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紅の精霊術師  作者: 柳泉 米李
第一章 契約
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第10話「夕焼けの教室と大倉翔平」



 *



 ――ほぼ同時刻。十北高校二階三年A組の教室にて。


「……また、被害者が出た」


 教室後方のロッカーに腰をもたせて、手元のスマートフォンの画面を見つめながら、大倉翔平おおくらしょうへいはため息交じりに呟いた。


 室内には他に人影はない。

 人気のない教室の中は、熱気というものがなく肌寒い。しかし、翔平の服装はそんな環境下に全く適応していなかった。


 ブレザーは着ておらず、ワイシャツは堂々と全開。ワイシャツの下からは、『WE LOVE BASKETBALL』の飾り文字と、バスケットボールがネットを揺らす、ちょうどシュートが決まった瞬間を切り取った絵が青い輪郭で描かれている黒いTシャツがのぞく。


 ピアスの開けられた右耳。髪は金色に染め上げられたツーブロック。眼光は猛禽類もうきんるいのように鋭い。

 誰もが一度見れば、不良生徒と確信すると言って間違いない。


 そんな翔平が、悔しそうに歯噛みして見つめるスマートフォンの画面が映し出しているのは、ネットニュースに更新されている新着のトピックスである。


 その中で翔平が見ていたものは、『十ヶ崎市、連続変死体 これで七人目』という物だった。




 *




 『十ヶ崎市連続変死体殺人事件』


 この事件は、近年になって十ヶ崎市で現在進行形で起こっている二十一世紀最悪の殺人事件と言われている事件である。


 事件の詳細は極めて単純明快。

 事件名の通り、十ヶ崎市内でいくつもの変死体が見つかっているのである。

 

 事の発端は三年前の秋。

 十ヶ崎市に在住のとある女子高生が、変死体となって見つかったことから始まった。見つかった女子高生は、首や関節が本来動くはずのない方向に無理やり曲げられていたことから、ショック死と見られていた。

 最初の警察の捜査では、異常性癖を持った男性による犯行という結論が出されていた。


 しかし、それが覆されたのが後の事件である。

 最初の事件から半年後の春ごろ、新たな変死体が市内で見つかった。その死体も、前回の女子高生とよく似た殺され方をしていたことから、警察は、その死体も女子高生の可能性が高いとみて捜査を行ったが、その可能性は一瞬にして崩れた。


 死体は、市内に住む三十代半ばの男性と判明したのである。

 そこで、男性と女子高生の関係が調査されたが、二人は全くの赤の他人であるという結論に至った。


 警察が最終的に出した結論は、無差別殺人事件。



 しかし、一番の問題である犯行を行った犯人は、一向に見つからなかった。

 何しろ、手掛かりも犯行の足跡さえも残らないのである。また、死体からは犯人と思われる共通の指紋が一切見つからない。


 それから二年の間に、被害者は更に四人増え、合計で六人。

 連日ローカルニュースではトップニュースとして取り上げられ、市民を震撼させた。


 二年の歳月を経ても犯人の手掛かりとなる証拠が一切上がらないことから、ネット上では死神の君臨とまで囁かれ、都市伝説にもなった。



 ――1.名無しさん@舞い踊る創作意欲


  十ヶ崎の連続殺人事件について話し合うンゴ。



 ――2.名無しさん@舞い踊る創作意欲


  変死体が見つかるとかいうあれか。

  死神が降臨なすったとか言われてるらしいな。



 ――3.名無しさん@舞い踊る創作意欲


  なんでも相当無残な姿で見つかってるらしい。

  首とか関節とか、全部ガタガタにひん曲がってるとか。



 ――4.名無しさん@舞い踊る創作意欲


  >>3 何それ怖い。



 ――5.名無しさん@舞い踊る創作意欲


  いよいよキラが現実のものになったか。



 ――6.名無しさん@舞い踊る創作意欲


  >>5 おい、デ〇ノートやめwww



 ――7.名無しさん@舞い踊る創作意欲


  >>6 いや、分からんぞ。

      指紋も凶器も見つかってないらしいからな。そう言われても仕方がな

      い。



 ――そして事件から三年が経過した四月上旬の今日、また新しい被害者の遺体が見つかったのである。

 よって被害者は合計で七人となった。



 *



「……ライト、お前の言う通り犯人は精霊術師で間違いないんだな?」


 翔平が、誰もいない・・・・・はずの足元に視線を流して言った。


「……ああ、恐らく今回の被害者にもあるだろうからな? 精霊術師特有の傷痕がな」


 小麦のように黄金色をした温かい西日の差す教室の一角に、地の底から響くような渋い低音のボイスが響いた。

 この室内には、翔平のほかにもう一人――否、もう一匹がいたのである。

 翔平の足元で狛犬のように威風堂々とした風格で座る一匹の虎のような生き物。

 


 陽精霊ライト、属性【雷光】。虎のような姿をした四足歩行の精霊である。首の周りは、白いタテガミが雲のように覆い、尻尾にも似たような毛玉が施されている。

 毛並みはレモンのような色をした明るい黄色、ところによって黒い縞模様。四足のすねと額には、オプシュディアンのように黒々と光る籠手と兜が付けられている。目元は翔平によく似て猛禽類のように鋭い。



