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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

冬の狐は春に目覚める

作者: 直木和爺

狐って僕好きなんですよね。そう思ってたら書き上がった作品です。お暇なときにどうぞ。


改稿:18/09/21 余分な文を削除し、推敲しました。


 朝、薄暗い部屋のカーテンを開けて、僕は精一杯の光を部屋に取り込んだ。

 それでもまだ暗い部屋は、ひんやりとした冷気に包まれ、やっぱり布団に戻ろうかななんて考えを浮かばせた。


 靴下を履いて足の体温が逃げていくのを防いだ後、ズボンとシャツを着て、身支度を整える。


 寒さでかじかむ体を無理矢理動かして、僕は階下に降りる。


 朝食をニュースを見ながら食べる。


 ニュースによれば今日は氷点下3度まで冷え込むらしい。すっかり冬だ。

 寒いのは嫌いではない。暑いと体力を削られる感覚がして嫌だが、寒くてもせいぜい体が動かないくらいだ。


 朝食を食べ終わるともういい時間だった。

 僕は食器を片付けて、歯を磨く。


 そして、いつもより少し多い荷物を持って家を出る。

 今日は体育があるのだ。


 自転車で最寄りの駅まで行き、上着を脱いでおく。

 満員電車で上着を着ておくと暑くてかなわないのだ。


 僕は電車に揺られて学校の最寄りの駅までたどり着き、人の波に流されながら改札を出る。


 今日もまた、何も変わらない一日が始まり、終わっていくんだ。

 でも、今日は金曜日だから明日は休み。それだけが楽しみだった。


 ぼーっとしていたらあっという間に放課後だった。

 今日は何をしていたのかさえあんまり覚えていない。

 体育で疲れたということは覚えている。


 僕は帰りにどこか寄っていこうと提案する友達に断りを入れて家路を急ぐ。

 特に何か用事があったわけではないが、金曜日というのはなんだか早く帰りたくなる。

 次の日が休日だからだろうか。


 冬というのは実に日が短い。

 もう東の空が紫色に染まり始めていた。


 僕が自宅の最寄り駅についたときには、すでに周囲は薄暗くなっていた。


 自転車のライトをつけて、薄暗い家路をたどる。


 ふと空を見上げれば、いくつか星が見え始めていた。

 あれがオリオン座だなんて考えながら、なんだか今日は星でも見てみようかなんて考えに至った。


 そんなことを思うこと自体なんだかおかしいのだが、そのときは妙にいい案だと思った。


 僕は自宅に到着し、自転車を止めてから裏の山へと向かった。


 山、といってもそんなに高いものではなく、どちらかというと丘のような存在だった。


 小さい頃はよく近くの子供たちとピクニックに行ったものだが、こんな冬の夕方にあの丘に登ろうなんて変人はなかなかいないだろう。


 それでも幼い頃はよく通った道だし、たまにこうして気がふれたときには登ったりしていた。

 だから懐中電灯なんていらないだろうと思った。

