2. 白い空間
漂っていた。無限の空間を。音も色も何もない白い空間で、私は体を持たず、言葉を持たず、ただ意識下の中でだけ存在していた。いや、存在していると言うのは語弊があるかも知れないが、確かに私はとある空間を感じていたのだ。
私はトラックに撥ねられ、そして死を感じた。死が、私を呑みこむのを感じた。そのことは覚えている。ならば私は死んだのか。ここが病院には思えない。もしくは夢を見ているのか……と私は思った。今は夢を見ていて、私は現実で手術を受けている最中なのかも知れない。三途の川……とは違うのだろうが、死と生の境目なのかも知れない。
どれぐらいそこにいたのか分からない。ただ、苦痛はなかった。穏やかに時間が過ぎるのを感じた。体あってこその苦しみなのだろうか。体という縛りから解放された私は自由だった。このままここにいてもいい。そう思った。このままここにいる事が死なのかも知れない。だが私は死に吞み込まれる直前の事を思い出した。
__生きたい
私は死に抗った。生きたいと心から願った。私はそんなに大した人生を歩んでこなかったが、そう思ったのだ。後悔も沢山ある。もしこれで終わってしまうのならどんなに楽だろう。どんなに、あっけないだろう。だが、私は苦痛もある、幸せもある、ほろ苦いあの人生でもう一度返り咲きたいと思ったのだ。
「神様……」
言葉は無かった。声は出なかった。唇の無い口から紡がれたその言葉は、果たして届いたのか。宗派の無い私の神様は、果たして誰なのか。
「私は、愚かでした。間違いも沢山犯しました。出来ない事だらけで、やれることの少ない人生を歩んできました。誰かを信じるのが怖いくせに、誰かに支えられなければ生きて行けない、弱い人間でした。ただ、後悔があります。強くなりたいです。あの場所へ返してください。現実へ。もう一度、産まれさせてください」
良いだろう
その声は確かに私の元に届いた。聞こえた。脳の無い私の脳に直接使わってくるように、届いたのだ。男性の声だった。
ただし、条件がある。お前は人間としては産まれない。天使として別世界へ産まれ落ちる。厳しい世界だ。天使として、道を誤り間違いを犯す人間達を導き、救ってほしい。
私に拒否すると言う選択肢は無かった。
「受け入れます」
次の瞬間、私は引っ張られるようにその空間を抜け出した。
私は産まれる。