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亜人至上主義の魔物使い  作者: 栗原愁
第1章 異世界転移編
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竜との邂逅

――ドラゴン。

それはファンタジー小説や漫画などでは有名な空想上の生物。

硬い鱗で覆われており、空を見上げるほどの大きな(からだ)、空を飛び、火を吐く生物が今紫音の目の前にいる。


山のように大きな躰だと勝手に想像していたせいか思っていたよりも小さく見える。それでも三階建ての校舎と同じくらいの大きさだ。


そんな非現実的な状況の中、紫音は意外にも冷静であった。

ドラゴンを見ても恐怖はあまり感じず、ただただドラゴンを観察していた。自殺をしようと屋上から飛び降りた勢いで頭がおかしくなったのか。常人なら恐怖のあまり失神する状況だというのに紫音はせっかく空想上の生き物に出会えたのだから会話でも試みてみるか、などと馬鹿なことを考えていた。


「貴様、私のナワバリになんの用だ」


どこからともなく女の声が聞こえてきた。とっさに周囲を見渡すが、もちろん紫音とドラゴンのほかに人はおろか生き物すら見えなかった。とすればおのずと答えは一つ。


「もしかして、今のはお前が言ったのか?」


答えを確かめることも含めてドラゴンに向かって話しかけてみた。


「なにをおかしなことを言っている、私に決まっているだろ。もう一度言う、貴様は私のナワバリになにをしに来たんだ」


ドラゴンは少し怒気を孕んだ口ぶりで再度同じ言葉を放つ。

しかし今の紫音はそれどころではなかった。


(言葉が通じる……だと)


先ほどの流れでお互いに会話が成り立っていることが証明できた。

紫音がこの世界で生きていく中で懸念していたこの世界の住人との意思疎通が今解消することができた。

そのことに紫音は密かに喜びを感じていた。


「わ、悪いけど……気づいたらこの森の中にいたわけだからお前のナワバリだったなんて知らなかったんだよ。悪かったな……」


「知らなかっただと、おかしなことを言うわね。ここは多くの魔物が生息する森だということは周辺の街に住む奴らなら知っていて当然のはずよ。それを気づいたら森の中にいたなのだと貴様の世迷い言を信じるとでも思う?」


「べ、別に嘘を言っているわけじゃないよ。ついさっき屋上から飛び降り自殺をしたと思ったのに、目が覚めたら森の中に横たわっていたんだよ。だからなんでここにいるのかも俺が知りたいくらいだよ」


「くどい! 訳の分からぬことばかり言いおって。そのような見え透いたウソなど……ん? 待て、貴様。今自殺しようとしたと言ったわね」


ニヤリとドラゴンの口から笑みがこぼれ、舐め回すかのような視線を紫音に向ける。

ひとしきり紫音を観察したのち、ジュルリと舌なめずりをした。


「そうかそうか、貴様は死のうとしていたのね。この際、貴様がどういう意図で私のナワバリに侵入したかなどどうでもいいわ。死のうとしたいならその命、私がもらってやろう」


「も、貰うというのは俺を喰うっていう意味か?」


「当然よ。人間を喰うのは実に数日ぶりだが安心しなさい。苦しまぬように一口で平らげてあげる」


ドラゴンの言っていることは本当のようだ。その証拠に口元からよだれが溢れ出し、今か今かと待ちわびているのがひと目で分かる。


この状況を見て紫音はこのまま終わるのも悪くないと思い始めた。ドラゴンがいるような世界ならここで生き延びたとしても生きていく自信がない。それならいっそのことここで奴の生きる糧になるのもやぶさかではない。

どうせ一度は諦めた人生ならここで奴の腹の中に入って死のう。紫音は静かに瞳を閉じる。


「それもいいな。頼むよドラゴン。一思いに俺を喰ってくれ!」


紫音は覚悟を決め、ドラゴンに身を委ねる。


「なかなか威勢がいい人間ね。喰うのに惜しい人間だが、お前の願い通り私の餌になりなさい!」


ドラゴンはそう言うと、大口を開け、捕食するため勢いよく紫音のもとへ向かう。

短いがこれでこの世界ともおさらばだ。次はきちんと生まれ変わって人生を謳歌しよう。紫音はそんなことを考えながらドラゴンの口に収まるのを待つ。


もう少し、もう少しとトンネルのように大きなドラゴンの口が紫音に近づく。そして、紫音を捕食するまであと少しというところで、


「…………うっ!?」


途端、むわっという生暖かい空気がドラゴンから漂い、今まで嗅いだことのない悪臭が立ちこまった。それは鼻が曲がりそうになり、吐き気を催すほどの臭さだった。


そのあまりの臭さに紫音は思わず。


「…………く、くせぇんだよっ! このクソトカゲ野郎がっ!!!」


耐えることのできない臭さを放ったドラゴンに怒りをぶつけるため拳を握りしめ、ドラゴンの顔面に拳を振り下ろそうとする。


こんなことをしてもドラゴンにはまったく効かないだろうが、この気持ちを抑えるにはこうするしかなかった。

どうせこの先、食べられて終わりなのだから、と紫音は少しヤケになってしまっていた。


紫音の振り上げた拳はちょうどドラゴンの上顎に当たり、そのまま何事もなく捕食されると紫音が思ったその時。


「グオオオオォォッ!!」


拳とドラゴンがぶつかった瞬間、強い衝撃でも起こったかのような激しい音とともにドラゴンの体は宙を舞った。

そして空中で一回転したのち後ろにあった木々を倒しながら地面へと激突した。


「な、なに? いまの……」


殴った本人はというと、状況が飲み込めないままただ呆然(ぼうぜん)と立っていた。



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