 僕は夜目が利くほうだし、冬の間は雪がかすかな星光を反射して昼間のように明るいからだ。


 僕は慣れた足取りでずんずん進んでいくと、ふと、道端に何かの石碑があることに気付いた。

 こんなものはこの間までなかった気がするけど、誰かが道祖神でも立てたのだろうか。

 新たに道祖神を立てるなんて話、聞いたこともないけれど、事実ここにあるのだからそうなのだろう。


 僕はあまり気に留めることもせずにその石碑の横を通り過ぎようとした。

 しかし、それはできなかった。


 視界の端に異様なものが映り込んだからだ。


 それは白く光っていて、その場所にいることが異質のようでいて、しかし、白い雪になじむように存在していた。

 あまりに神秘的な光景に僕は思わず立ち止まった。


 そこにいたのは白い狐だった。


 北極狐だろうか? だがしかし、ここは日本の中では寒い地域だが、北というわけではない。


 そこで思い出したのが、白狐びゃっこの伝承だった。


 いつだったか、あれは中二病を発症していた時のことだと思う。

 あの時は妙に神話だとか妖怪だとかに興味を持っていて、九尾の狐について調べていた時のことだ。

 九尾の狐の項目のそばに白狐というものがあったので気になって調べてみたのだ。


 白い狐はこの世とあの世をつなぐ神の御使い。

 人々に幸福をもたらすいい狐。

 稲荷神の使いで、なんだかすごいということ。


 まあ、そんな伝承を信じていたのは中学生の時までで、どうせ北極狐でしょとか思っていたのだが、今ここで横たわって 苦しそうにしている白狐は神々しく発光していた。


「大丈夫か? けが、してるのか?」


「……」


 僕の言葉に、ようやく僕の存在に気付いたらしい白狐は警戒した目をしていた。


 僕はしゃがんで目線を合わせ……るのはなかなか困難なので、できるだけ小さく身を縮めた。


 そして、警戒を解くためにゆっくりと手を差し出す。

 相手を刺激しないように、触れはしない。しかし、相手が顔を近づければ匂いくらいはかげる位置にまで手を伸ばす。


 白狐は僕の手のにおいをひとしきり嗅いだ後、ぺろりと僕の手をなめてきた。

 これで、警戒は解けたようだ。


 僕は白狐の体に恐る恐る触れる。

 白狐は嫌そうな顔はしなかった。

 触ってみると、なんともフカフカしていて、心地いい。ずっと触っていたくなる感触だ。


 モフモフしていると、何やら視線を感じた。

 視線の先に目をやると、白狐がジト目をしていた。


「すまんすまん、気持ちよかったもんでつい」


「全く、人間というのはほんとに礼儀がなっていないな」


「……え?」


 今、なんか僕以外の声が聞こえたような気がしたんだけど。

 前方、以上なーし。


 後ろを振り返る。

 以上なーし。


 右を見る。

 以上なーし。


 左を見る。

 以上なーし。


 上を見る。

 うーん、今日の星空は一段ときれいだ。


 下を見る。

 白狐が横たわっている。


 あれ? もしかして僕以外にここにいる生物って白狐だけか?


