プロローグ
寿命、それは生きとし生けるもの全てに訪れる「時」である。
生を受けたものはいずれ死を迎える。それは生命活動の限界を迎えた者や、自ら終わらせる者、又は自ら以外に終わらせられる者など、それの訪れる時間は異なるがそれが生命の掟であり必ずその運命に従わなければならない。
しかし、その運命に抗う者が一人いた。彼女は深緑のローブに身を包み、黄色味がかった白髪の隙間から鬼気迫る表情で床に幾何学的な模様を描いていた。彼女の腰はひどく曲がり、瞳は濁り、数えるのを諦めさせるほどの皺を顔に刻んでいた。そんな彼女の風貌は齢を百は過ぎた老婆と呼ぶに相応しく、付け加えるならば寿命が差し迫った老婆である。いつ来てもおかしくないその「時」に彼女は抗っている。
彼女の名前は「アマン」通称「時狂いの魔女」。彼女は時魔法を唯一会得しようとしている魔女である。彼女は魔法に多才であり現存している魔法は40を過ぎた頃には全て会得していた。
人は彼女を「賢者」や「大魔導士」と呼ぶ声もあったが、彼女はそれで満足せずに新たな魔法の開発に励んでいた。
その彼女が行き着いた先が時魔法である。彼女は時魔法の構築に多大な時間をかけていた。没頭するあまり周りの人や弟子はついて行けず、ひとり、またひとりと彼女から離れていった。そんな彼女が人々の記憶から薄れた頃、理論が完成した。理論が出来た頃には自分の「時」が残りわずかになっており、彼女は焦っていた。
「失敗は…出来ない。…..私に残された「時」はもう長くない。
彼女は一人つぶやきながら作業を進めていく。
「時狂いの魔女と言われた私がこのまま死んだら世間は私を笑い者にするだろうねぇ。」
自虐的になりながらも彼女は手を止めない。手にしているおよそ5尺の木製の杖がまるで鉛で出来ている様な動きで床に模様を描いていく。そしてついにそれが完成したときに彼女の意識が急に遠くなった。完成した満足感からなのか、一瞬、気緩んだ隙に「時」が彼女に訪れた。
「なっ…んだ…とっ!…もう少し..だけ・・・あと………一言……」
彼女は押し迫る「時」に精一杯抗いながらポツリと呟いた。
「リ・ワインド・クロノ」
彼女が呟き床に倒れた瞬間に床の模様が激しく光り、柱のように光が上った。薄れゆく意識の中で彼女が目にしたものは光の中にある己の手。それは杖と見間違うほどに痩せこけた手ではなく、瑞々しく張りのある少女の様な手。髪は元の艶を取り戻し森林を連想させる緑になった。次第に覚醒してゆく意識の中で彼女は確信し、叫んだ。
「どうだぁ!私は「時」に勝ったぞ!私こそが「時の魔女」だ!」
彼女は慟哭にも似た叫び声を上げその声が小さな地下室に響き渡った。そして束の間、彼女は違和感を覚え呟いた。
「何故、魔法が収束していかないの?」
彼女は自分の発動した時魔法に対して疑問を浮かべる。通常、魔法には術式がありその術式に魔力が流れ魔法が発動する。そして発動後は魔力を消費し、魔法の行使が終了するのが普通である。しかし、その終わるはずの魔法が終わらないのだ。床の魔法陣はさらに輝きを強く放ち周囲の磁場を乱していく。
「これはっ!『オーバードライブ』!何故っ!術式理論は間違いない!一体何が!」
『オーバードライブ』それは魔法の暴走である。彼女は何らかのミスを犯してしまった。魔法の発動こそは成功したものの魔法が収束せずに暴走したのだ。彼女は暴走する魔法の制御を試みるが、一向に収まる気配が無い。
「さらに魔力が高まっていくなんて!一体どうなってんのよ!」
彼女は悪態をつきながら魔法の処理をしているが、状態は悪くなる一方だ。そして周囲に「キン、キン」と金属音のような音が響きはじめ、魔法がついに臨界点を越えようしていた。
「ふざけんじゃないわよ!」
彼女は自分の発動した魔法に文句を言うが当然ながら返事は無い。そしてその『時』はやってきた。魔法陣は目の眩むような閃光を放ちながら周囲一体を飲み込んでいく。
「・・・!!!」
そして、彼女の住んでいた建屋を中心にその周囲、直径約400mを巻き込み全てが消滅した。
初投稿作品になります。誤字・脱字などの指摘を頂けたら嬉しいです。
不定期更新になると思いますが、気長に見守ってくれたら幸いです。
それではこれからよろしくお願いします。