5. 戦争
「嘘だろ……?」
デレクはショックを受けた様子でそう言った。無理も無い。見知らぬ他人が、実の親だと家に押しかけてきたのだ。
「俺は孤児だ」
デレクは2歳で孤児院に入り、4歳でカーター夫妻こと老夫婦に引き取られた。デレクには2歳より前の記憶が無かった。親の記憶が無かったのだ。
「あんたが俺の父親……な訳が無い」
デレクは自分に言い聞かせるように言葉にした。だが、有り得る話ではあったのだ。デレクは内心半信半疑だった。
「デレク……」
アリスはどうしていいか分からずにデレクの名を呼んだ。デレクの不安そうな瞳が揺れ、アリスを移す。
「驚いたな。本当に覚えてないのか」
ローレンスは本当に驚いた様子だった。
「だから言ったじゃろ、今更だって」
老夫婦はローレンスの方を見向きもせずにそう言った。織物を作る手だけが正確に動かされていく。
「あんた達が俺の話をしないで育てたのは何となく分かっていたが、忘れちまうとはなぁ。2歳だぜ? 俺が手放したの」
「手放した? 捨てたんじゃろ」
養父はさも当然であるかのようにそう言った。
「おいおい……愛する我が子だぜ? 誰が捨てるかよ」
「…………」
愛する、の部分を強調して至って真面目にそう言うローレンスに養父は黙った。
「それにしても大きくなったなぁ。今いくつだ?」
「あんたに関係ない」
デレクは間髪入れずにそう言った。
「見たところ16、7か。……17だな。おい、嬢ちゃん! 酒持ってきてくれ!」
「えっ……」
いきなり用事を頼まれたアリスは驚いた様子だった。困った様子で養母の方へ視線を移す。
「この家には無いよ、ローレンス」
老夫婦は飲酒をしない質だった。事実、この家には酒などと言った贅沢品は置いていなかった。
「チッ、どんな家にも酒ぐらいあるだろうがよ」
ローレンスは舌打ちすると、不機嫌そうにそう言った。
「アリスちゃん、お茶持ってきてくれるかい」
養母は手元からアリスに優しい視線を向けると、そう言った。
「はい、おばあさん」
アリスはそう言って立ち上がり、スカートを叩いて皺を伸ばすと台所へと向かって行った。
「お前の妹か? 聞き分けの良い子だな」
「よく働く私の娘だよ」
デレクとは話をさせたくないとでも言いたげに、話を振られたデレクを遮り養母がそう言った。ローレンスはこの場において鼻つまみ者だった。
「カーター夫妻は慈善家だねぇ。身寄りの無い子を二人も預かって。……二人だよな?」
ローレンスは確認するように養母に問いかける。
「二人だよ」
「……ローレンス」
「なんだ? 爺さん」
先程までずっとだんまりを決め込んでいた養父が口を開いた。ローレンスは養父へ視線を移す。
「そろそろ要件を言ったらどうだ」
ずっと気になっていた事だった。ここに来てからと言う物、ずっと他愛も無い話ばかり。何をしに来たのか。養父はそれがずっと気になっていた。
「おお!そうだ。忘れるところだった。俺はデレクに用があってきたんだ」
「……?」
デレクはローレンスへ視線を移した。ローレンスはデレクを自分の隣に座らせると、向き直って真剣な表情を見せた。
「デレク、俺と一緒に王都に来い」
「……なんで」
眉をひそめてそう言うデレクに、ローレンスは真っ直ぐにデレクを見据えると、口を開いた。
「お前をラサーナ王国の新兵として我が軍に入隊させる」