「いやでも、たぶん疲れてるんだな。今日は体育もあったし」


「体育? なんだ? それは」


「体育は書いて字のごとく、体を育む教育さ。体を適切な方法で動かして、健全な肉体を作る。いてはそれが健全な精神の育成につながる、そんな感じだと思うけど」


「なるほど、よくできた教育だな。人間もやっとそのことが分かってきたのか」


「……まじで君がしゃべってるの?」


「当然だろう」


 なるほど、どうやら僕はとんでもないものに出会ってしまったらしい。


「して人間よ。余に少し力を貸してくれぬか。見ての通り余は力が落ちていて、今ではまともに歩けもしない」


「力を貸すって、何すればいいんだよ」


「ふむ、まずはこのあたりに落ちているであろう余の宝玉を一つ探してきてはくれぬか」


「宝玉? 特徴は?」


 白狐は少しの間悩むと、ちこう寄れと言ってきた。なんだかいちいち偉そうな狐だ。


 僕が白狐に顔を近づけると、白狐は鼻を僕の鼻にくっつけてきた。

 湿っていて少しひんやりしていた。

 ちょっとかわいい。


 しかし、エキノコックスとかもらっちゃわないだろうか? 少し心配だ。


 と思ったら僕の頭の中にある映像が伝わってきた。

 神通力だろうか。


 その映像は薄青に発光する手のひらサイズのガラス玉だった。中心に何やら文字が書かれていたが、僕には読めなかった。

 どうやらこれが宝玉とやららしい。


「範囲は余を中心として半径30mくらいだろうか。とにかくよろしく頼むぞ。それと、余は高貴な狐だ。病原菌など持っていない」


「へいへい」


 高貴だとエキノコックスにかからないのだろうか? 不思議だ。


 ともかく僕は白狐の指示に従って宝玉を探しに行く。

 普段ならこんな面倒なことはしないが、しゃべる狐だ。こんなに面白そうなことはない。

 退屈な日常に飽き飽きしていたところだ。ちょうどいいスパイスだろう。


 難航するかと思われた宝玉探しは案外あっさりと見つかった。

 少し坂を上ってみたら思いっきり道端に落ちていたのだ。


 僕は宝玉を持って白狐の元へ戻る。


 僕が到着すると白狐は驚いたように口をぽかんと開けていた。


「まさかこんなに早く一つ目が見つかるとは思わなかった」


「僕も、まさか道端に落ちているとは思わなかったよ」


「さあ、それを余の胸に当ててくれ」


 僕は白狐に近づくと、言われたとおりに白狐の胸に宝玉をあてがった。

 すると、宝玉は光の玉となって白狐の体に吸い込まれていった。


 やがてその光がすべて白狐の体に吸い込まれると、白狐の尾は少し大きくなり、少しして白狐は立ち上がった。


「おお、尾はまだ割れんが、力がだいぶ戻ったようだ。感謝するぞ、人の子よ」


「いや、大したことしてないし」


「しかし、助かったのは事実だ。何か礼をしたいが、望みはないのか?」


 望み、か。

 いきなりそんなことを言われても、ありきたりなことしか浮かんでこない。

 大金持ちになりたいとか、彼女ほしいとか、超能力ほしいとか。


「望み、ねぇ……。そうだ、君の宝玉って残りいくつなの?」


「む? 残りの宝玉か……。確かあと3つだったか」


「ならその回収の手伝いをさせてよ。いきなり望みだなんて言われても思いつかないから手伝いながら決めるよ」


「そうか? 余としても助かる申し出だが……。あまり人間と関わっていいものか」


「大丈夫でしょ。この辺はあんまり人も来ないし、関わっちゃダメっていうなら僕はもう関わちゃってるわけだし」


「むう、それもそうか。ならば人の子よ、そなた名を何という?」


 白狐はどうやら折れたようで、偉そうに僕の名前を聞いてきた。


「僕は飯塚綱吉いいづか つなよしだ」


「ほう、綱吉か。良い名だ」


「そうかな? まあ、ありがと」


 余り名前をほめられた経験はないけど……。

 この白狐はお世辞も言えるのか。


「それより、君の名前はなんていうの? 狐さん」


 まだ白狐の名を聞いていないことを忘れていた。


 僕の聞き方が癪に障ったのだろうか、白狐は少しむすっとしながら名を答えた。


「余の名は天の葉あまのは。よく覚えておくがよい」


 相変わらず偉そうだ。

 もしかして本当に偉いのだろうか。高貴とか何とか言っていたし。


 しかし、しゃべる狐とは。しかも宝玉でパワーアップとかなんか強そう。

 僕はこのときただただ興奮していたのだ。

 退屈な日常に現れた非日常。

