魔王はメイドに心を揺すぶられる
前回捕らえた影は瓶の中ですっかり大人しくなっていた。
「もう出してあげたらいいのではないですか」
「……」
「こんな小さな瓶の中で窮屈そう」
「……」
「魔王様ってば! 聞いてらっしゃるの?」
魔王の側には常にナーガがいて、その微笑ましいやり取りを他の魔獣はほのぼのと見ていた。
「この者の力を借りれば、高い天井のほこりとか汚れを落として貰えそうなのに……」
全員がナーガの方に注目した。
「そっち!?!?」
ナーガは魔王の前で箒を取りだし、一人で天井のすす払いをする。天井が高いのでいくら箒の先端を握っても煤には届かない。ナーガは魔王を潤んだ瞳で見つめている。魔王は瓶のコルクに手をかける。
「ああ、魔王様、気を確かに!! たかがすす払いのために、極悪非道な敵を瓶から開放することはありません!!」
ナーガは天井から落ちてきた、わずかなほこりをかぶってしまい、咳払いをしている。
「ごほん! ごほん!」
魔王はその様子を見るや、手から瓶を落とした。床には割れた瓶の欠片。大分小さくなったシャドウが魔王の前に現れ、お辞儀をする。
「ああ……まずいな。これは非常にマズイ。つい、うっかりしていて手が滑ってしまった」
魔王はやる気のない棒読みの台詞を吐くと、影をしっしと手で追い払った。シャドウはナーガの所へ行き、すす払いのお手伝いをする。魔獣たちは柱の影に身を寄せヒソヒソ話をした。
「……今の絶対わざとですよね。見てよ、あのナーガさんを見守る魔王様の表情……今、勇者が塔に責めて来たら、即倒されそうなくらい隙だらけですもん」