「……そうか。でも確かに、三年たっても手掛かりがないとすれば、精霊術師の犯行でほとんどクロなんだよな……」

「フム……話は変わるが、ショウヘイ。昨日は入学式の日だったんだろう? テルの姿は見たのか?」

「見れるわけねえだろ。昨日なんか一年と全然コンタクト取ってねえし。その上午前帰りだったしな」


 翔平が、何を言ってるんだお前は、と言わんばかりの表情で答えた。

 しかし、その表情がみるみる険しくなっていく。翔平は、声音を真剣なものに変えると、


「ライト、やっぱりあいつにも手伝ってもらった方がいいか……?」

「そうだな、彼を危険な目に遭わせるのは少々気が引けるが、私としては君一人でこの事件に首を突っ込ませるのもそれはそれで反対だ。まず、複数人の方が安心だしな。テルは、君が責任をもって守ればよい話だし……」

「おっと、そりゃ責任重大だ」


 翔平が、冗談交じりに目を大きく開いた。


「……けして冗談ではないぞ。これは重要な案件だ。精霊術師の暴走を止めることが出来るのは精霊術師しかいないのだからな。このまま野放しにしておく方が危ないんだ」

「分かってる、分かってるよ。……取りあえず、今はこの件はここまでにしておこう。さて、そろそろ部活行かねーと、きっと部長がオコだからな」


 そういうと、翔平は足元に置いていたショルダーバッグを肩に下げ、カバンを片手に持って肩の上に乗せると教室を出た。


 ――その時。



「翔平……どこ行く」

「……俊貴としき……」


 視線の先に立った一人の男子生徒を前に、翔平は苦虫をかみつぶしたような顔でその忌々しい名前を呼んだ。


 高岡俊貴たかおかとしき。十北高校で真っ先に名前の挙がる不良生徒の一人である(翔平もその中の一人ではある)。

 黒い髪が顎の辺りまで伸び、紫に染まった触覚のような髪が一本前に垂れている。両耳にはピアスが開けられ、ブレザーはボタンが開け放たれ、下にワイシャツは着ずにいつもパーカーを着ている。睨まれれば誰でも逃げていきそうなほどに目付きは最悪である。


 赴任したばかりの女性教員を辞任に追い込んだり、中年教員に怪我を負わせたり、とにかく校内でも悪い噂の絶えない生徒なのである。

 そんな俊貴と翔平。彼らはとある因縁が災いし、とにかく仲が悪かったのである。


「……部活に決まってんだろうがよ」

「はーん。真面目ぶって利口なもんだな」


 俊貴があざけるようにわざとらしく鼻を鳴らす。翔平のこめかみに、ピクリと力が入った。


「冷やかしなら、どっかいけ。こっちは急いでんだ」

「まあ、待てよ。これ、誰が付けたか分かってるよなぁ?」


 そういうと、俊貴は見せつけるように頬にでかでかとテープで貼られたガーゼを指さした。

 翔平は、わざとらしく首を横に振る。


「さあな、忘れちまったよ。誰が付けたんだっけなー」

「分かってるよなあ!? 詫びてもらうぞ今ここで!!」


 何が癪に障ったか、突然怒りに顔を赤くすると、俊貴は翔平へと突っ込んできた。

 彼の頬の傷をつけたのは、もちろん翔平である。とにかく、ただその仕返しがしたいだけなのだろう。


「はぁー……ったく、めんどくせー」


 翔平は、言葉の通り露骨に面倒くさそうに頭を掻くと、カバンとショルダーバッグを投げ捨てた。

 ライトは、その姿を涼しい顔で見守っていた。


 俊貴は、もう翔平の目と鼻の先まで迫っていた。

 彼の拳は、既に彼の鼻すじを捉えている。体の中心は人間の弱点。絶体絶命と思われた――


 ――刹那。


「――!?」


 ブォン、と凄絶な風切り音。

 しかし、骨を打撃する鈍い音は全く響いてこない。


 翔平の鼻すじをうまくとらえたと思われた俊貴の拳は、翔平へと当たることは無く、そのまま空を切って空気を殴り飛ばした。


「……あー、もうめんどくせえ……だから時間の無駄なんだっつーの」

「……なッ?!」


 俊貴は驚愕する。

 翔平は、俊貴のすぐ真下にいた。俊貴の拳が鼻すじに当たる寸前のほんのコンマ数秒の時間のうちに、翔平はやすやすとしゃがんでその拳を回避したのである。

 まず、高校生のなせる業とは思えない。


「―――ッ!!」

「―――ブゴァツ?!」


 翔平は、しゃがんだ姿勢から左手で体を支え、勢いよく右足を振り上げると、そのまま俊貴の顎を蹴り上げた。俊貴も、残像のようにしかとらえることのできない右足の動きに、なすすべもなかった。


 俊貴の唾液が、口から数的舞い上がる。

 そのまま俊貴は後ろにもんどりうって、白目をむいたまま卒倒した。


 自分から売った喧嘩に、たった一発で返り討ち。最高に格好悪い瞬間である。


「……やっぱ、俺はこいつは世界一のバカだと思うんだ」


 翔平が、憎たらしそうに倒れている哀れな俊貴の姿を睨み、呟く。

 ライトは何も言わず、その様子をただただ涼しい顔で見つめていた。

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