戦いの前に
「魔獣たちすまないが、外にある木々から果物を出来るだけ多く収穫し、塔の中へ運んでくれないか?」
「はい、魔王様」
「塔の中に運ばれた果物はなるべく早く調理して欲しい。……そうだな。長く保存して置けるように、ジャムやコンポート、ドライフルーツ、果実酒なんかも好ましい。それでも余った物は魔法で凍らせて保存しておこう」
次々と地下から木箱を庭に運び、木に実る果実を皆で手分けして収穫する。
「魔王様」
すると一人の年老いた魔獣が魔王の側へとやって来た。
「魔王様、いくら塔の中へ食料を運んでも、勇者が塔の中へ侵入してきたら一溜まりもありません。我々の魔力はほとんど体の中に残っておりませんし、ここには成人した魔獣の他に女、子供の魔獣も沢山おります。その子らを守って戦うなど……とても……」
キッチンで調理をしている美味しそうなにおいを嗅ぎ付けて、二階から子供たちがバタバタと降りてくる。
「こら! 魔王様の前ではしたない!」
子供たちはキッチンに行くと、空になった小瓶に一口大に刻んだ果実と木のみを入れる。蜂蜜を流し入れ蓋をするとよく混ざるように上下に振った。
「あらあらあら、美味しく出来ましたか?」
子供たちは、瓶の蓋を開けると指で蜂蜜をすくってなめた。
「お母さんに持ってくの」
子供たちは胸に瓶を大切に抱えて部屋に戻る。魔王は辺りを見渡すと、一人塔の玄関へと歩いていく。
「魔王様? 皆さんのお部屋の備品は全部補充出来ました。他に私がお手伝い出来ることはありますでしょうか?」
「いや、ナーガ。君のお仕事は充分だよ。少し休んでいてくれ。ありがとう」
魔王は自身が着ていた、黒の長いローブをナーガに渡すと塔の玄関前へ歩き出した。重たいドアを片手で押し開け、外へと出る。外ではまだ、魔獣たちが果実を収穫していた。門番のいる塔の門まで歩くと、門番が持っていた弓矢を借りる。
「魔王様? どちらかへ行かれるのですか?」
「いや、ちょっと少しの間弓矢を貸してくれないか?」
「それは構いませんけれど……」
魔王はボロボロの長年使い干された木でできた弓矢を空に向ける。地面に落ちていた小枝を拾うと、弓矢に添え、弦を大きく引っ張る。魔王は小枝から手を離すと、弦に引っ張られた小枝は勢いよく空高く打ち上がった。それは雲を突き抜けたかと思うと、黒い霧が空中に広がり、大きな搭をドーム常に保護するかのごとく深い霧に包まれる。
「魔王様!? 何をされたのですか? この霧はいったい……!」
落ちてきた小枝を片手で受け止める。
「勇者に少しでもこの塔の場所を特定させないためだよ。見たところ、この塔の回りには多くの罠が仕掛けてある。一度踏み込んだら抜け出せない迷いの森や底なし沼、足場の悪い地獄谷、足を踏みいるのも躊躇しそうな薄気味の悪い墓場……魔界をも越えてくる勇者がいるのだろうけど……」
魔王は何事もなかったかのように塔に戻ろうとした。しかし、霧の一部が何者かによって破られる。
「やれやれ、どうして勇者というのは血の気が多いのか……それとも、そんなに僕を怒らせたいのかな」
塔の窓が割れた音がした。まさかーー……。