げるディムロを連れて、マハは冒険者ギルドを後にした。


「あの【孤高】のマハが男を連れている……」


 受付嬢が、思わずといった様子で呟いた言葉は、アガンも含めて一連の流れを見ていた冒険者達の総意だった。

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