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亜人至上主義の魔物使い  作者: 栗原愁
第3章 招かざる侵入者編
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冒険者は吸血鬼に気に入られる

敵が放った転移魔法により、不幸にも魔境の森内で分断されてしまった金翼の旅団。

パーティメンバーの一人である魔法使いのリディアは、現状把握に困難を極めていた。


仲間と離れ離れとなり、転移によって降り立ったその場所に、リディアは自分の目を疑った。

つい先ほどまで、太陽が真上に差し掛かっていた真っ昼間の時間帯だったというのに今、リディアがいる場所は、薄暗い森の中だった。

それもそのはず、太陽の姿などどこにもなく、代わりに月が空の上に現れ、暗い世界に光を灯していた。


見渡す限り目に映るのは夜の森の光景。

時間帯は全く異なっているが、状況から見ておそらくここは魔境の森のどこか。そして最悪なことにあろうことか敵地にて孤立してしまった。

予想だにしなかった事態にリディアは頭を抱えていた。


(……まさか転移魔法が使える奴がこの森にいたなんてとんだ誤算だわ。あんな魔法、制御が難しいから賢者クラスの実力があって初めて扱える魔法なのに…………いいえ、今そんなことを考えるのは後にしよう。今はこの森をどうやって抜け出すかだけに集中しましょう。おそらく他のみんなのもそう考えているはず)


混乱していた頭の中をいったんリセットし、魔境の森からの脱出方法についてだけ考えることにした。

少し冷静になったリディアは、先ほどから感じていたある違和感について考え始める。


(そういえば転移されてからどうも周りがおかしいわ。この魔力に包まれているような感覚。……それにこの空もだわ。まるで作り物のような……まさか!?)


そこまで思案してからこの違和感の正体にようやく気づき始めた。


(私の予想だと、おそらくここは結界の中。となると、そう簡単に抜け出すことはできないわね。この結界魔法を発動させ、維持している術者を倒さない限り、一生この森から出られないはず)


何者かによって結界の中に閉じ込められたことに気付いたリディアは、術者を探し出すことに専念することにした。


(私の経験からいって術者は、大抵どこかに隠れながら私のことを監視しているはず。こんな森の中だから隠れるところも多いけどしらみつぶしで探すしかないわね…………ん?)


いざ術者を探しに体を前に動かそうとしたとき、ある物が視界の端に移りこんだ。

それは森林地帯には似つかわしくない物だった。いくつもある木の根本付近にぽつんと置かれている棺桶のような……いいや、棺桶そのものだった。そしてその傍らには赤い液体が入った大きなガラスビンが棺桶と並んでいた。


当然、リディアはなぜこんなところにこんなものがと怪訝そうに棺桶を見つめていた。これはこの結界を解くための鍵になると踏んだリディアは、警戒した足取りで棺桶へと近づく。

……すると、ガタガタという音が棺桶の方から聞こえ始める。やがてその音が止み、代わりにギイィと、棺桶の蓋を横にずらす音が聞こえた。

バタン。棺桶の蓋は地面に落ち、棺桶の中からむくりと起き上がる影が視界に移った。


大きなあくびを出し、小さな体を目一杯伸ばしながら出てきた影は、吸血鬼のローゼリッテだった。

先ほどまで寝ていたのか、眠そうに目をこすりながらこっくりこっくりと舟を漕いでいる。


「……お、女の子?」


リディアは、予期せぬことに再び混乱してしまった。

こんな危険な森になぜ年端も行かない女の子がとか、なぜ棺桶の中に入っていたのかなどといろいろと疑問に思うことがあり、その場から動けずにいた。


そんなリディアには目もくれず、ローゼリッテは先ほどからずっと舟を漕いでいると、次の瞬間、突然覚醒したかのようにビクッと体を震え上げた。


「わあああぁぁっ!? ね、寝ていませんよ! ちゃんと起きていましたよ! ……ええ、もちろん。……ま、まさか、仕事中に寝たりなんかしませんよ」


その光景は、リディアの目にはまるで誰かと話しているように見えた。その誰かまではリディアには分からなかったが、ローゼリッテの反応から彼女よりも上の存在だと予想する。