 いつもどこかで願っていたことが、今目の前で起こっているのだから。

 この果てに何があるか、なんて考えていなかった。


「とにかくよろしくな、天の葉。あ、そうだ、油揚げ持ってきてあげようか?」


「ふん、余がそのような餌につられるとでも?」


 いらないの? そう聞くと、天の葉はしばらく悩んだ後、小さな声でもらってやってもいいと言った。



―――



 翌日から僕は天の葉と一緒に宝玉を探しに行った。


 どうやら天の葉は自分の宝玉の位置が大体つかめるらしかった。


 僕たちは朝から地図を広げて行き先を決め、僕が天の葉を連れて現場に向かい、天の葉の指示で手分けして宝玉を探す。そんなことを繰り返していた。


 移動中には天の葉のことをいくつか聞いた。


 まず、天の葉は善狐ぜんこという妖狐の一種だという。

 説明は難しくてわからなかったが、どうやらいい狐さんだということらしかった。


 次に、天の葉は1500年も生きた天狐てんこという位の妖狐ということ。

 天狐は善狐が1000年の時を生き、強力な神通力を持って神格化したものだという。

 最初に僕の手をなめたのも、接触することで僕の人となりを知るためだったという。


 神様なのかと聞くと、随分得意げに胸をそらし、千里眼も使えるんだと自慢してきた。

 なるほど、偉そうなのは神様だったからなのか。

 そうつぶやくと、正確には神の使いのトップなのであって、神様ではないらしい。


「あと、偉そうなのではなく、偉いのだ」


 とは、天の葉の言葉だ。


 続いてなぜ弱っていたのかについても聞いた。

 天の葉はあまり答えたくなさそうだったが、しつこく食い下がると、やがて答えてくれた。


 天の葉はあまりにも大きな力を持っていたために人に畏れられ、封印されかけていたのだという。

 あの石碑はどうやら封印するためのものらしかった。


 しかし、封印は不完全に終わり、ああして大半の力を失って倒れていたところを僕が見つけた、というわけだった。


「そなた、妖狐とかかわりのある家柄か? あるいは怪異と関わった経験があったりするか?」


「なんでそんなこと聞くんだよ」


「力を失っていた余を見つけられるのはそういった者達だけなのだ」


「いや、そんなことなかったと思うけど」


「そうか」


 そう言うと、天の葉はしばらくの間沈黙し、やがて得心の言った様子で呟いた。


「なるほど、そなたは飯綱使いいづなつかいの末裔か。過去には苦労しただろう」


「はい? なんて?」


 天の葉は千里眼を使い、僕の家の過去を見たらしい。

 なんでもできて便利なんだな。


 天の葉によると、僕の家はかつて管狐と呼ばれる妖怪の一種を使役する一族だったらしい。

 管狐というのは竹筒にも入ってしまいそうな大きさの狐の姿をした憑き物の類であったという。

 僕の一族はこれを使役し、人を助けもしたが、人を呪い殺しもしたらしい。故に畏れられ、忌み嫌われたという。


 そんな風に僕は天の葉先生の歴史の授業を受けながら順調に宝玉を見つけていったのだった。


 休日が終わるころには天の葉の宝玉は2つ見つかっていた。


 宝玉を天の葉の体に返すたびに、天の葉の尻尾は増えていった。

 はじめは1本だったのに、今では3本になっていた。


「最終的に何本になるの?」


「4本だな」


「それって九尾の狐より少ないじゃん。実は天の葉ってあんまり強くないんじゃないの?」


 少しからかっただけなのだが、天の葉はずいぶんとお怒りだった。

 天の葉が言うには、九尾の狐は野狐やこと言って、天狐より格下なのだとか。

 下っ端も下っ端なのだとか。


 それに尾が多いから強いというわけではないだとか、そもそも野狐である九尾のやつが善狐の余に敵うはずないだとかその後もグチグチ文句を言われた。

 今後九尾の狐の話はしないでおこう。


 日曜日の夕方。僕は裏山で天の葉にご飯を上げていた。

 何を上げていいのかわからなかったから、毎日油揚げと、日替わりでいろんなものを持ってきていた。


 今日はキャットフードだ。

 天の葉は「なんと面妖な……」と言いつつも、おいしそうに食べていた。


 天の葉は徐々に力が戻ってきている、そなたのおかげだな。なんて言っていた。

 あの高飛車な天の葉が感謝するとは。

 そういえば最初にも感謝されて、お礼に何か望みをーとか言っていたな。

 望み、考えてないなー、どうしよう。


