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紅の精霊術師  作者: 柳泉 米李
第二章 復讐のCrescent Moon
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第14話「夜空に浮かぶ月だけが見ていた」

「は……ッ……は……ッ!!」


 十ヶ崎市内、某所。

 場所は、既に廃墟と化した化学コンビナートの一角である。


 その中を駆け抜けていく人影がある。

 それは一人の男の姿であった。

 短く詰まるような呼吸。額から大量に噴き出す汗が、相当な距離を走ったことを物語る。


 周囲は、赤くび付いたトタン倉庫が立ち並ぶ。一つ一つが、過去の活躍や人の温かみさえ忘れ去られ、冷たくおどろおどろしい姿と化している。


 刹那、その倉庫の一つが淡い紫色の光を放つ。

 ――否、正確にはそれは放たれた光によって包み込まれた。


 瞬間、耳をふさぎたくなるほどの金属たちの悲鳴。

 光に包まれたその倉庫は、激しく音を立て、ボロボロと煎餅のように赤錆の欠片を溢しながらひしゃげていく。


「?!」


 男が、はっとして後ろを振り返る。

 ――大丈夫、まだ見つかっていないはず。


 そしてまた、今度は向かい側の倉庫の一つが淡い紫の光を放つ。

 そしてまた激しい音と共にひしゃげていく。


 男が走れば、彼の後方で残骸の海原が形成されていく。

 ――これは、本当にマズイ。


 男の本能が警鐘を鳴らす。このままでは死ぬぞと。

 死に対する生存本能が、彼の足の動きを速めていく。

 とにかく走るしかないのだ。逃げるしかないのだ。夜の闇の中、コンビナートの荒れた土地を焦燥と共に男は走り抜けていく。


 そんな中でも後ろの騒音は止まない。

 男を探し求めるか如く、紫の光はトタン倉庫を一つ一つと照らし上げては、それらをひしゃげて見るも無残な作品を作り上げていく。


「―――ウッ?!」


 振り返る刹那、男の右のつま先が何か鈍い衝撃を受ける。

 すると、彼の視点は螺旋状の軌跡を作りだして回転した。彼の全身を刺さるような鈍い痛みが襲い来る。自分に何が起きているか、夜の闇も相まって理解に時間がかかる。

 しかし体感で分かる。

 転んだ。


 あまりの走る速さが故、男の体はしばらく丸太のように転がされた。

 後には全身に襲う痛みだけが残る。


「い……った……っ」

「ユウイチロウ!!」


 裕一郎ゆういちろう、と彼の名を呼ぶ声。

 見れば、浮遊しながら男に駆け寄る小さな影がある。

 それは一匹の精霊の姿であった。


「……イシュ……リルッ!」


 裕一郎がイシュリルと呼んだ精霊は、腰を落とす彼の下に駆け寄ると、わずかながら裕一郎から送り込まれている霊力を注ぎ出した。

 属性こそわからないが、細かい星屑のような粉の粒が、彼の周りを舞うと、裕一郎の顔の周辺がかすかに明るくなる。


 映し出された彼の顔は、凛々しい顔立ちが欠片を残すが、激しい打撲で顔は泥と傷にまみれている。


「傷だらけじゃないか!」

「馬鹿! それより使うな! 気付かれちまう!」


 裕一郎ががなる。

 イシュリルははっとして、慌てて自分の力を抑え込んだ。裕一郎の顔を照らしていた淡い光が消えていく。

 ――しかし、すでに遅かった。


「…………」


 裕一郎は、瞳孔を小さくしたまま何も言えなくなった。

 激しい動機が彼の恐怖を掻き立てる。


 暗くてよく見えないが、足跡でほとんど分かる。

 気付けば、周囲で轟いていたトタン倉庫たちの悲鳴は止んでいた。

 奥の方から、足音が近づいてくる。


 ――コツン、コツン、コツン。


 しんと静まり返ったこの空間の中で良く響く固い足音。革靴と思われた。


「ユウイチロウ! 逃げよう!?」


 イシュリルに急き立てられ、て慌てて立ち上がる裕一郎。

 しかし、うまく足が動かせない。


「――無理だ、足やった!」


 勢いよく転んだおかげで足を挫いてしまったようだ。

 もう彼らに、『逃走』という選択肢は消えた。


「もうやるしかねえ。イシュリル、迎え撃つぞ」

「……分かったよ」


 ふと、足音が止まる。


「もう、逃げるのは止めたのか」


 暗闇の中から、裕一郎たちに声がかかった。

 声の調子から察するに若い男のようである。


「……おう、あいにくな」


 裕一郎が、挑発するように目の前にいるのだろう声の主を挑発する。


「――やれ、イシュリル! 《星屑の流星雨スターダスト・ミーティア》!!」


 裕一郎が声を上げた。

 そして、イシュリルへ精一杯の霊力を送り込む。

 イシュリルが、力を解放するかの如く精一杯に腕を開く。

 夜の闇が嘘のようにぱっと消え失せ、辺りが昼間のように明るくなる。

 

