融合
病室の中で一人の女性が机に突っ伏して寝ていた。目元が赤く腫れ、目元から何かが伝ったような跡がある。おそらくは先ほどまで泣いていたのだろう。そんな女性の姿を見ている者がいた。
「ミリア、看病してもらって悪いな。」
そう呟いたのはグランだ。ただし、正確にはグランではない。グランは今も痛々しい姿で床に臥せっている。グランは自分を見下ろして言った。
「俺は死んだのかな?なんか身体はちょっと透けてるし。確か大梁が上から落ちてきた所までは覚えてるんだよな。後は気付いたらここでガマやマルスのおっさんがいて、ミリアが来て泣き出したんだよな。」
グランは下にいる自分の姿を見て呟く。
「しかし、包帯を替える時はビビったな。最初はあえて気付かないふりをしてたけど、やっぱり直に見るとな。ミリアは失神するし、俺は自分の姿が酷くて泣きそうだったし。」
自分の惨状を目の当たりにしたグランは遠い目をして東の方を見た。
「それになんか東の空が明るく見える。朝にはまだ早いし・・・気持ち体が引っ張られるような感覚だな。あそこに行けって事かな?」
グランはぼんやり白んで見える東の空を眺め感じる。するとベッドに横たわるグランの下顎が大きく動いた。そして止まったと思ったら不規則に小さく動いた。
「人が死ぬ間際にはどうやら口が魚みたく動くって聞いたことがあったが・・・本格的にダメらしいな。」
死戦期呼吸、心臓が止まった後に起きる呼吸だ。
「・・・ミリア、俺はどうやら死んでしまうらしい。」
そうぼやくとミリアの横に移動し頭を撫でる。
「短い人生だったけど楽しかったよ。お前には悪い事をした。弁当箱壊しちゃったからな。それに心配もかけた。スフレもまだ奢ってないし・・・」
苦笑しながら撫でた手が頭をすり抜ける。
「皆にはあまり責任を感じて欲しくないな。ミリアもあまり落ち込むなよ?たまに弁当でも供えてくれればいいからさ。今日の弁当は美味かった、また食べたいんだ。じゃあ元気でな。」
そう伝えるとグランは東に向き部屋をすり抜けて出た。
「・・・・・」
グランは無言で東の光る場所へと飛んで行く。
「(やっぱ死にたくねぇな・・・)」
目尻に涙を浮かべるが、既に光の引力に惰性的に引っ張られていくさなかに声がした。
「あんた、もう行くの?」
「あぁ」
「なら身体貰うわね!!」
「あぁ・・・はぁ?」
「言質取ったわよ!って離しなさいよ!」
声の主の方を見ると
深い緑のローブを着たグランと同じ半透明の人物がいた。そしてその両の脚に二人の人物がしがみついていた。
「・・・・!」
「・・・!?」
「「・・・・・・・!!!」」
二人は何かを叫んでいるが、何処の言語かわからない為に理解出来ない。だが必死さは伝わっていた。
「ったくしぶといわね!さっさとあっち行きなさい!呼んでるでしょう!」
「・・・・・・・!!!」
ローブの人は東の光る場所を指さしイラついたように二人に怒鳴る。
「あんた!この二人連れて昇天しなさい!」
ローブの人は無理やり二人を蹴り飛ばすと俺に押し付けて来た。
「いや、ちょっと!どういう状況だよ!」
「時間が無いの!早くしないと肉体が持たないのよ!じゃあね!」
こちらの返事を待たずにローブの人は病院へ向かう。
「・・・・!」
「・・・!」
残された二人が必死で何かを訴える。
「一体何なんだよ。訳がわからねぇよ。そもそもローブの奴は何処に行ったんだ?・・・ちょっと黙ってろ!」
叫んでも分からない二人にグランは二人を黙らす為に指を自分の口元にあてる。二人はしぐさで伝わったみたいで黙る。
「(あいつは肉体が持たないって言わなかったか?俺の今の状態は肉体って言わないよな?多分?じゃあ、何の事だ?)」
ふと、ローブの人物が行った所に目をやると自分がさっきまでいた病室から雷のような光が見えた。
「なっ!なんだ!今のは!」
グランが狼狽えているとさっきの二人が騒ぎ出す。
「もしかしてさっきの奴の仕業か!」
通じていないはずだが空気を呼んだ二人がお互いの顔を合わすとこちらを向き頷く。
「クソッタレ!あそこにはミリアがいるんだぞ!」
踵を返し急いで病室へ戻る。二人が付いてきているが気にかけている余裕は無い。
グランが病室へ戻るとミリアが床に倒れていた。ローブの人物は何かを呟いている。するとローブの人物から淡い光が放たれた。
「お前!ミリアに何をした!!!」
「!!!」
グランは叫びながらローブの人物へタックルをした。タックルをされた方はいきなりの事に反応出来ずに正面からくらってしまった。
「あんた何してんのよ!」
「うるさい!お前の方こそミリアに何をした!」
二人が取っ組み合いをしていると二人が追ってきた。
「ミリアなんて私は知らないわよ!私はそこの」
「今倒れている奴がミリアだ!それをお前は」
「『聞け』」
ローブの人物が不意に放った言葉にグランは動けなくなる。するとローブの人物は立ち上がり喋った。
「私は貴方の肉体が欲しいだけなのよ。わかる?それにこの娘、ミリア?は私の儀式の最中に起きたから眠らせているだけよ。」
「本当か!?」
「ええ、気分を悪くしたなら謝るわ。『ムーヴ』」
ローブの人物が何かを唱えるとミリアが元の机に戻っていく。
「魔法なのか?」
「ちょっと違うけどまぁそんな所ね。さぁ、もう邪魔しないで。」
ローブの人物が詠唱を再開する。
「わかった。最後に教えてくれ。死んだ俺の身体で何をするんだ?」
「死んで無いわよ?だから私がこの肉体を貰うの。」
「え?」
「厳密には生きてるけどこの世界の知識じゃ助からないわね。って事だから私がこの肉体を貰うの。」
「助け」
「嫌よ。」
ローブの人物がフードを取る。そこには若い10代後半ぐらいの少女がいた。
「あなたがいいって言ったのよ?だからコレはもう私のモノよ。」
「そんな事納得出来るか!」
再び彼女に飛びかかるグラン。
「『止まれ』」
「グッ!」
またしても彼女の言葉でグランは動けなくなる。
「諦めて昇天してね。来世ではいい事あるわよ♪」
「可能性があるのに諦めきれるかぁ!」
グランは必至の形相で彼女にゆっくり近づく。
「すごい精神力ね。普通は英雄と呼ばれる人でも動けないのよ?ちょっと引くわね。」
意外な出来事に彼女の顔が引きつる。
「けど残念。もう準備は終わったの。後は貴方の肉体に触れて転生完了よ。」
「「「!!!!!!」」」
彼女の言葉に三人が反応した。どういう訳か二人にも彼女の言葉は理解出来るらしい。
「バイバイ♪」
彼女がこちらに振り返り手を振った刹那二人が動いた。グランの身体を死角にして大きい男がグランを背中から体当たりをし、髪を結っている男が大きい男を踏み台にして彼女に襲い掛かる。
「きゃあ!」
半透明な身体は重なると意外に見えにくくまた、上下に分かれた事で彼女の反応が一瞬遅れ直撃を受けてしまう。そして4人まとまってにグランの肉体に触れてしまった。
「あっ!」
触れた瞬間に4人の姿が消え、そこには何もなかったかのように静寂が戻っていた。