「ごめん、天の葉。僕は明日からまた5日間学校だから天の葉の手伝いができないんだ」


「構わん。あとは余だけでなんとかなりそうだ。そうだ、そなた、望みは決まったか?」


「あー、ごめん、まだ決まってないや。今度の土曜までには決めてくるから」


「ふむ、まあよかろう。それまで余はここで待つとしよう」


 その日、僕は何を望もうか考えすぎて眠れなかった。



―――



 学校は全く退屈だった。


 天の葉との非日常はあまりに刺激的過ぎて、僕は早くこの一週間を終えて、また天の葉の宝玉探しをしたいと思った。

 あ、いや、最後の宝玉は天の葉が自分で見つけに行ったんだっけ。少し残念だ。


 月曜日を終えて、天の葉にご飯を上げに行くと、天の葉の尻尾はまだ3本だった。


「あれ、宝玉取りにいかなかったの?」


「うむ、少々遠くにあってな。最近はこの辺も物騒だからな、そなたと行くことにしたのだ」


「物騒?」


「そなたは気にしなくてもよい」


 何はともあれ、天の葉と一緒に最後の宝玉を探しに行けるのは嬉しかった。


 僕はその日も望みを何にしようか考えて眠れなかった。

 天の葉との非日常を終わらせてしまうのが惜しかったのかもしれない。



―――



 金曜日、やっとここまで来た。随分と長く感じた。


 昼休み、友達と昼食をとっていると、一人が思い出したように言った。


「そういえば、最近坊さんを見かけるよなー」


「あ、それ俺も見た。いつも何人かはいるけど、あんなに見たのは初めてだよな」


 うちの高校の側には大きな寺があって、どうやらそこにお坊さんが出入りしているらしい。


 しかし、あそこは本当に大きいから多少人が出入りしていても関係ないんじゃないかな。

 結局僕はあまりその話を気に留めなかった。


 そんなことより、明日が土曜日のことの方が重要だったのだ。


 そしてようやく土曜日がやってきた。


 なんとか天の葉にお願いする望み事も決まった。きっと天の葉、驚くだろうな。

 天の葉の驚く顔が見れると思うと少し楽しみだった。

 驚かせてやるために、最後の宝玉を見つけるまで秘密にしておこう。


 それから僕と天の葉は前と同じように地図でおおよその位置を決め、移動を開始した。


 電車に揺られていると、天の葉が話しかけてきた。


「そなた、望みは決まったのか?」


「うん、一応はね。でも、最後の宝玉が見つかってからにするよ」


「そうか…………あのな、綱吉よ」


 珍しく天の葉が僕の名前を呼んだ。

 いつもはそなた、としか言わないのに、どういった心境の変化だろうか。


 しかし、天の葉はそこで言葉を切ってしまう。

 いつもは何事もはっきり言うのに、珍しく口ごもっているのだ。


「どうしたのさ、天の葉。今日はなんだか変だよ」


「……いや、最後の宝玉が手に入ると思ったら少し興奮してしまっただけだ」


「へー、天の葉でもそんなことがあるんだね」


「…………まあな」


 それから天の葉は何度か何かを言いかけたが、結局何も言わなかった。


 どうしたのだろか。昨日あげた稲荷ずしがあたったのだろうか。


 変な天の葉。


 やがて電車は目的の駅に着いた。

 天の葉が示す方向へ向かっていき、やがて山の中へと入っていった。


「この辺なんだよね、天の葉」


「……そうだな」


「ちょっと、聞いてるの?」


 天の葉はなんだかうわの空だった。

 本当にどうしたのだろうか、今日は様子がおかしい。


「ああ、すまん。確かにこの辺だ。半径50m以内にはあるな」


「大丈夫? 疲れてるなら僕だけで探すけど」


「いや、その必要はない」


 しばらくそんな風に宝玉を探していたが、案外あっさり宝玉は見つかった。


「あった! ほら、天の葉! 最後の宝玉あったよ!」


「……そうか。助かったぞ、綱吉」


「……本当にどうかしたの? 天の葉。今日の天の葉、なんだか変だよ」


 しばらく天の葉は何も言わずに目を閉じていた。


 やがてゆっくりと目を開けると、天の葉は口を開いた。


「綱吉よ、そなた、その宝玉を預かっていてはもらえぬか」


「え?」


 一瞬何を言っているのかわからなかった。

 だって、この宝玉は天の葉の大切なもので、これがないと天の葉は困るはずなのに。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 急にどうしたのさ! これは天の葉の大切なものなんだろ!?」


