第2話「赤と紺」
場所は変わり、十ヶ崎市立十北高等学校にて。
透矢の分けられたクラス、一年B組は現在ホームルームの始まりを待っていた。
クラス内の雰囲気としてはお互い顔見知りもいれば、初めて顔を合わせているものもいる。それぞれが、早くも仲睦まじい様子を見せ、担任の登場を前にクラスは既に盛り上がっているようだ。
しかしそんな空間の中で、やはりというべきか透矢は浮いていた。
「……ねえ、なんかあそこの人髪赤くない?」
「染めてるのかな」
「うっそー、ちょっと近づくの怖いんだけど」
蔑むような視線でひそひそと何やら話し込んでいる女子のグループ。やはり、不良生徒と勘違いしているようだ。
透矢は顔を上げることも出来ず、ただ誰と話すでもなく、無機質な机を見下ろして固まっているばかりだ。もし許されるなら、すぐにでも泣き出したい気分である。
顔が熱い。自分では確認できないが、透矢の頬も髪色のように赤く染まっていた。
(……やっぱり無理だ、母さん。こんな髪色で打ち解けるなんて)
透矢は心の中で嘆いた。
父ならこんな時どうしていただろうか。
そんなことを考えても、透矢が幼少の頃に既にこの世を去った父である。聞けるはずもないし、透矢の記憶の中にもほとんどいないので分かるはずもない。
そんな泥沼に飲み込まれていくように沈んでいく感情を引き戻すように、ガラ、と前方の扉が開いた。
黒縁の眼鏡を掛けた三十歳前後くらいの年齢とみられる男が、出席簿を抱えて教室へ入ってきた。恐らく担任だ。
担任と思われる男は、正面の教卓に立つと、「静かに」といって全体を諭す。
ついさっきまでざわざわと盛り上がっていた室内が、水を打ったように静かになった。
教室全体の注目が自分に集まったことを確認すると、男は話し始めた。
「えー新入生のみんな、入学おめでとう! 君たちの担任の三木といいます。よろしくな」
そう言って、三木は出席簿を開くとさらに続ける。
「それじゃ、早速今から出席を取っていくんだけども、ただやるだけじゃつまらないと思うから、自己紹介形式でやってほしいと思うんだ。出席番号順に、それぞれ名前と何か一言お願いできるかい?」
「じゃあ、君から」三木は窓際の一番先頭に座っていた生徒を指名した。
指名された生徒は立ち上がると名前を名乗り、高校生活の抱負を語る。
そして三木は名前を確認しながら出席簿を書き込んでいく。
そんな中、透矢の心境は『ヤバい』の一言で埋め尽くされていた。
もともと人前に出ることに苦手意識のある彼である。自己紹介など、名前以外何を言って良いものか全く持って分からない。
何より一番ぐるぐると脳内を巡っているのは『赤毛』についてである。
入学を前に、学校には赤毛である事情は説明してあるが、他の生徒は先までの反応から分かる通り誰も彼の赤毛が地毛か染髪か分からない(大多数が染髪と思っていることは間違いない)。
もし自己紹介の中でちらりと説明を入れれば、少しは他の生徒に張られている見えない壁のような物が薄くなるのではないか。
そんな、小さな期待と大きな不安の渦巻く透矢の心境などつゆ知らず、自己紹介は着々と進んでいた。
「次、さい……いや最神か、最神」
気付いたときには自分の番だった。
「へ? ――あ、はい!」
立ち上がったのはほとんど勢いまかせだ。
そして、少々固まる。頭の中が白くなりかけていたが、取りあえず名前くらいは言わなければことが進まない。
「え、えーと、最神透矢です。……えーと……」
やはり説明するべきか。
もういい、言わないよりは多少はマシだろう。そして何とか言葉をつなげた。
「こ、この髪一応地毛なので! 染めてるわけじゃないんで…その、皆さんと仲良くできたら良いなと思います。よろしくお願いします!」
軽く頭を下げながら少し後悔。やはり、蛇足だっただろうか。
しかし次の瞬間、透矢は周りの意外な反応に思わず顔を上げる。
温かい拍手が送られたのだ。どうやら理解してもらえたらしい。
中学校の時とは違う。いろいろな人がいて当たり前。高校とはそんな世界のようだ。
感じたことのない嬉しさと少しばかりの気恥ずかしさが心の中で混ざり合う。再び頬を赤らめながら、席に着いた。しかし、この頬の熱さは先の感覚とは全然違った。
透矢は、この十北高校での生活に少しばかり希望が見えたような気がした。
そしてまた、透矢の次の生徒から自己紹介が再開されていく。
「――じゃあ次、湯谷」
三木の声に従って、一人の男子生徒が立ち上がる。
透矢は何気なくその立ち上がった生徒の方向を向いた――そして、衝撃のあまり目が釘付けになった。
「湯谷輝と言います。なんだか、俺と一緒で変わった色の髪したのがいるみたいで安心しましたー。俺もこれ、地毛なんで安心してください。よろしくお願いしぁーす」
やけに口調の緩い輝と名乗った生徒は、明らかに紺色をした自身の髪を指さして満足げに微笑んだ。