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貿易都市アレグロ2

1/5 名前が似ているためアガス→ゼガズへと変更

「貿易都市……あれくれ?」

「アレグロ、です」


 ふむ、と青年は首を傾げる。少なくとも、聞いたことはない名前だった。その都市が、ここから最も近い都市だという。


「しかし、君たちはこんな辺境で何をしてたんだい? この先には雪山くらいしかないはずだが」

「ははは……」


 思いっきり自分に向けて跳ね返ってきている質問を、笑ってはぐらかす男。追い抜いたロパルに追い立てられて戻ってきた馬車に乗っていた者たちだ。青年はロパルに敵意がないこと、自分が止めたことを説明し、馬の乗り方を教わること半日。

 最初は警戒していた男だったが、この不可思議な衣装を羽織った青年は、あまりにもあけすけすぎた。不思議に思ったことはすぐに聞くし、警戒の欠片もない。穏やかで、冷静で、常識は知らないのに、知的ですらあった。荒々しい印象のロパルがなついているのが信じられないほどに。


「まあ、少し野暮用というか。仕入れですかね」

「ほう? あの辺りに売れるものがあるのか」


 それは良いことを聞いた、と背嚢の中身をガサゴソと漁る青年。道中で適当に狩りをしたので、肉やら毛皮やらは持っている。都市に行くと『金』とやらが必要になる、という噂は聞いていた。


「この辺は売れたりするのか?」


 男の脳裏に『鑑定依頼』という言葉がよぎったが、まあこれも罪滅ぼしの一環か、と青年が差し出したものを見る。無事だったとはいえ、馬車の上から青年を見捨てたことは、彼らの心にトゲを残していた。この青年が色々と頼み事をしてくれるので、良心の呵責に苛まされることもない、という利点もあった。


「あー、これは……売れなくはないですが、安いですよ?」

「そうか……」


 出てきた毛皮と肉を見て、男はすぐにそれが兎の肉と毛皮であることを見抜いた。丁寧に処理されているし、食えば旨いのだろうが、あまり価値のあるものではない。自分で食べたり、補修に使った方がよほど有意義だ。売れば安いが買うと高い物の典型例。


「あと、道ばたで石を拾ったんだが……」


 石、と男の思考が止まる。


「妙な気配がするんだ。これが何か知ってるか?」


 青年が取り出した――白と水色の『石』。その石から漂う静謐な気配に、男が思わず息を飲み込んだ。


「『雪霊石』……! あんた、これをどこで!?」

「んー……思い出せない。結構遠く」


 青年は肩に乗せたイギマと目を合わせて、同時に首を横に振る。『言うべきではない』――とかではなく、本当に二人とも覚えていなかった。いったいどこで拾ったのか。


「こいつを探していたんだ! 大金貨2枚でどうだ!?」

「いいよ」

「あっさり!?」


 青年にとって『妙な気配のする白くて丸い石』が『金色に光る貨幣』になるだけの話。それに、この『雪霊石』というらしい石はいまいち好きになれなかった。


「イギマ、すごいぞ。光ってる」

『そうだな』


 手に入れた金貨を日にかざして目を細める青年。一方、この馬車隊の隊長を務める男は、興奮した様子で『雪霊石』を調べている。


「いい純度だ……これなら十分()になるな」

「杖……」


 隊長の呟きに反応して、青年は改めて馬車の一団を観察した。合計で7人の集団。隊長は先頭で、馬車を引く馬とは別の馬に乗っている。ちょうど青年と横に並んでいる状態だ。後ろからついてくる馬車は、御者席に2人、中に4人。珍しいことに、隊長以外は全員女性である。

 そして、彼女らは皆杖を持っていた。木を削り出して作ったのであろう杖の先端には台座があり、その上に各色様々な石が填まっている。


「こうしちゃいれねぇ! ひ……ミフィス様ー!」


 隊長が馬を下がらせ、馬車の幌の隙間から中を覗き込もうとした。だが残念ながら、その企みは御者席から伸びた杖による一撃が顔面に直撃し、阻まれることとなった。


「覗き込むな、その雪霊石は私から渡す」

「あぁん? 腰巾着が吠えるじゃねぇか」

「……噛みつくしか能のない野良犬が。尻尾の振り方でも覚えたか?」

(仲悪いなー……)


 イギマはいがみ合う二人を見て内心でため息を吐く。青年は我関せずと、嬉々として光る金貨を弄んでいる。


 御者席に座る女性――赤い石を杖に嵌め、金色の髪を緩く纏めた女性は、ことあるごとに隊長と張り合っていた。名乗ってはくれなかったので、青年は名前も知らない。


「ねーねー、君!」


 御者席にもうひとりいた女性が話しかけてくるに当たって、青年はようやく金貨から視線を外した。


「私ですか?」

「にゃはっ、『私』だって! ねね、どこであの雪霊石見つけたの?」


 はて、と首を傾げる青年。どこか猫を思わせる茶髪の少女に向けて、思ったことを吐き出していく。


「んん? 会話、聞こえてましたよね? えぇと、マハさん」

「マハでいいよー! 聞こえてたけどさぁ、私たちが3日くらい探したのに見つからなかったんだよ? けっこー貴重な石だしさぁ、覚えてないってことはないでしょ!」


 ぐいぐい来るなぁ、と半ば他人事のように思いつつ、青年は首を捻る。とはいえ、本当に覚えてないのだ。なんとなく拾って、なんとなく入れていただけ。10日以上もぼんやり歩いていたので、何日目に拾ったかも覚えてない。


