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奏真の眼  作者: 凩ナギ
2/2

策略

「もうだめだ……おしまいだぁ……」


「朝っぱらから何言ってんだお前」


 自由な牧場から一変し、現在は奏真の通っている地元の中学校。それの朝である。

 隣の席の高橋 将太が、なんか‘ベ’から始まるある王国の王子みたいな感じになってた。


「ん……?ああ……奏真か」


「本当元気ないな。いつもの1.0倍ぐらい覇気がないぞ」


「そうなんだよ。って、ん?なんかおかしくないか?」


「気のせいだ」


 因みに、頭は良くない。


 ついでに言うと、こいつの両親は小さい牧場を営んでおり、年2〜3頭の競走馬をセールに出している。


「んで、どうかしたのか?」


「そうそう。実はな、親父が馬主になった」


「……は?すまん、良く聞こえなかった。もう一度頼む」


「だから、親父が馬主になるんだと。それも個人」


「カエルの親はやはりカエルだったか」


「おい、それどういうことだ」


 そのままの意味だよ馬鹿野郎。


 馬主とは。簡潔に言えば、馬の持ち主である。競走馬の賞金の殆どが馬主に行くことになるので、G1馬の馬主の収入はサラリーマンとは比較にならない。しかし、それと同時に莫大な支出も発生するのだ。馬の購入費はもちろん、トレセンの調教師に預けるのだって、もちろん金はかかる。

 とてもではないが、小さい牧場の経営者がなるものではない。資金が潤沢なら話は別だが、高橋の家はそこまで裕福ではなかったはずだ。


 このままだと、馬の購入費と預託料だけで破産しかねない。


「どうしてそうなった……」


「俺が聞きたいよ……」


 二人して頭を抱える。実は俺は、高橋の父親に会ったことがある。気の良いおじさんといった風貌で、好感が持てる人物だった。


 ……頭は悪そうだったが。


 しかし、いきなり馬主になるという突飛な行動をとる人物とも思えなかった。


「馬主になる理由とか聞かなかったのか?」


「特には……いや、待てよ?」


 高橋はふと、何かを思い出したように。


「『サクラ』がどうとか言ってたような……」


「桜?」


「いや、どちらかというと人名の『桜』に近いアクセントだった」


『サクラ』ねえ……。


「そりゃ考えるまでもなく、馬の幼名だろうな」


「やっぱりそう思うか?」


 じゃああれか?高橋の親父さんは……。


「『サクラ』を手放したくないから、馬主になったのか」


「そうなるな」


 そんなにサクラっていう馬を気に入ったのか……そうなると。


「ちょっと見てみたいな」


「うーん、俺は見たけど、普通の馬だったぞ?普通の、鹿毛の当歳馬」


「そんなんだから将太なんだよ」


「ねえ、今バカにした?俺が罵倒の形容詞なんてないよね!?」


「うっせえ」


「はい」


 ムムム、やはり気になる。なんせ何頭もの馬を見てきた高橋の親父さんが、馬主になってまで保有しようとする馬だ。


「……よし、行こう」


「え?」







 ーーーーーー


「マジで来ちゃったよ……」


 放課後にて。現在は、高橋の牧場……桜景牧場に来ている。牧場の名前の通り、ここの桜は地元の人に有名で、春になると、多くの人が桜を目当てに来る。


 牧場自体は小さなもので、所有している牝馬は5頭。牧場スタッフも比較的少ない。そのため、年に1、2回しか来ない俺でも全員と顔見知りになれてしまう。


「おお!将太と奏真くんじゃないか!」


 こんな風にな。


「お、親父……仕事はどうしたよ」


「今日は殆ど終わったからな。お前らは、どうしてここに?」


「こいつが馬を見たいってさ」


「馬を……?」


 高橋の親父さんは、探るような目でこちらを見て来る。


「『サクラ』を見させていただけませんか?」


『サクラ』。その言葉を聞くと、親父さんは目を見開いた。

 そして、すぐに嬉しそうな顔になった。


「そうかそうか!サクラを見たいか!……いいぜ。見せてやるよ」


 はっはっは……。そう言った親父さんは、こちらに背を向け歩いて行った。


 予想外にも簡単に了承してくれたことに少し驚き、将太と顔を見合わせてから、少し遠くに行ってしまった親父さんを、駆け足で追いかける。


 そして、反対側の柵がはっきりと見え始める頃、その馬は見えてきた。


「こいつが『サクラ』だ」


 そう言って、親父さんは持っている手綱に繋がれている馬に意識を向けるような仕草をする。


「やっぱり、普通に馬だよなあ……なんか分かるのか?」


『少し黙れ』


「ええ……」


 友人と実の親からの容赦のない罵倒に少し涙目になる将太。メンタル弱いな、こいつ。


「どうだ?奏真くん。すごいだろう?」


「…………」


 ……まじか、こんな零細牧場に、こんな馬がいるのか、まじかよ……



 と、思わず語彙力が無くなってしまったが、それほど『サクラ』のポテンシャルは凄まじかった。下手をすれば、かのディープインパクトを超えかねないほど。


 しかし、これを正直に伝えるわけにもいかない。少しでも後押しをすれば、親父さんはどんなにこの馬が高く売れようとも自分の手元に置いておくつもりというのは、見ていて分かる。


 それはダメだ。牧場としてもギリギリなのに、馬主になろうものなら、破産するのは、もはや目に見えている。


 だが同時に、これほどの馬をそうやすやすと、遠くにやっていいものかとも思う。できるなら、この馬の成長の様子を見ていたいとも、思う。



 …………



 長く、長く悩んだ末に選んだ結論は。




「……いえ、一般的なサラブレッドだと思います」



 内心、親父さんに謝りながらも、嘘をついた。俺には、友人と、その家族が破産するとこなんて見たくないし、自分の欲のために他人を犠牲にする権利なんてない。


 だからこれでいいんだ。そう、これでーー


「そうかあ。いやあ、残念だなあ。奏真くんの眼は確かだと聞いたんだが。やはり噂は噂か」


 ……は?


「奏真くんのお父さんが、あまりに褒めるもんだから期待したんだがなあ」


 ーーーー。


「まあ、所詮、中学生・・・か。期待外れにもほどがある」


「おい、親父何言って……」


「いい、将太」


「奏真すまん……って、お前その顔どうした!?」


 ふふ、そうかそうか。俺の眼が間違っていると。一年を通して予想を外した事がない俺の眼を、期待外れだと……?


「……上等」


 そこまでいうならば、やってやろうじゃないか。


「親父さん、どうしても、『サクラ』は手放さないんですね……?」


「はっ、何を当たり前のことを。俺は『サクラ』を手放そうだなんて、考えたこともないぜ?んで、それがどうした?」


「……なら、俺が‘観て’やります。親父さんが、所有するべき馬を」


「へえ?」


 親父さんは、挑戦的に片方の口角を上げ笑った。



「はっはっは!それは心強ぇや!」


『……え?』


 今度は、俺と将太で、素っ頓狂な声を上げた。


 ……もしかしなくても、嵌められた?


 俺は、自分の失敗を自覚した。

なかなかウイポの史実が終わらない……


というか、ディープインパクトとかの史実馬の名前って使っていいもんなんですかね?

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