プロローグ「パートナーはどこだ」
精霊。
それは火、水、自然に至るものすべてに宿る、超自然的存在であると言われる。
かつての人類は、原始宗教の一環としてその存在を崇め、常日頃、その存在に感謝する生活を送っていた。
――食糧難による飢餓が起きれば、田畑の精霊がお怒りだ。
――水が不足すれば、水の精霊がお怒りだ。
自然に難あれば、かつて人々は精霊に祈りを捧げ、自然の乱れが治まることを待った。
科学が発達しない、何百年と前の話である。
今となれば、それはただのおとぎ話や、昔々の言い伝えの代表格に過ぎず、結局は古人の作り上げた妄想に過ぎない。
かつて行われていたという《魔女狩り》や《魔女裁判》なども、魔女という存在の言い伝えばかり鵜呑みにした人々がそれを恐れ、奇形などで生まれた女性を対象に行った拷問であるが、どれも科学の発達の進んだ現代人には、馬鹿げた言い伝えである。
しかし、その存在は本当に否定できるものだろうか。
――答えは、断じてノーである。
実は、秒刻みで足早に動くこの世界の裏で、密かにそれらは存在していたのだ。
少なくとも、《精霊》と《魔女》の存在は――
魔女は、名の通り魔法を使う女性の事であり、また女性にしか受け継がれることが無いという特別な種族だった。
その存在を知ってしまった人々により《魔女狩り》が執り行われ、裁判にかけられて拷問を受けた魔女たちは、その数を減らしていくことになった。
しかし、やがて人々はその存在を忘れていき、魔女の存在はおとぎ話の中の幻想として語り継がれていくことになった。
現在、《魔女》の子孫として生きる女性がどのくらいいるのかは分かっていない。また、現代でそんなことが調査されることなど、もうないと言って過言ではないだろう。
精霊は、前述の通り自然のものすべてに宿る超自然的な存在である。
それぞれが、宿った自然現象や物のすべてを特殊な能力として持っているが、精霊単体ではその力は余りに小さく、人々にその姿が見えることもないので、能力を形ばかり持ったまま世をさまようばかり。
しかし、精霊らと唯一友好を持った人類がいた。
その人類は、精霊と契約を交わしたことで、精霊の能力をより強力に発揮する術を持っていた。その人類は《精霊術師》と呼ばれ、お互いパートナーとなった精霊と精霊術師が使うその特別な能力を発揮する術は、《精霊術》と名付けられた。
その存在は、人々に語られることなく、精霊と精霊術師の友好関係、魔女の遺伝は、その存在が人々の合間で曖昧となったまま、長い月日が流れていった――
*
二〇一X年 四月 十ヶ崎市某所にある公園にて。
「うーん……オレのパートナーになる奴はどこにいるんだろうなー」
朝露が光るステンレス製の滑り台の斜面の上で、精霊ヒートは困ったように、しかしどこか呑気そうにつぶやいた。
早朝のためか、周囲の人気配は少なく閑散としている。
公園の中では、二歳くらいだろうか小さな子どもがブランコに揺られ、それを微笑ましく見守る母親らしき若い女性の姿もある。
しかし、彼女らの目には精霊ヒートの異様など、全く見えていない。
仲秋の頃に色づく紅葉のように燃えるような赤い色をした毛並み。手と足の先の薄いベージュ色がアクセントカラーになっている。青く光るサファイヤのような瞳、ひと際大きな三角形の耳、何より特徴的なのは、腰の付け根からその姿を現す、小柄なドール人形のような彼の体躯と同等の大きさの尻尾だ。
燃え盛る炎の姿を彷彿とさせるそれは、後肢の付け根から三本に分かれている。
姿こそ小動物並みに小さいうえ、本数も三本とあと六本満たないが、彼のその異様ともいえる姿は、古く中国より伝わる霊獣―――九尾の狐と例えるよりほかない。
しかし誰として、そんな彼の姿に目を留める者はいない。
朝の十ヶ崎市にも、少しずつ人の気配が姿を現し始める。
通勤中のサラリーマン、通学路を行く学生、ごみ袋を手にした主婦、朝の散歩を楽しむ老人に至るまで、誰としてヒートの姿は見えていない。
「あいつ、は違うなー。あいつ! ……も、違うかー」
周囲に目を流し、行きかう人を選別するように見ていくヒート。
ヒートが探しているのは、自分と契約を交わす精霊術師となりうるパートナー候補だった。
しかし、彼の言動から知る限り、そのパートナー探しは難航しているようだ。
「あーもー! こんな探しても見つかんねーとか聞いてねぇよ!」
市内を一通り飛び回り、すっかり疲労困憊となっていることも相まって、ヤケクソなふて寝に走る。後頭部に短い手を回し、仰向けに寝転んで空を仰いだ。
空に浮かんだすじ雲が東の空へ流れていく。今日は良い天気になりそうだ。
昇り始めてまだ間もない朝日は、建物の間から少しだけ顔を覗かせて背伸びをしている。
桜のつぼみが開き始めた春のはじめ、ヒートの頬を撫でていく風は少々肌寒いものだった。
「……はぁ……仕方ね、もうちょい探してみるかー……―――うちゃ?」
起き上がって背伸びをした時、見つけた。
視線の先にあったのは、公園のわき道を歩いて行く一人の少年の姿だった。
その姿を認めると、見る見るうちにヒートの口角は上がった。どうやら決めたらしい。
「うおっし決めたぞ! 俺のパートナーはあいつ――――」
言いかけてドスン、と背中に鈍い衝撃。
次に気が付いたときには、ヒートの世界は真っ逆さまにひっくり返っていた。
ついさっきまでブランコで揺られていた小さな子どもが、滑り台を滑り降りてきたのだ――言わずもがな、ヒートの姿には一向気付かず。
「うぢゃァァァァァァァァァァァッ!!」
ヒートは断末魔とも思える悲鳴を轟かせ、宙を舞った。
初めましての方は初めまして、そうでない方はお久しぶりです、柳泉米李です。
こちらの作品「紅の精霊術師」は、富士見ファンタジア大賞様に応募させていただき、落選してしまった作品となります。
せっかくの長編作品なので、せっかくだから最後まで作って完結させてみるかと思い立ち、今回こちらで連載することにしました。(連載にあたり、かなりの改稿を加えています。)
文章力はかなり乏しく、お見苦しいことがあるかもしれませんが、温かい目で見ていただければと思います。ブックマークやコメント、感想など頂けると大変うれしく思います。