現場
「おい!ガマ!ボウズを遊ばしてんじゃねぇ!」
頭に落雷のように響く怒鳴り声で叫んでいるのはマルス・トーマ。彼はグラン達が働く職場の古株で、よく日焼けした浅黒い肌に加齢を思わせる皺が彼の経験を物語っていた。彼はすぐに怒鳴る事で有名だが、小さい現場だと現場責任者を任されるベテランだ。
「わかってますよ!ったく、何で俺に言うんだよ!シュム!」
「はいっ!」
ガマに呼ばれた青年はシュム・アドマン。最近職場に来た新人だ。何をしていいのかわからずグラン達の作業を見ていた。
「バラした廃材は積んだのか?」
「はい!全て積みました!」
「なら次のヤツが出るまで掃除でもしてくれ。」
「はいっ!」
「はぁ。」
ガマはため息をついてグランの方を見る。するとガマの視線に気づいたグランが苦笑しながら近づいてきた。
「やっぱりついてないな、ガマ。」
グランはそうガマに言うと半分同情じみた笑みを浮かべた。
「まったくだ。何でシュムの世話まで俺が焼かなきゃならないんだ。」
「そりゃお前がマルスのおっさんのお気に入りだからだよ。」
「何で俺なんだ。同期のお前や他の奴にはあまり言わないのに。」
家畜小屋の解体とはいえこの小屋は通常の家屋の2倍近い広さがある為、総勢8人の作業員で解体を行っている。
「それだけ見込みがあるってことだろ?」
「それはグランの方だ。この前マルスのおっさんがお前の・・・」
ガマが話を続けようとしていると怒号が飛んだ。
「グラン!ガマ!てめぇ等、仕事中にくっちゃべる余裕があんのか!偉くなったもんだな!」
グランとガマの様子を見ていたマルスが解体中の屋根の上から二人を見下ろす。
「「すいません!」」
二人とも同時に謝り作業に戻る。戻り際にグランは愚痴る。
「俺にまで飛び火したじゃないか。」
「俺だけってのは不公平だからな。」
ガマはそうつぶやくと作業に戻る。
「グラン!」
「はい!何ですか?」
マルスに呼ばれたグランはマルスの元へ行く。
「お前、ちょっとこっちまで上がってこい。今から屋根を落とす準備をする。」
「わかりました。何か要る道具はありますか?」
「要らん。命綱だけつけて上がって来い。俺の手元をしろ。」
「わかりました。」
解体工事は建てる時と逆の手順で進めていく。基本的順番は、整地を行い次に基礎、柱、屋根の主要構造物。それから外壁を張り、内装を完成させて外構を行い竣工となる。今行っているのは家畜小屋の解体だ。家屋に比べて内装が無く、平屋なので作業が早い。マルスは今日中に屋根までは落としたいと考えていたが、この屋根が曲者であった。三角屋根の家畜小屋は三角形の頂点に太い丸太の大梁が使われている。家屋二軒分の奥行があるこの梁さえ落とせば後はただの片づけみたいなものだ。ただ、解体工事で起きる事故の大半は墜落か解体材の下敷きによるものである。その為、一見簡単そうに見える建屋の解体は建物の構造を熟知していないと危険が伴う作業である。
「グラン、このデカい梁お前ならどうする。」
「俺なら真ん中に仮柱を組んで梁を支え半分ずつ落とします。」
「間違いではないが、時間と金がかかりすぎるな。」
「マルスさんはどう考えているんです?」
「俺なら柱を何本か抜いてにロープを掛けて一気に引き倒す。幸いここは斜面じゃない。梁が転がる心配もないだろう。」
「でもそれじゃあ、柱を抜く作業が危険です。」
「だからお前を呼んだんだ。この作業はお前と俺の二人でやる。ガマの奴は技術はあるがまだ気配りがいまいちだ。この作業には向いてない。」
マルスはそういうと下で作業しているガマを見た。ガマの横で掃除を終えた新人のシュムがガマの作業を見ていた。
「あの野郎、さっきボウズを遊ばすなと言ったのに!・・・あのボウズも自分で聞きにいかないあたりこの仕事はもたんかもな。」
「マルスさん、まだわかりませんよ。長い目で見ないと新人は育ちませんよ。」
「フン、お前は優しすぎるんだよ。まあいい、やるぞ。」
「はい!」
マルスはあきれたようにシュムを一瞥すると作業にとりかかるのだった。
「あれ?ガマさん?ガマさん!」
掃除を終えて次の廃材を積み込んでいたシュムが不意に手に持った廃木材を見てガマを呼んだ。
「なんだよ、掃除終わったら次の廃材積んどけって言っただろ。」
「いや、あのこの廃材なんスけどなんか変な形してるんスよ。」
「お前、廃材一つで手止めてたら仕事が終わらないだろ!」
「でもこれ本当に変なんですって!」
「んだよ、そんなにマルスのおっさんに怒鳴られる俺が見たいの・・・ん?」
そこには確かに廃木材であったが、奇妙な穴が開いており、それは角柱の木材に対し斜めに貫通していた。
「なんだこれ?綺麗に貫通しているな。しかも、見事な円だ。」
「そうっスよね!これってどうやったんスかね?」
角柱に空いている円は見事な真円をしており正面からのぞくと綺麗な円だった。それだけなら腕のいい職人の仕事で済ましたが、円の縁までもが綺麗なままだった。
「円も綺麗だが縁まで毛羽立ちもないだと?しかもこの角度、よほど鋭い工具を使ってもここまでは・・・」
「ガマさん!マズいっすよ!ガマさんっ!」
ぶつぶつと一人で考えていると額に青筋を走らせたマルスが怒鳴った。
「ガマァ!てめぇ、二度も言わすたぁ俺を馬鹿にしてるかナメてるのかどっちだ!!」
「いいっ!!す、すいません!違うんですよ新人が呼ぶからつい!」
振り返るといそいそと廃材を積むシュムの姿があった。
「言い訳なんざ100年早ぇ!仕事終わったら事務所に顔出せ!わかったな!!」
「・・・はい。」
仕事の後に待っている教育を考え肩を落としたガマはゆらりと振り返りシュムを睨んだ。
「お、俺はヤバいってガマさんに声かけたっスよ!けどガマさんそれに夢中で気づかないから・・・」
シュムは必至で自分の無実を訴えるが、ガマはその視線を外さない。
「シュ~ム~!お前のせいで俺は!・・・はぁ。もういい。」
怒りに肩を震わせたガマだが今日の自分はツイてないのだと諦めため息をつく。
「すいません。で、それが何か結局わかったんスか?」
「あぁ、わかったぜ。今日の俺はすこぶる運が悪いって事がな!」
手に持った廃材を乱暴に荷馬車へ放り込みながらガマはさらに答える。
「多分、何かを通す為に開けたんだろうが恐ろしく高い技術で開けられている。開けたと言うよりはそこだけ無くなったって感じだがな。」
「そんな事できるんスか?」
「俺には無理だ。マルスのおっさんでも出来ないだろうな。」
「そんな事を一体誰が?」
「知るか!そんな事よりも早く次を積み込め!」
「は、はい!」
イラついたガマに急かされシュムは気になりつつも作業に戻るのだった。