第11話「精霊術師の秘密の話」
今日から毎日投稿!!
……できるかなぁ(´・ω・`)
「……ショウヘイ。毎度毎度思うのだが、君はいささかやりすぎにも思える」
目の前で白目をむいて、口からは一筋の唾液を垂れ流して卒倒している一人の男子生徒、高岡俊貴。十北高校でも指折りの不良である。
ライトはその哀れな姿を涼しい顔で見ながら、隣で腰を下ろしている翔平に言った。
しかし、翔平はその言葉を一切聞き入れようとせず、
「こいつには、このくらいが丁度いいんだ。――はるかのこと、あれは絶対に許されることじゃねえ」
そう言って、忌々しそうに俊貴を睨みつけるのだった。
「……ショウヘイ、部活はどうしたんだ」
「あ、やっべえ。早くいかねえと――お?」
部活に行こうとしていたことをようやく思い出し、慌てて立ち上がると、投げ捨てたカバンとショルダーバッグを持ち直した翔平。しかし、廊下の奥から歩いてこちらに近づいてくる二つの人影に、彼は思わず再び立ち止まる。
「ありゃ……輝だ。隣にいるのは……?」
翔平は、輝の隣を歩く赤い髪の生徒を見つめ、目を細めた。
――まさか。
「よう、輝!」
翔平は、懐かしむ様にその名前を呼んだ。
「……ショウヘイ、部活……」
既に、隣でボソッと呟くライトの渋い低音のボイスは、耳に入らなくなっている。
「……あ! 翔平先輩!」
輝は、聞き覚えのある声に、声のするその方向に視線を合わせる。
視界の奥に、金髪のツーブロックヘアという見覚えのある髪型。彼にとって懐かしい翔平の姿を確認すると、喜んでその元へ駆けていく。
「ちょ、あ、おい輝!」
透矢も、慌ててそれを追いかけた。
「いやー、翔平先輩お久しぶりです――ってうぉわ?!」
翔平の元へやってきた輝は、足元に気付くと驚きのあまり声を上げて足にブレーキを掛けた。
遅れて、透矢もやってくる。
「……輝……待てって――うわ?!」
足元に倒れている俊貴の姿がようやく視界に確認できると、透矢も驚きのあまり声を上げる。
輝は、恐る恐る翔平に尋ねた。
「翔平先輩、これは……」
「ああ、ちょっとやんちゃしちまってな。気にすんな」
そういうと、翔平は証拠を隠滅するかのように、俊貴を足で廊下の端に蹴り転がす。証拠の隠滅が出来ているか否かと言われれば、確実に否である。
「……こうしとけばいいか」
そういうと、翔平は自らの手で、俊貴の手を後頭部に回し、足を組ませた。
一見すると、仰向けで眠っているような。しかし、白目をむいて口からだらしなく唾液が垂れているので、実にシュールな作品が出来上がった。
輝がブレザーの袖で顔を覆った。見ると、肩が上下に震え、耳が苦しそうに赤くなっている。どうやら、そのあんまりな絵面が彼のツボにはまってしまったようだ。
「……輝、お前はここで今何してるんだ?」
「今から部活見学に行こうと思って。透矢と一緒に」
震える声でそういうと、輝は透矢をくいっと視線で差した。
それに気づき、透矢は慌てて翔平に軽く会釈する。声が出せなかったのは、翔平の見た目とか行動とか、その他もろもろの怖さのオンパレードのせいである。
「……透矢ってのか。俺は、大倉翔平だ。よろしくな」
「え……あ、はい! こ、こちらこそ」
意外すぎて、透矢は一瞬固まってしまった。
笑った、あのいかつい見た目で。しかも、笑ったその表情は、安心感を全面的に主張するほどに柔和だった。しかも、それがいかつい見た目とのギャップと混ざりあってもあまり違和感がないのが不思議である。
透矢は確信した。
この人、絶対いい人だ――
そんな透矢の姿を見て、翔平はひとり考えていた。
顎に手を添え、じっくりと透矢を分析する。やはり見た目だけにしても、彼は翔平にとって興味を持たさずにはいられないモノをもっていたからだ。
(髪色……マジでそっくりだ。聞いてみる価値はあると思うんだが……)
しかし、そこにはためらいがあった。
あまり、答えを求めるべきではないかもしれない。しかし、翔平の関心はそれを止めることが出来なかった。
しばしの逡巡。そして翔平は問うた。
「……と、透矢。いきなり聞いて申し訳ないんだが」
「なんでしょうか……?」
透矢は、恐る恐る耳を傾けた。
「お前の、苗字を教えてくれるか……?」
「そんなことですか? 最神、最高の最に神様の神で最神です」
「!!」
――やっぱり!!