 その時、彼らと対峙する相手の正体が現れた。

 裾が足元まである黒いローブを身に纏った一人の男だった。足にはやはり革靴。しかし、フードを目深にかぶっているため、顔を伺うことは叶わない。

 

 男の肩の辺りには、一匹の精霊がいる。毛並みは淡い紫色。小さな三日月のポシェットを肩にかけ、頭よりも大きいマリン帽をかぶり、長い二本の耳のようなものを頭の後ろに垂らしている。ぱっと見たイメージを動物に例えるとすれば、それは兎。


 やがて、上空から地響きのような轟音と共に無数の星屑が現れる。灼熱を帯びて、まさに雨のように降り注いでくるそれらには、もはやこの世の終わりである、としか言い表せる言葉がない。

 彼らは、やがてローブ男とその精霊へ襲い掛かり、骨も残さず焼き尽くすかと思われた――


 ――刹那、ローブ男が右手を突き出す。


「御意」


 ローブ男の隣にいた精霊が、短く返す。

 精霊が、彼の盾になるように前へ出ると、ローブ男は彼女へ霊力を送り込んだ。


「――ふぐっ?!」


 刹那、イシュリルの全身が淡い紫の光に包まれる。同時に、彼が作り出した星屑の流星は煙のように消え失せ、昼間のように明るかった周囲は一瞬にして暗くなり、夜の闇へと姿を戻した。


「イシュリル!?」


 パートナーを襲う理解のできない何かに、ただ声を上げるしかない裕一郎。

 相手の精霊は手を突き出しているだけ。それが何かの手品であることは間違いない。しかし、それが何を意味するかが分からない。淡い紫に光るイシュリルは、なすすべもなく、首元を押さえて苦しそうにあえぐばかりである。


 そのまま、イシュリルは上空へと高く昇っていく。正確には、彼を上空へ送っているのは相手の精霊である。

 裕一郎は理解した。このままでは—―


「やめろッ!!」


 ローブ男に目掛けて裕一郎は突進を試みた。霊力を止めなくては。

 ――しかし、足が言うことを聞かない。


「――ふぎゃッ!!」


 上空で紫の光を放ったまま、頭を逆さにひっくり返されたイシュリルは、目にもとまらぬスピードで地上に叩きつけられた。

 そのあまりのむごさ。そのまま、イシュリルはピクリとも動かなくなった。


「イシュリル!」


 つい昨日までいつものようにすごしていた唯一無二のパートナー。

 裕一郎は、今にも泣きだしそうな声でパートナーの名を呼ぶと、その亡骸へと足を引きずりながら駆け寄った。


「……目を開けてくれよイシュリル……! おい! 起きろよ!?」


 溢れ出る涙などもう何も気にならず、取り乱す裕一郎にはもうパートナーの亡骸しか見えない。イシュリルを抱き上げると、水の粒が彼の黄色い毛並みを濡らす。一つ、また一つと。

 裕一郎は、濡れて赤くはらした顔をローブ男に向けると、これまでの人生で一番の怒りをもって彼を睨みつける。


「お前は何がしたいんだ!? 人の家族、勝手に奪っていきやがって、人の家族を何だと思ってんだ!?」


 ローブ男は、何も答えない。

 いつのまにか彼の隣に戻っていた精霊が、チラと彼を一瞥した。


「精霊術師風情が、家族を語るな」


 次の瞬間、ローブ男が紡いだ言葉がこれである。

 そして、男は再び右手を前に突き出す。それに従って、彼の隣にいた精霊が裕一郎に向けて両手を突き出した。


「おま……何言って……?」


 理解の追い付かない裕一郎。

 刹那、彼の全身が淡い紫の光に包まれる。

 次の瞬間、裕一郎は声も上げることなく絶命した。


 その始終を、夜空に浮かぶ月だけが見ていた。

お久しぶりです、第二章です。

本章からは、ようやく異能力バトルがメインになってきます。

柳泉のリアルが忙しく、どのくらい執筆の時間が取れるか今はまだわかりませんが、気長にお楽しみくださいませませ。

今後とも、「紅の精霊術師」をよろしくお願い致します。

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