4. 訪問者
それからと言うもの年月は目まぐるしく流れ行き、アリスが12の誕生日を迎えた、ある日の事だった。
デレクは17歳になっていた。もう大きく成長したデレクはこの日も剣の稽古に励んでいた。老夫婦は今日も織物作り。もう殆ど彼らの作る織物と同品質の物を一人で作れるようになっていたアリスは、織物作りを一段落させた後、夕食のスープを作る材料を村へ買いに行こうかと算段を立てていた。
コンコン
突然、ノックの音が響いた。
「訪問者か、デレク出てくれ」
「分かった」
珍しい、我が家に訪問者なんて。そう思うアリスを尻目に、養父にそう言われて庭で剣の素振りをしていたデレクが玄関へと歩み寄る。そして何の警戒心も無くドアを開けた。
「よう」
そこには大男がいた。身長は180後半だろうか。無精髭に、ボサボサの黄土色の短髪。黒い眠そうな垂れ目の男だった。
「誰ですか」
「俺だ、どけ」
「ちょっと……!」
男はデレクの言葉を無視すると、静止を気にも留めずに、玄関の敷居を跨いだ。男はそのまま玄関を通り、デレクを通り過ぎてリビングへと足を進めた。咄嗟の行動に反応が取れなかったデレクは、通り過ぎた背中に向かって文句を言おうと口を開いた。 ……だが、その口から言葉が出てくることは無かった。男の背中には使い込まれたであろう大きな槍が背負われていたのだ。デレクはその大槍を見て口をつぐみ、言葉を呑みこんだ。
リビングには老夫婦がいた。織物をしていた老夫婦は男に気づくと、織物の手を止め、男を見やった。男は視線に気が付いていながらも、構いもせずに古ぼけたボロボロの、だが老夫婦が編んだソファカバーの温もりのある暖かそうなソファに腰を下ろした。
「久しいな、カーター夫妻」
男は自身の顔をその傷だらけの大きな手で人撫ですると、そう言って老夫婦を見やった。老夫婦の苗字はカーターと言った。男にそう声を掛けられた養父は口を噤んだまま視線を下に戻し、織物を作る手を再び動かした。
「…………アリスちゃん、手が止まっているよ。動かしなさい」
「おばあさん、でも……」
「いいんだよ」
養母は男を気にも留めずに、どうすればいいか分からずに立ちすくんで男を見ていたアリスに手を動かすよう促した。アリスはその言葉を聞いて腰を下ろし、織物作りを再開させた。正確な手さばきだった。
「……随分冷てぇな」
男は老夫婦の様子に、そう言葉を零した。
「当然だよ、今頃戻って来ておいて」
養父が男に視線もくれてやらずに口を開いた。含みのある言い方だった。
「そうだな」
「……」
「……ばあちゃん! 誰だよ、こいつ!」
出入り口付近でずっと立って様子を伺っていたデレクが言葉を発した。我慢の限界だったのだ。いきなり知らない奴が押しかけてきて、自分を無視し、家の中に入り込んで老夫婦を見ると知り合いらしいときたが知らん顔ときた。理不尽で無礼だ。そう思いながら、人差し指を男へと向けた。
「俺の顔を忘れちまったのか?」
その指先の人物は、驚いた様子だった。有り得ない、とでも言うようだった。デレクはその様子に眉をしかめて口を開いた。
「あなたみたいな人、知りません」
当然だった。記憶力はいい方だが、残念ながら覚えが無かった。男はデレクのその言葉に膝に手を押し当てて立ち上がるような姿勢をした。
「そうか……じゃあ、自己紹介しなくちゃな」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、男は一拍置いて口を開いた。
「俺はローレンス。お前の実の父親だ」