「……え? ずっと見ていたからバレバレだったぞって……だってずっと暇だったんだから仕方ないでしょう! ……今日の分の血は抜きだなんて言わないでよシオン。ちゃんと働くから……ね! あいつ倒せばいいんでしょう。すぐに終わらせるからそんな冗談言わないでよもう!」


ローゼリッテはリディアのことを指差しながらそんなことを言っていた。まだ状況が飲み込めていなかったリディアだったが、どうやら会って間もない女の子に舐められていることだけは理解できた。


「よいしょっと」


そう言いながら棺桶から出てきたローゼリッテは、着ていた黒いドレス軽く叩きながら身だしなみを整える。


(あれ? この娘どこかで見たことあるような)


「……さて、待たせたわね。ようこそ魔境の森へ、侵入者さん。さっそくだけど死んでくれない」


ローゼリッテから殺気のようなものを感じ取ったリディアは即座に杖を相手に向け、臨戦態勢を取った。


「あなたがこの結界を発動させた術者?」


リディアは少しでも情報を知るためにローゼリッテに問いかけてみる。


「そうよ。ディアナから教わった魔法よ。アタシ、日の光が苦手だからこの魔法には助かっているのよ」


意外にも警戒せずにぺらぺらと話してくれるので、リディアは他にも質問してみた。


「さっき言ってた『シオン』っていったい誰?」


「……そうね。今のアタシのご主人様と言ったところかしら」


(今の? ご主人様? もしかしてこの娘の言っているご主人様って例の竜人族のことかしら?)


「ここまで来る途中、やけに連携や統率がとれていた魔物に出会ったんだけどあなた何か知らない?」


「ああ、あの子たちね。そいつらはシオンと主従契約を結んだ使い魔たちよ。シオンがいろいろと戦術とか叩き込んでいたからあんな芸当ができるのよ。あの脳筋ドラゴンのフィリアには到底できないことだわ」


(主従契約!? ドラゴンのフィリア!? どうやらシオンっていうのは例の竜人族じゃなくてその仲間のテイマーのようね? ……でもそんなことありえないわ。テイマーが使役することができる数は大半が一体まで、多くても三体までが限界のはず。……でも私たちが出会ったのは、それを軽く超えているわ)


ローゼリッテの答えを聞き、自分の知っている知識と大きく異なっていることに動揺する。


「そうそう。珍しくここまで来れたんだからとっておきの情報を教えてあげるわ」


「え?」


「あなたたち、この森に入ってからずっと監視されていたのよ」


「……っ!? ど、どういうこと」


「言葉通りの意味よ。ずっとシオンの使い魔が監視していたのよ。あなたたちの武器や魔法、パーティ内での役割などなど、あなたたちに関する情報を集めて、その情報はすべてアタシたち、シオンの使い魔たちに共有されているわ」


驚愕の事実を知ったリディアはショックのあまり数歩後ろへと下がった。


(それが、本当のことだとしたら私たちのことは全部こいつらに筒抜けってこと。だとしたらこの転移はもしかして……私たちを分断させることだけでなく、私たちにとって天敵になるような人物の元まで転移されたことにもなるわ)


そう考えたリディアは、ますますローゼリッテのことを警戒した。


「さて、始める前に自己紹介でもしましょうか?」


「自己紹介……?」


これから殺し合いを始めるというのに場違いな提案をするローゼリッテにリディアは戸惑いながら聞き返す。


「そう。アタシばかりアナタのことを知って不公平でしょう。……それに、久しぶりにこんなかわいい女の子の血が手に入るんですもの。名前くらい知っておきたいでしょう」


「血ってまさか……」


先ほどからローゼリッテの口から度々出てくる『血』という単語や彼女の言動からリディアは嫌な予感がしてきた。


「初めまして。アタシは吸血鬼族のローゼリッテと申します。久しぶりに若い女の血が手に入るということでちょっぴり眠気が覚めてきました」


ローゼリッテは、スカートの端を両手でつまむように持ち上げ、軽くお辞儀をしながら自己紹介をしていた。


「わ、私はリディアよ。……悪いけど簡単にあなたの餌になんてなったりしないわよ」


「いいわね。その強気な態度。これまでアタシのところに来たヤツなんて屈強な男や見た目が汚い男ばかりだったからウンザリしていたのよ。それに、あなたみたいな魔力の高い女の子なんて絶対に美味しいから楽しみだわ」