翔平は確信した。自分の心の奥から湧き上がる、焦燥とは少し違う言葉ではうまく説明できない高鳴る感情。その勢いに、翔平はもう自分でブレーキを掛けることが出来なくなっていた。
勢いよく、透矢の両肩を掴む。
「か、カズさんは?! カズさんは今、どうしてる?! 教えてくれ!!」
「ショウヘイ!!」
翔平と輝の肩が、びくりと大きく跳ねる。
声の主は、ライトだった。輝も、いることには気づいていたが、まさかこの状況で声を上げるとは思っても見なかった。いつもは低く、渋い声音で話すライト。そのギャップが、翔平でさえ恐ろしく感じたほどである。
しかし、透矢にその声は聞こえない。
「やめるんだ、ショウヘイ。怖がっている」
ライトは、今度はいつもの低く渋い声音で諭した。
それではっと、翔平は我に返った。
透矢の表情が、こわばっていることにようやく気付いたからである。まずい、悪いことをしてしまった。
「……すまん、今のは忘れてくれ。本当に、悪かった」
「え……あ、はい」
雰囲気が、少し重くなってしまった。
ほんの暫し、辺りが沈黙する。その雰囲気を何とかして引き戻そうと、輝が口火を切った。
「そうだ、早く部活見学行こうぜ透矢! な!」
「やべッ!! 俺も早くいかねえと!」
その言葉でまた、再び部活に遅れていたことを思い出し、焦る翔平。
「じゃ、翔平先輩も一緒に部活行きますか!」
「おう、じゃあそうするか。行くぞ! 危なく遅れるところだ」
「透矢も行くぞ」
「え、うん」
かくして、透矢たちは三人で体育館へ向かうことになった。
しかし、蘇ったもう一つの記憶が、翔平の足を再び止めた。
「そうだ……輝、少し話があるんだが」
「ショウヘイ、それは後でいいだろう」
「悪い、ライト。なんかここで言っとかないとすっきりしねえんだ」
長年付き添ったパートナーながら、少々呆れたライトだったが、それが翔平の性格なのも分かっているので、それ以上止めてくることは無かった。
「なんスか?」
輝が翔平を振り向く。そこで翔平はアチャー、という顔になった。今、翔平がしようとしている話をするには、透矢が少々邪魔なのである。
翔平は、悪く思いながらも透矢にこういうしかなかった。
「悪いな、透矢。ちょっとコイツと話があるから、先に体育館行っててくれるか?」
「え、はい。分かりました」
輝もそこで察したようだ。透矢に「悪いな」とさも申し訳なさそうな表情を作り、片手で拝む。
透矢が遠くへ行ったことを確認すると、輝の表情が真剣そのものになった。いつもは垂れている目も、今はむしろ少しつりあがっている。そして、それは翔平も同じだった。
「……それで、翔平先輩。話というのは」
「ああ。と、その前に輝、今日マイムはいるか?」
翔平が問うと、輝の頭の陰から一匹の小さな仔龍が現れた。属性【流水】、陽精霊マイムである。
「こうしてお会いするのはいつ以来でしょうか。ショウヘイ、そしてライト」
中性的な声でそう口にすると、マイムは礼儀正しく深々と首を垂れた。
「よう、久しぶりだな、マイム」
「久しいな、マイム」
翔平は柔らかい微笑みで、ライトは威厳を込めて返した。
「……それで、先輩。話ってのはなんすか」
「ああ、そうだな。お前、『十ヶ崎市連続変死体殺人事件』はもちろん知ってるな」
「ああ……既に六人被害者が出ているあれっすね」
「そうだ。ちなみに今日、新たな被害者が出た。これで被害者は七人だ」
「……マジすか」
輝の顔が戦慄した。隣のマイムも、悲しそうな表情でその話に耳を傾けている。
翔平は続ける。
「世間では都市伝説だなんだとほざいているが……俺とライトは、この事件には精霊術師が関わっていると思っている」
「精霊術師が!?」
「シィー! 声がでけえ!!」
翔平が慌てて顔の前で人差し指を立てると、輝もはっと気づいて口を押えた。
辺りをきょろきょろと見まわす。他に人がいないことが確認出来ると、気を取り直して翔平はさらに続けた。
「……それでだ。俺とライトは、お前たちの力を貸してほしいんだ」
「力というのは……?」
「どストレートに言うと、俺たちで犯人を追う」
「えー……」
「しかし、ショウヘイ。それは、私たちの命も危険にさらされるのでは……?」
マイムが怪訝な表情で翔平に問うた。
翔平は、悩ましそうに頭を掻く。そこで、代わってライトが返した。
「確かに、危険も伴うだろう。しかし、犯人を見過ごしておけば、それこそ私たちが危険なのだ」
「俺たちが……? どうして?」
「これは、とあるネットの掲示板で拾った情報だ」
そういうと翔平は、スマートフォンの写真フォルダから、一枚のスクリーンショット画像を選択すると、輝とマイムに見せた。
その内容は、このようなものだった。
*
――47.名無しさん@きなこ餅が食べたい
六人の被害者には、全員共通して体のどこかに変わった傷痕がつけられているそうだ。
――48.名無しさん@きなこ餅が食べたい
>>47 それどこ情報
――49.名無しさん@きなこ餅が食べたい
>>48 犯人がつけたメッセージなのかね。それとも神の呪いか?
