責任
「道具は使うな!手でどけろ!いいな!」
皆無言で廃材を除ける。
「いたぞ!こっちだ!」
誰かが叫ぶ。それに反応して皆が集まる。そこにはグランの右手が力なく横たわっていた。
「ガマ!あとはボウズのシュム!廃材をどけろ!他は周囲の安全確保と外までの道を作れ!」
グランを発見したと同時にマルスが指示を出す。
「こ、これは。」
「誰か鉄棒持って来い!ボウズ!手貸せ!」
「おい!グラン!目ぇ覚ませ!返事しろよ!クソ!グラン!グラン!!」
シュムはグランを見て絶句、マルスはグランの状況を見て道具を寄越せと指示、ガマは友のぐったりした様子を見て必至に呼びかける。三者三様の行動だが、状況は一つ。グランの左半身の上に丸太の大梁が乗っていた。いや、潰していたと表現する方がいいだろう。そんなグランを見た彼らは皆、口にはしないが『これは助からない。』と言った表情をしている。ただ、三人を除いて・・・
バタバタと通路を走る音が段々近づいてきた。その慌ただしい足音は扉の前に来ると急に静かになり一呼吸置いてから静かに扉が開いた。そこにはミリアがいた。
「グラン・・・」
彼女が見た先には今朝方いつも通りの会話をしていた彼の姿はなく、痛々しい血の滲んだ包帯に包まれた姿だった。全身ミイラの様な姿の彼は一見誰かわからない。だが、左半身が赤く染まった包帯は彼の怪我の酷さを物語っている。
「ミリアちゃん・・・」
「グランはどうなの?」
「重症だ。先生が言うには左半身が潰れて酷いらしい。助かる見込みはほとんど無いと言われた。」
「ッ!」
「特に腕と脚が酷いらしい。助かったとして、もう動かないかもしれない。」
「そんなのって・・・ガマ君、グランに何があったの?」
「・・・グランは、解体中に建屋が崩れてその下敷きになった。・・・作業は順調だったよ。後は皆で建屋をロープで引き倒して今日は終わりのはずだったんだ。それが!」
ガマは拳を握り締め言葉に詰まる。
「そんな!問題なかったんでしょ!なんでそんな」
「俺の責任だ。」
マルスがミリアの言葉を遮って答えた。
「俺があいつを残して先に外に出た。ロープを引く直前、奴がまだ中にいるときに違和感があった。その時に・・・いや、当初の計画が甘かったんだ。」
「もし・・・もしもグランがもし助からなかったら私、マルスさんを一生恨みますッ!」
「ミリアちゃん、それは」
「あぁ、そうだな。俺は恨まれても仕方ねぇ。」
ミリアの言葉にガマがなだめようとしたがマルスはミリアの言葉に頷いた。
「俺はもう行く。後は頼んだぜ。」
マルスはそう言い残すと静かに扉を開け出て行った。
「ミリアちゃん、気持ちは分かるがマルスさんを責めないでくれ。あれは・・・あんな事ありえないんだ。潰れそうなら柱を抜く時に」
「じゃあ、何でグランはこんな事になってるの?ねぇ、教えてよ。教えてよッ!!」
ミリアは大粒の涙を止めどなく零しながらガマをつい詰める。
「・・・」
ミリアの問いにガマは答えられない。ただ、ガマもなぜあのタイミングで崩れたのか本当に原因がわかっていなかった。
「すまない。」
ガマはそういうと部屋を出て行った。
「グラン、お願いだから目を覚ましてよぉ・・・」
一人になったミリアは嗚咽交じりにグラン問いかけていた。
病院を出たガマは報告のため組合に向かっていた。すでに薄暗くなっている道を歩いていると先に出たマルスに追いついた。
「「・・・」」
二人の間には何とも言えない重い空気が漂っていた。その空気を押し切ってガマが口を開いた。
「なぜミリアちゃんにあんな事言ったんです?」
「・・・」
「あんな言い方すれば全てマルスさんが悪いと言っている様なもんじゃないですか。」
「・・・」
「・・・あれは不幸な事故です。マルスさんがそこまで責任感じる事は無いじゃないですか。」
「・・・」
ガマがマルスに話しかけるがマルスは沈黙したまま口を開かない。そんな一方的な話を続けていると建築組合が見えてきた。組合には先に到着した作業員と職員が待っていた。
「マルスさん。組合長がお待ちです。ガマさんはアモステルさんの所へ。」
「あぁ、すぐ行く。」
「わかりました。」
二人が返事をするとそれぞれ別の部屋に通された。二人を別々の部屋に案内したのは話の整合性を取るためだろう。人の記憶は曖昧で特に衝撃的な事があると記憶が混乱する。なので、一人一人話を聞いて最後に話を纏めて報告書に綴る。その方が正確な内容を聞けるからだ。稀に保身のため嘘をつく輩もいるがその際は他の作業員との話に矛盾が出来る。また、同じ部屋で話を聞かないのは圧力、庇い、擦り付け等の行為で事実が曲げられる事を避ける為だ。その為、組合では有事の際にはこの様な方法を採用している。
「失礼しました。」
ガマが部屋から出ると正面ロビーへ向かい待合椅子へ座った。
「(これからどうなるだろうな。ったく、なんて日だよ今日は。)」
ガマが一人で考えに耽っているとマルスが戻ってきた。
「お疲れさまです。」
「・・・」
マルスはガマを一瞥しただけで相変わらず無言だった。
「(マルスのおっさんが静かだと逆に怖いな。けど、あんな事があったんだから仕方ないか。)」
ガマは一人納得すると、『先に失礼します。』と言い出そうとしてマルスの重い口が開いた。
