紅く満ちた満月の夜
蝙蝠が翼をばたつかせ、塔の中を飛び回る。
「……魔王。早くこないと、犠牲者が増えるぞ」
頭上に上がる紅く満ちた月。
「……!!」
屋根に這いつくばるドラゴンの腹部から血がダラダラと血が流れ落ちる。背中には塔に向かう途中、戦闘で傷つけられたのだろう、複数の槍が刺さっていた。呻き声を上げるドラゴンは痛さゆえジタバタと暴れ狂う。
「これがこの世界では勇者だと言うのか……」
勇者は魔王の気配に気がつき、鎌を魔王に向ける。
魔王は自身の首を狙う鎌をスルリと抜け、ドラゴンの足下へ駆け寄った。
背中に刺さった槍を抜き、両手で吹き出す血を止め、止血する。ドラゴンは尻尾を床に強く叩きつけ、ただ痛みを堪えた。
「俺は魔王以外の奴はどうでもいいんだ」
床に重たい鎌を引きずり、徐々に魔王に近づいてくる。
「ここにある金目の物だって興味はない」
勇者が鎌を振り回すと、風圧で塔のガラスが粉々に砕けた。
「……それ以上、勝手に暴走するな。魔王塔はお前たちの来る場所じゃない」
「気にくわないね……」
勇者は鎌を大きく振るう。
魔王はドラゴンの背中から抜いた槍を手に持ち、真っ直ぐに首を狙ってくる刃を横を古く錆びた槍の穂先で受け止めた。
勇者は負けじとじわじわと力を強める。
魔王はそれを受け止めるが一歩たりとも引こうとしない。
背後には傷ついたドラゴンがいるからだ。
ここで、自身を狙う鎌から逃げたら、刃はドラゴンに当たってしまう。
魔王は体内にあるありったけの力を振り絞り、鎌を翻したーー……!
「……ま、魔王様……!」
部屋の柱の影に身を隠していたナーガは走りだす。
「ナーガ!」
魔王は慌ててナーガの元へと走る。
その一瞬の隙を見て、勇者は魔王を斬りつけた…!!
「……だから、来てはいけないと言っただろう」
魔王に抱き締められるナーガのワンピースが赤く滲んで、赤い物が床に滴る。ナーガは何か暖かな物が、ぬめりと自分の手に付着した気がして、確認しようとするが……。魔王は彼女をさらに強く抱き締めた。
「ナーガ、見てはいけない……」
強く抱き締められた腕の力が段々と弱まり、
ナーガは魔王の顔を見つめる。
二人の視線が重なりあい、
魔王は愛おしい花をも見るように
優しく見つめ返すと、
そっと口を開き、囁いた。
「さよならだ、ナーガ」
空には満月の真っ赤な月がこちらを見てる。
「なんだこれは……」
人間のそれの量ではない。それとは規模が違う。
4桁で止まるはずの数字が壊れたかのように、同じ数字を繰り返して、フロア全体が血の海となった。階段から紅い血が流れ出して、下の階へと流れ落ち、それに触れるものの姿を消失させた。そして、それは、だんだんと下へ地上へと……。
僕は最後に、今回は君を守ることが出来たから、もう思い残すことはないよ。
……でも、変だな。
僕はどうしてこの世界にやって来たんだっけ?
何かを取り戻すために戻って来たはずなのに
今はもう何も思い出せない。
……まあ、目の前にいる君が無事だから
何でもいいんだけど。