「ああ、しかし、そなたに預けておきたくなったのだ」


「どうして……」


 天の葉はこの話は終わりだとばかりに首を横に振り、僕の目を見つめて再び口を開いた。


「して、綱吉よ。望みとは何だったのだ? 最後に叶えてやろう」


「望みって……」


 今この状況で言わなくてはいけないことなのだろうか。

 僕は天の葉の驚く顔が見たくてこの望みにしたというのに。


「意味わかんないよ、どうして宝玉を僕に預けるのさ。そんな状況で望みだなんて言われても――――」


「はやくせんか!! 余にはもうあまり時間がないのだぞ!!」


 思わず肩が跳ねた。

 天の葉が大声を出したのは初めてだ。


 天の葉が大声を出したのにも驚いたが、それより時間がないって……。


「時間がないって、どういうことだよ?」


「説明している暇はない! 早く望みを言わんか!」


 あまりの剣幕に押され、僕は天の葉に望みを打ち明ける。


「分かったよ……。僕の望みは――――」


「!?」


 まさに僕が望みを打ち明けようとしたとき、天の葉が何かを察知したかのように僕らが山に入るときに使った道をを見た。


 つられて僕もそちらを見る。


「……遅かったか」


「遅かった? なにがだよ?」


 天の葉は寂しそうに僕を見ると、ゆっくりと僕の足元まで来て、ふわりと宙に浮いた。


「いいか、そなたに預けた宝玉は決して誰にも渡してはいかん。絶対に守り抜け。さすればその余の半身はそなたに加護を与えるだろう」


「なにいってるんだよ!? 意味わかんないよ! いつもみたいに、しっかり説明してくれよ!」


「綱吉よ」


 天の葉は真剣な目で僕を見つめた。

 一見つぶらで可愛らしい天の葉の眼には、確固たる意思が見て取れた。


 僕は一瞬言葉に詰まる。


「そなたとの数日間。余はとても楽しかった。人間とここまで親しくなったのは初めてだ。……ありがとう」


 そういうと天の葉は僕に背を向けて来た道とは反対方向へ飛び去って行ってしまった。


 しかし、天の葉は何かに引っ張られるように地面に落ちてしまった。


「天の葉!」


「近づくでない!!」


 駆け寄ろうとした僕を天の葉の怒声が止める。


「そなたはそこの木の陰に隠れていろ! 事が済むまで決して外に出てはならんぞ! これは余の最後の願いだ!!」


「最後の、願い?」


「そうだ! 分かったらさっさと隠れんか!」


 僕は天の葉の強い言葉にせっつかれる様に側の大木の中に身を潜めた。


 僕が身を隠すのとほぼ同時に何やらぶつぶつとつぶやく声が聞こえてきた。

 その数は正確には判別できないが、かなり大勢であることはわかった。


 やがて僕たちが来た道の方から、異様な集団が姿を現した。

 様々な衣装に身を包んだ集団。

 その前方にいるのは袈裟に身を包み、網代傘あじろがさを被ったお坊さんだった。

 そしてその後方にいるのは神社の人間だろうか、よく漫画なんかで見る陰陽師のような恰好をしていた。

 さらにその後ろには外国の神父さんだろうか、十字架を胸に下げていた。


 一体、何なんだ?