興奮したように頬を赤く染め、リディアをまじまじと見ながら舌なめずりをする。今にも食べられてしまいそうな雰囲気に思わず悲鳴が出そうになる。


吸血鬼とは出会ったことはないが、本からの知識でリディア自身、知っていることがあった。

日の光、十字架、聖水など弱点が多い種族だが、それ以上に種族としての能力はリディアたち人間を優に超えている。

力が異様に強く、羽が生えているため飛ぶことができ、その上、不死身でもある。


そんな化物じみた能力を持つ吸血鬼族だが、リディアが一番恐れているのは別にある。それは、吸血鬼族にしかない固有能力の『血流操作』だった。

血さえあれば、自分の思い通りに形を変え、攻撃や防御、様々な用途に使えるため厄介な能力である。


(でも大丈夫だわ。探知魔法で調べてみたけどこの付近に魔物の類は存在しないわ。自分の血を使うっていう手もあるけどあまり大量に使うことはできないはず。後は私から血を流さないようにすれば、勝機はあるはず)


目の前にいる強敵に恐れながらも決して敗北を認めず、勝利への活路を見出そうとリディアは奮闘していた。


「シオンにもすぐに終わるって言っちゃったからさっさと始めましょうか」


「……っ! 《フィジカル・ハイブースト》! 《マナ・ハイブースト》! 《ライトニング》!」


勝負が始まると同時にリディアは瞬時に、身体強化、魔法強化の呪文を唱え、攻撃魔法を放った。

強化された雷系の魔法である《ライトニング》は轟音を鳴らし、バチバチッとした光を走らせながらローゼリッテに直撃する。


後方の木々にまで被害を及ぼすほどの威力に防御を取る時間も与えられなかっただろうと勝ち誇るリディア。


不死身であるためこれだけで倒せるとは思っていないが、これほどの威力なら大ダメージ与えることができただろう。

リディアは今の攻撃にそんな手ごたえを感じた。


「三回連続、しかもどれも中級魔法の詠唱破棄での発動。……これが無詠唱だったら直撃だったんだけど……残念だったわね」


「なっ!?」


先ほどローゼリッテが立っていた場所から彼女の声が聞こえた。それもリディアの魔法を喰らっていないような平気な声で。


「いったいどうやって……あ、あれは!?」


リディアの目に映ったのは赤い壁だった。それはローゼリッテほどの高さの壁でこの壁のせいでリディアの攻撃は防がれてしまったようだ。


「解除」


ローゼリッテの一言でその壁は形を変え、球体となってローゼリッテの(かたわ)らに寄り添うように浮いていた。


「まさか今のが……血流操作」


「よく知っているわね。その通りよ」


「でもそれには、血が必要なはずよ! いったいどこから!」


周囲に魔物などの生物がいないことは確認済み。ローゼリッテの体に傷をつけたような箇所がないため彼女の傍に浮いている血は彼女自身のものでないはず。

いくら考えても答えが見つからないリディアの姿を見たローゼリッテはくすりと笑いながら答える。


「血ならずっとアタシの(そば)にあったわよ。もしかして気づいていなかった?」


ある場所を指差しながら答えを教えてくるのでリディアはその指差す方に視線を移すとようやく理解できた。


「私としたことが、見落としていたわ。あのビンに入っていたのは全部血だったのね」


ローゼリッテが指差していたのは棺桶の隣にある大きなビンだった。先ほどまでビンいっぱいに入っていたが、今は少しだけ減っている。

棺桶からローゼリッテが出てきたことでリディアもすっかりその存在を忘れていた。


「ここはいわば、アタシが戦う舞台よ。当然、戦いに備えた準備をしているに決まっているじゃない」


「くっ!」


恐れていた事態にリディアは悔しそうに顔をしかめた。


「さあて、今度はこっちの番よ」


声を弾ませながらローゼリッテの反撃が今始まる。


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