*
「……変わった傷痕」
「犯人のつけた物でない限り、間違いなく精霊術師の傷痕で間違いないだろうな」
「つまり、被害者は全員精霊術師。そして私たちもまた、ターゲットにされる危険性が既にあるということにもなる」
「……なるほど。だからそうなる前に――」
「「俺たちで犯人を潰す」」翔平と、輝の声が見事に重なった。
「そういうことですか。でも、俺はまだまだうまく精霊術使えないっすよ?」
「ええ、私としても自信がありません」
心配そうに言う輝とマイムを、ライトは首を横に振って否定した。
「問題ない。まあ、他に頼る手がない、というのも事実だからな。もしもの時は、ショウヘイと私で責任もって守るつもりだ」
「……数で勝負するなら、アイツも一緒の方が――」
輝がボソッとそんなことを呟くが、
「バーカ、女の子にさせられっか。こんな危険なこと」
翔平はあっさりとその意見を切り捨てた。
「……ですね」
何となくそう言われることは想像ついていたので、輝も納得である。
「さて、意見もまとまったようだが……」
すると、ライトが突然落ち着いた声音になる。そしてやれやれといったようすで、わざとらしく間を置いたかと思うと――
「盗み聞きとは感心しないな、ヒート」
「――うちゃ?!」
素っ頓狂な声を上げて、小さな赤い狐の陽精霊ヒートが、廊下の出っ張った柱の陰から顔だけ覗かせていた。驚いた勢いでつまづき、その全貌が翔平、輝、マイムの三人にも確認できた。
「……ひーと?」と、輝。
「おや、ヒートではないですか? まだ、パートナーを見つけられていないのですか?」
「う、うるせぇな! 今契約しようとしてるところなんだよ!」
ヒートが、マイムに食って掛かる。
「しようとしているってのは、パートナーが見つかってるってことか?」
翔平がヒートに問うた。するとヒートは、堂々としてポン、と胸を小さな拳で叩く。
「おうよ! トウヤと契約しようと思ってな!」
「マジ? お前透矢と契約すんの?」
輝が期待のまなざしをヒートに向けた。それを見たマイムが、嬉しそうににこりと微笑んだ。
「それはいい事です。きっと、ヒートがトウヤと契約をしてくれれば、テルとトウヤの間に溝が出来なくて済みますから」
しかし、ヒートは難しそうな表情になる。
「うーん、でもなんか契約してもらえなかったんだよなー」
「え、なんでなんで?」
「なんか、カズナリっていう精霊術師の話をしたら、契約できないーとか言い始めて……」
それを聞いた翔平は、心の中で納得した。確かに、その話を聞いてしまえば、透矢も戸惑ってしまって間違いないだろう。しかし、契約を拒否するまでのことだろうか? という疑問符もまた生まれる。
助言にでもなれば、と翔平はヒートにこう言った。
「ヒート、そのカズナリの話は透矢の前ではもうしない方が良い。ただ、輝も精霊術師だとかそういうことは、しっかり説明しておいた方が良い」
「え、でも人間にはバラしちゃいけねえだろ」
確かに、基本的に精霊術師はその正体を精霊術師以外の他の人間に話してしまうことは許されない。それは精霊にも言えることだ。
しかし、翔平は首を横に振ってこう続けた。
「例外だ、しかたない。きっと、その話さえすれば、透矢も納得して契約してくれると思う」
「そ、そうなのかー……?」
「ま、とにかく頑張れよ」
そう言って微笑む翔平。そして、何気なく腕時計を確認する。その瞬間、翔平の表情は一気に青ざめた。
「やっべぇ!! マジで部長に怒られちまう!!」
そういうと、翔平はショルダーバッグとカバンを手に、体育館へと全力のダッシュで駆けて行った。その姿は、直ぐに見えなくなる。
「……私は知らんぞ、何度も言ったからな」
そういうと、ライトはのんびりとその後を追っていった。
「……俺しーらね」
「翔平は、相変わらずなのですね」
輝は呆れた様子で、マイムはその様子を懐かしむ様に、楽しそうな表情を浮かべていた。
黄金色の夕日も西の空へ沈み、空が紺色とオレンジ色のグラデーションを作り始める夕刻の空の下、十北高校の体育館で、バスケットボール部の部長と、顧問のカミナリが、ダブルライトニングとなって翔平へと降り注いだのは言うまでもない。