 僕はあまりの異様さに思わず息をひそめた。


「こいつか、最近この辺をうろついていた妖怪は」


「そのようだな。さっさと祓ってしまおう」


「それがいい、それがいい」


 遠くてよく聞こえないが、どうやら天の葉を退治しようとしているらしい。

 そんなこと、させるわけないじゃないか。


 しかし、その時天の葉の必死な顔が浮かんだ。


「最後の願い……」


 小さくつぶやき、僕は天の葉を見る。

 天の葉は僕と目が合うと、かすかにだがうなずいた。


「貴様ら、余が誰であるかわかっての狼藉か!」


「ほう、こいつ、言葉を解すのか」


「誰か、だと? そんなことは関係ない。強大な妖力を持つものは危険だ。即祓わなくては」


「おいおい、さっさとやっちまおうぜ? こっちはわざわざこの日のために来てんだからよぅ」


 くそっ、遠くてよく聞こえない。

 何が、何が起こっているんだ!


「そうだな、よし! 始めるぞ!」


「下等な人間めが……!」


 それから起こったことはあまりに凄惨であった。


 あれは悪を滅する正義の所業ではなかった。


 抵抗もしない天の葉を、あの集団は嬲りなぶり、いたぶり、叩きのめした。


 天の葉はその綺麗だった白い毛を血で赤く染め、苦しそうにもがいていた。


 嫌だ嫌だ嫌だ! あんな天の葉を僕はもう見ていられない!


 飛び出そうとするたびに、天の葉の最後の言葉が僕の足を地面に縫いとめた。


『事が済むまで決して外に出てはならんぞ!』


 天の葉、君は何で最後にあんなお願いをしたんだ。


 それに、あの口ぶりからすると、こうなることがわかっていたようだった。

 もしそうだとすると、今日一日の天の葉の様子がおかしいのにも説明がつく。

 宝玉を預かっていてくれというのもこうなることがわかっていて、ということならなんとなくわかる。


 なぜわかったのか。それはきっと千里眼だろう。

 僕の目の前で千里眼を使ったとき、天の葉は僕の一家の過去を言い当てた。

 それなら数日後の未来を見ることなんて造作もないことだろう。


 でもそれなら僕に相談位してほしかった。

 そしたら何か力になれたかもしれなかったのに!