「・・・ガマ。この後少し付き合え。」
「えっ?あ、はい。」
帰ろうとした矢先にマルスから声を掛けられたガマは少し動揺したが、そのまま出ていくマルスを追ってガマも組合を後にした。
外は日が落ちてからずいぶんと時が経ち、人々は明日に備えて寝る時間だ。しかし、どこの町にも盛り場があり、そこには次の日など関係ないと言わんばかりの人々がその日の稼ぎでその時を謳歌していた。そんな騒がしい通りから一本外れた通りにある店にマルスとガマはいた。店内は薄暗く、客はガマ達以外に二人がカウンターで酒を嗜んでいた。ガマはマルスと向かい合わせにテーブルに座るとそれぞれエールを注文した。
「「・・・」」
二人に会話は無く相変わらず空気は重い。しばらく沈黙が続いた後マルスが懐から細長く焦げ茶色の物を取り出した。煙草のようだ。おもむろに煙草に火を付けるとマルスは紫煙を燻らせ始めた。
「お前は煙草を呑まんのか?」
「はい、俺は煙草吸って無いんです。」
「その方がいい。」
そう言うとマルスは深く吸い込み煙を吐き出した。
「それで、俺を誘ったのは何故です?てっきり今日は何も話してくれないと思ってましたよ。」
「そうだな、あえて言えば教育だな。お前に今日終わったら事務所に顔出せといっていただろうが。」
「あー、そっちでしたか。」
「(事故のせいですっかり忘れてたな。)」
ガマは今日マルスに言われた事を思い出し顔を伏せる。
「本当なら怒鳴り飛ばして終わるつもりだったんだがな。・・・お前、何であの嬢ちゃんにあんな事言ったのかと言ってたな?」
「はい。」
ガマが返事をした直後にウエイターが来た。
「お待たせしました。エール2つとサービスのナッツです。」
ウエイターはそう言うとジョッキに入ったエールとナッツを置いて去っていった。マルスは煙草を置いてそれを半分ほど煽ると口を開いた。
「あれはそのまんまだ。」
「えっ?」
「俺が全部悪い。お前たちは何一つ悪くない。」
「それはおかしいです!だってあれは誰にも予測なんて出来ないですよ!それに俺は違和感すら感じられなかった。」
マルスは紫煙を燻らせながら言った。
「いいか?作業には役割がある。それは知ってるな。」
ガマは無言で頷く。
「お前達は俺に与えられた役割、まぁ作業をすればいい。だが、俺は!」
マルスは残ったエールを一気に煽る。
「ふぅ。仕事の作業指示とお前たちの安全管理をするのが役割だ。要するに仕事をいかに段取りよくこなしてお前たちを無事に帰すかって事だ。俺はそれが出来なかった。だから俺の責任だ。」
「でもそんなのどんな事が起こるかわからない現場で無理じゃないですか!」
「だが、予測は出来るだろう。あの場合は梁が落ちるかもしれねぇと思えば先に梁を解体するのが正解だ。だが俺はスピードと金を考えてそうしなかった。グランは先に解体したらどうかと言ってたんだがな。」
「でも、そんなの解体費用決まってるんだし誰だってそうするでしょう?」
「人が死ぬとわかっていてもか!」
ガシャン!とマルスは空のジョッキをテーブルに叩きつけ、その衝撃でジョッキが割れた。
「お客様、お怪我はありませんか?」
ウエイターは冷静に尋ねると片づけを始めた。
「あぁ、すまねぇな。」
「次をお持ちしましょうか?」
「あぁ、頼む。次は蒸留酒をくれ。」
「かしこまりました。そちらのお客様はいかがいたします?」
尋ねられたガマは一気にエールを飲み干す。
「同じ物をくれ。」
「かしこまりました。」
ウエイターはそう言うと店の奥に戻りすぐに次の酒を持って来た。
「・・・死ぬとわかってする人はいません。」
ガマは目の前に置かれたエールを眺め呟いた。
「そうだ。だが、俺にはそれがわからなかった。だからあのやり方をしたんだ。」
「それなら、金額を決めた組合が悪いじゃないですか!マルスさんだってもっと金に余裕があればそんな事はしなかったでしょう?」
「さぁな。儲かると思えばやったかもしれねぇ。それに工事には相場があるんだ。誰が解体に相場以上の金を出す物好きがいるんだよ。」
マルスは酒を飲みながら答える。
「じゃあ、尚更マルスさんだけのせいじゃないじゃ無いですか。」
「かもしれねぇ。だがな、無理とわかった時点で仕事を止めて組合に言いに行けば今回の事は起きなかった。俺にはそれが出来なかった。それだけだ。」
「そんな・・・」
「ガマ、一つ教えてやる。俺たちの仕事はなぁ、命より大事なモンはねぇんだよ。生きてりゃどんだけ苦しくても、借金まみれでも何とかなるもんだ。死んだらそれで終めぇだ。」
マルスはグラスの酒を煽ると席を立った。
「今日はあんまり酔えねぇな。勘定を頼む。」
「かしこまりました。」
「ガマ、俺は先に帰るぜ。飲みたきゃ俺のツケで飲んでな。・・・今日は迷惑かけた。」
「マルスさん!」
「俺はあいつがどんな状態だろうと生きてりゃ死ぬまで面倒見ようと思ってんだ。例え寝たきりでもな。それが俺に出来る償いだ。・・・出来ればもう一度アイツと一緒に。いや、何でもねぇ。」
「マルスさん・・・」
マルスは勘定を終えると店を出て行った。残されたガマは静かに酒を飲み。そしてしばらくしてから帰路へとついたのだった。