「うーん……でも結構前に拾ったので……やっぱり、ちょっと思い出せないですね」


 そう言えば、マハは諦めたように身を引いた。


「んーまぁ、それならしょうがないね!」


 引いてくれてほっとしている青年とは裏腹に、隊長と女性の張り合いは続いていた。なんとはなしにそのやりとりを眺めていると、マハが馬を早歩きさせてきた。慌てて青年は横にずれ、馬車引きの馬を先に歩かせる。


「ん、大分上手になったねぇ」

「あはは、その節はどうも」


 乗馬の方法を教えてくれたマハに頭を下げて、隣に並ぶ。もっとも、意思疎通ができるロパルに乗るのは、普通の馬に乗るよりもずっと簡単だったが。


「あの二人はいつもあんな感じなんです?」


 青年が声を潜めて聞けば、マハも困ったように笑って声を潜めた。


「私も雇われなんで詳しくはないんだけどねぇ……ゼガズさんは根っからの武闘派で、ハーリィさんは冷徹な女主人って感じだから。気が合わないんだと思うよ」


 なるほど、と頷く青年。


「あ、そういえば名前聞いてなかったね!」

「そうでしたっけ? 私はディムロ・ヌ・イーギルと言います。ディムロとお呼びください。こっちは相方のイギマと、ロパル」

「変な名前ー!」


 爆笑された青年――ディムロは困ったように首を傾ける。変な名前と言われても、里ではそれなりに知られた名前だった。だが、自分を前にして爆笑している人間、というのは興味深く、面白かった。外に出てきてよかったと思えるほど。


「上等だオラァ! 馬車から降りろ!」

「望むところです! 丸焼きにしてあげます!」


 魔力の気配に、マハとディムロが同時に反応する。マハの右手がそろそろと腰のダガーに向かい、ディムロは何気なく体内オドを練り上げた。


「いい加減になさい!」


 馬車の中から飛んできた雪玉が見事に隊長のアガスに直撃。それを見て大笑いしていた御者席のハーリィの頭に杖が振り下ろされた。


「うわぁ……」


 結構な勢いで振り下ろされた杖は、ガンッと硬質な音を響かせた。ディムロは内心「絶対にタンコブできたな」と思ったが、口には出さなかった。

 哀れ、ハーリィの隣に居たマハは驚いてその場で飛び上がっていた。


「まったく。ゼガズ!」

「はいっ!」

「その質の雪霊石が大金貨2枚とは何事ですか!」

「……へ? いや、相場通りですミフィス様!」


 慌てたように言い訳するゼガズに再び雪玉が飛ぶ。流石にかわした。


「色をつけなさい、と言っているのです。もう1枚」

「姫さま、さすがにそいつは太っ腹すぎーー」

「私の雪玉を躱すとは不遜な。もう2枚に追加しますか?」

「払います」


 そら、と言わんばかりに不平を目で表しながら追加の大金貨を投げるゼガズ。イギマはその表情を見て、「断ってくれ〜頼む〜」という思念を感じたが、


「金色が増えた」


 物珍しそうに大金貨を眺めるディムロは、しっかりと追加料金を握り込んで懐に収めた。がっくしと項垂れるゼガズ。


「ふん、ざまぁないわねーー危なっ!?」


 項垂れるゼガズを見て笑っていたハーリィは、背後から振り下ろされた杖をかろうじて受け止めた。


(あの杖の先端に填まってるの……小さいけど、雪霊石か……?)


 持っていた石ほどではないが、妙な気配を漂わせる白と水色の石を注視するディムロ。


「ひ、姫さま!? なぜ私にも杖を!?」

「いちいちゼガズに突っかかるのはやめなさい、と言いましたよね? 謝りなさい」

「姫さま、ですがそれはこの男がーー」

「私の杖を受け止めましたね? あのこと、私は言い触らしてもいいんですよ?」

「すみませんでした」


 ゼガズに頭を下げたハーリィの決断に、謝られたゼガズの方がしどろもどろになっていた。「い、いいってことよ……?」と呟いた後、小さな声で「弱味でも握られてんのか?」と首を捻っていた。


「なるほど。私から雪霊石を買い取ったのは、姫さまの杖の材料にするためか」


 ディムロの呟きには、沈黙が帰ってきた。愕然と顎を落としたまま、ゼガズは辛うじて言葉を口にする。


「な……なぜそれを知っている……?」


 あまりにも驚いているゼガズを見て、『見て聞いていれば……』とは言いづらくなり、モゴモゴと口元を動かすディムロ。やれやれと言わんばかりに、イギマはディムロの肩の上で丸くなった。


「あなたたちが、堂々と姫さまって言うからでしょ。もう隠してもしょうがないので、名乗るわ!」


 バッ、と馬車の幌をずらし、御者席に足をかけ、一人の少女が姿を見せた。蒼銀の髪を短く刈りそろえ、強気そうなつり目で周囲を睥睨する。小さいながらも可憐さと風格を兼ね備え、例え出自が高貴ではなくとも、周囲の人を惹きつけていただろう魅力に満ちていた。


「私の名前は、ミフィエラ・ル・アレグロ! 貿易都市アレグロの領主の娘にして、【銀雪の魔術師】を名乗る者!」


 さあひれ伏せ――もしくは驚け――と言わんばかりに杖を向けた姫様、ミフィエラは、とても興味深そうな目を向けられて、返って怯んだ。高貴な出自であり、そうでなくても魔術師である自分を真っ向から見つめる者はあまりいなかった。だいたい慌てて頭を下げるか、驚いて怯む者が大半だったのだ。


 つまるところ。


「あ……あの……あんまり、見ないでください……」


 銀と蒼の髪とは裏腹に、顔面を真っ赤に染めたミフィエラがすごすごと馬車の中に戻っていく。


 数秒目が合っただけでこの始末――アレグロの領主の娘は、とてつもない人見知りだった。

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