 ……いや、きっと力にはなれなかっただろう。

 結果を数日遅らせることはできたかもしれない。

 それでも結局はこうなっていたのかもしれない。


「なかなかしぶといな」


「お前たちが封印に失敗したから弱ってるなんて言ってたのに、これじゃあ全盛期とあまり変わらないではないか」


「いいじゃねえかよ。こいつは壊し甲斐がある!」


 もう見ていられない。

 あんなのは妖怪祓いなんかじゃない。虐殺だ。


 僕は地面にうずくまって無様に泣いた。

 天の葉の死に際に何もできない無力な自分が悔しかった。

 僕にできるのは声を奴らに聞かれないように気を付けながら泣くことくらいだった。


 やがて生々しい打撃音が止み、奴らは何やら言い合いながら去っていった。


 残されたのは無残に横たえられた天の葉だけだった。


「天の葉!!」


 僕はすぐに木の陰から飛び出し、天の葉の元へと駆け寄る。


「天の葉! 嫌だよ!! 目を開けてよ!」


 僕の腕の中でぐったりとしている天の葉はピクリとも動かない。


「僕の望み、かなえてくれるんだろ!?」


 それでも天の葉から返事はない。

 あの高飛車の感じで、それでも優しく話しかけてくれる天の葉はもういない。


「どうして……!? どうしてなんだよ!?」


 僕は天の葉の亡骸に顔をうずめて泣いた。

 まだ天の葉の体は暖かく、今にもしゃべりだしそうだった。



―――



 ……どれだけの時間がたっただろうか。

 僕は流す涙も枯れ果て、冷たくなり始めた天の葉の亡骸に声をかけた。


「あのね、天の葉。僕の望みはね、君をびっくりさせようと思って、考えたんだよ」


 冬というのは実に日が短い。


「何日考えても全然思いつかなくってさ。きっと何か思いついちゃったら君との楽しい生活が終わっちゃう気がしてさ」


 もう東の空が紫色に染まり始めていた。


「そしたら、僕、気づいたんだ」


 ふと空を見上げれば、いくつか星が見え始めていた。


「僕の望みはね」


 僕はとっくに枯れていたと思っていた涙を流しながら天の葉に笑いかける。


「君と、もっと一緒に居ることだったんだよ」


 あの日、弱っている君を見つけたとき、なんだか退屈な日常から非日常へと世界が切り替わった気がしたんだ。


 でも、いつしか僕の中の君は非日常を連れてきてくれる不思議な狐から、一緒にいて楽しい友人に変わっていたんだ。


 天の葉、君は僕にとっての最高の友達だったよ。


 ありがとう。


 僕はその後いつまでも泣いた。


 西の空が紫に変わっても泣き続けた。


 僕の泣き声は暗くなった森に吸い込まれていった。


 涙で霞んだ視界にも、オリオン座はあの日と変わらず輝いて見えた。



―――



 あれからどうやってうちに帰ったのか、僕は覚えていない。


 天の葉の寝床になっていた裏山の草陰に、天の葉の亡骸を埋めて、簡単ながらお墓を作った。


 それからはまた変わらず退屈な日常が戻ってきた。

 それでもなんだか今までとは違って見えるから不思議だ。


 最初は不安定だった僕の心も、3か月たった今では随分と落ち着いてきた。


 そして今日は日曜日。朝起きて日課の天の葉のお墓参りに来ていた。


「天の葉、あんまり豪華なお墓じゃなくてごめんね。天の葉は偉い狐だったからもしかしたら怒るかな」


 今日はいい天気だ。

 雲量0の快晴。うららかな春の日差しが差し込んでくる。


「この宝玉、なんだかずっと持ってたら天の葉にまた会える気がするよ」


 天の葉が最後に預かってくれといった宝玉は、今も大事に持っている。

 時々発光しているような気がしなくもないけど、きっと気のせいだろう。


「もしかして天の葉の子供が生まれたりしてね。なんて」


 そういった瞬間、僕のポケットの中にある宝玉が輝きだした。


「ええ!?」


 慌てて取り出すと、宝玉は輝きを増し、僕の手を離れて宙に浮かんだ。


「うそ……」


 やがてそれは白い輝きで覆い尽くされ、僕は思わず目を閉じた。


 しばらくすると光が止み、さっきまで宙に浮いていた宝玉がなくなっていた。


 代わりに、僕の足元には見慣れた白い毛玉が立っていた。


「ほんとに……?」


「全く、そなたの望みがよもやあんなのだったとは、思いもしなかったぞ」


 その毛玉はいつかのように高飛車な物言いで、相変わらず偉そうな態度だった。


「あの宝玉はそなたの望みをかなえるために余がそなたに託したものだったのだぞ? それがこんなことになろうとは」


 毛玉はふわりと宙に浮かぶと、僕と目線を合わせた。

 その尻尾はもう分かれてはおらず、1本だった。


「まあ、何はともあれ、こうしてまた会えたこと、うれしく思うぞ。綱吉」


「天の葉あああ!!」


「もう神格を落としてあるから奴らに感ずかれる心配は――――うわ! 抱きつくでない! それにその涙と鼻水で汚れた顔を押し付けてくるでない! 余のきれいな毛皮が汚れるだろうが!」


「天の葉あああああああ!!」


「あーもう! いい加減にせんか!」


 命が芽吹く季節がやってきた。


 これは出会いの季節でもある。


 冬に分かれた友とまた出会える。こんな奇跡があるだろうか。


 僕の笑い声はずっと、ずっと、いつまでも春の裏山に響き渡っていた。



長々とお付き合いいただきありがとうございました。1万文字はちょっと長かったですよね……。すみません。

シリアスな物語は書くのが難しいですね。次はもっと努力します。

誤字脱字、至らない点や面白かった点など、感想欄でお伝えいただければ幸いです。

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