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紅の精霊術師  作者: 柳泉 米李
第一章 契約
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第5話「陽精霊ヒート」


 *


「くぅ……すぴぃ……」

「……なんだ……こいつ」


 透矢は唖然として、目の前のそれ・・を見つめていた。

 赤い毛並みをしたキツネのような小さい生き物が、透矢の机の上で堂々と眠りについていたのだ。


 好奇心から手を伸ばす。

 膨らんだりへこんだりをくり返す小さな腹の上に、くすぐるように指を走らせる。


「……うちゃ……うぢゃッ……う、うぢゃ……ッ」


 透矢の指が腹の毛流れをなぞる度、未だ眠りながらも小さな生き物がくすぐったいのか、それとも痛いだけなのか、眉間の辺りにしわを寄せて悶えている。

 声は震えているうえ、口元がやけに緩んでいるので、恐らく前者が正しいだろう。


「……ふッ」


 その絵面がなんともシュールなあまり、透矢は思わず笑みをこぼした。

 追い打ちをかけるかの如く、更に腹に指をこしょこしょと走らせてみる。


「うぢゃ……う、うぢゃぁ……う―――――やめろぉぉぉぉぉぉッ!!」

「うぉ!?」


 勢いよく手を引っ込めた。

 小さな生き物は、眠りを妨げた不快な腹の違和感に耐え切れず、とうとう目を覚ました。というより、飛び起きた。

 覚醒から間もないが、先のだらしない程に幸せそうな寝顔はどこへやら、怒りのあまり血相を変えて目の前に立っていた透矢を睨みつけた。

 サファイヤ色の瞳が、真っ直ぐに透矢を見据えている。鼻息は荒い。


「お、お前か! 何してくれてんだテメェ!!」

「………」


 ふざけんな! こっちは疲れて寝てたんだよ! ――やかましいボリュームで怒りに任せて愚痴が飛んでくる。しかし、そこには威圧感の欠片もない。

 昼寝の邪魔をされたのが、相当癪に障ったらしいが、先に人の部屋を無許可で堂々と占拠していたのはどちらだと聞いてみたい。

 透矢は理不尽な、とばかりに心の中で「ええ...」と小さく溢す。

 しかし小さな生き物は、透矢の姿が認識できてくると、その愚痴が徐々に小さくなっていった。


「……お?」


 最後は透矢の頭を見上げて赤い頭髪を認識すると、思い出したように、


「ああッ! お前!」

「……へ?」


 何かが頭の中で結びついたのか、独りでに声を上げた。

 小さな生き物が完全に一人で突っ走っているので、透矢は状況が掴めずにきょとんと立ち尽くす。


 すると小さな生き物は、突然ふわりと宙に浮かび上がった。そのまま透矢の頭の上まで浮かんでいくと、小さな腕を前で組み、上から透矢を見据えてると、


「よう、オレのパートナー候補! オレはお前と契約を交わしにきた、属性【火炎】の陽精霊ようせいれいヒートってんだ!!」


 透矢を堂々と見下ろして、ヒートは強く言い放った。

 一人あまりにも非日常がすぎる状況の中にも置いて行かれた透矢は、唖然として立ち尽くすことしかできなかった。開いた口が塞がらない、ということわざを使うタイミングを探せと聞かれたなら、間違いなく今の透矢は、その言葉が文字通りにぴったりな状況の渦中にいるのだった。



 *



「―――ち、ちょっと待て! 待ってくれ、一回、頼む!」

「どした?」

「……色々なことが一気に起こりすぎてる……頭がついていかねえ」


 ようやく口を利く余裕が出てきた透矢。

 しかし顔を青くして頭を抱えている様子から、パニックになった頭は完全に回転が追いついていない。透矢は、一から状況の整理を始めるため、まず一番の疑問をヒートに投げかける。


「……ま、まず、お前は何で喋るんだ?」

「何でって、そりゃ……精霊だから……?」


 ヒートが答えながら小首を傾げる。

 ――分からない。


「……じゃあ、じゃあ、お前は精霊なのか? ……精霊ってなんだよ?」

「なんだよって聞かれても……精霊は精霊だろ」


 ヒートは当然とばかりに答える。

 ――やっぱり分からない。


 透矢は再び頭を抱えた。自分がとうとうおかしくなったか、数分前にぶつけた後頭部の影響で変な夢でも見ているのか。下手をすれば、そう疑っても文句はない。


「……そうか、じゃあつまりこれは俺がどうかしてるってわけか」

「いや、してねぇよ!」


 勝手に一人で結論付けた透矢を、ビシ、と小さな薄ベージュ色の手を払ってヒートがツッコミを入れてくる。

 現実に起きた非日常をなかなか受け入れられずにいる透矢に、ヒートもとうとう奥の手に出ることに。


「そんじゃあ俺がこれが夢かどうか確かめさせてやるよ!!」

「!!」


 ヒートは勢いよく透矢に飛びつくと、首筋に思いっきり噛みついた。その俊敏さ、あまり運動の得意ではない透矢にはとても避けるには間が足りなさ過ぎた。


「ちょ、いてぇいてぇいてぇいてぇッ!?」


 幸い、歯は立てていないようなので強めの甘噛み、ということにはなるが、それでも頸動脈の圧迫による痛みは突き抜けるような激痛が走る。首を左右に振り回して何とか振り落とそうとするが、この精霊、なかなかにかむ力が強いのと、何気なく前足が首を掴んでいるらしく、なかなかそうもいかない。

 透矢の顔に血が上り始めたらしく、顔が熱くなる。そろそろ限界だ。


「……離せッ……――――くぉんのやろおぅッ!!」


 今にもどこか飛んでいきそうな意識の中、勢いよく目の前の窓を開けると、火事場の馬鹿力か、力任せにヒートを両手で引きはがす。そして、問答無用に窓の外へと放り投げた。

 ヒートはそのまま宙を舞ってすっ飛ばされていく。


「うぢゃァァァァァァッ!?」


 ―――傾く日の光が、黄金色の夕日へと変わろうとしていた夕刻の空の下。


「はぁ……はぁ……はぁッ……勝った……」


 夢かうつつか、一匹の精霊をボール代わりに本気のレーザービームを決めた挙句、窓の縁に両手をつけて疲弊した様子ながらも、小さく勝利を宣言した一人の男子高校生の姿が、そこにはあった。


 ―――というか、透矢だった。

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