No.7 新たな出逢い~魔導局長の決意
【スフィン side】
大輪の花が咲き綻ぶような微笑みを浮かべる少女を見て、改めて息を呑む。
瞳に強い煌めきと輝きを持ち、ただ純粋に思いを貫こうとする姿勢と心の強さ。
『スフィンさん、私は強くなりたい、強くなくてはならない。守られるのではなく、守れる人になりたいです。なります』
心の奥にしまってた懐かしい記憶が甦る。
ハイエルフの長い寿命の中で、唯一親友だといえた人物。
いつも瞳には強い光を煌めかせ、誰より国を世界を守りたいと奔走していた数百年前の賢王・ディアノール。
『俺は強くなくてはならない。守られるだけの王に、なんの価値があるだろうか?』
彼を通して多くのモノを見て経験し、強く故に危うい親友の彼を支えるためだけに、フェリア王国に残ることを決めた。
親友として出来る事をするために。
最期の時も『俺は幸せだった。親友、生きろ…お前にまた色付いた世界を見せてくれるヤツを探せ。世界はこんなにも美しいのだから』
国を守れでもなく、彼は俺の心配をし俺に生を望んだ。
自分が天へと逝った後に、俺が生を手放すのは容易く想像出来たのかもしれない。
その通り、俺は今まで生きる意味を失っていた。
時間だけが流れて行く色褪せた無の世界。
魔力の研究に打ち込むのも、生きろと言った親友の言葉を裏切らないための暇潰し。
昨晩、陛下とクレメスに頼まれ、断るのも面倒で承った話だった。
それが彼女を見た瞬間、心が驚愕と歓喜が混ざり合った。
アメジストの瞳は、懐かしい人物と同じく好奇心に澄んだ光が煌めいていたから。
魔法が不発に終わっても折れない心の強さ。
成功した時の無邪気な笑顔。
重なるようで重ならない二人。
そして、自身の道を決め突き進もうとする今の姿に、鳥肌が立つほどの歓喜に包まれる。
ルナの世界は何色なのか…
時間なんて些末だと思えるほど、ルナの見る世界を身近で見たいと思った。
同時に、親友より幼いルナの肩にかかる重圧を支えるのは自分でありたい。
なら、そのための行動をすればいい。
俺は席を立ちルナの横に膝をつく。
周囲が驚愕に染まるのを無視して、頭を垂れて許しを乞う。
願うは一番近くにいるために。
愛すべき者が現れたのは、奇跡なのだから。
「我は御身の敵を切る剣であり、何者からも護る盾。我の知識も命も忠誠も我が君のもの。忠誠を誓いお側にいる事を許して頂けますか?」
臣下が主に誓う言葉が、自然と口から紡がれた。
初めて口にした言葉のはずなのに、言葉は甘美に響くことか。
「あ、あの、顔を上げてください!」
静まり返った室内でらルナを見ると驚きから、大きな目を見開いていた。
「許してはくれないか?」
「いえ、でも…私は何物持たない、ただの小娘ですよ?」
「ルナがいい。ルナがルナであるならそれでいい」
「嬉しいです。…でも、私の側は危険です。きっと私がしようとしている事も……だから巻き込めません」
言葉が途切れて伏せられたルナの睫毛が揺れる。
儚げで突然消えてしまいそうな、ルナの手に触れて温かい体温に安堵する。
「俺の持ちうる知識と経験で、盾にも剣にもなろう。戦士や英雄であっても、一人で戦地に向かう馬鹿はいない」
「…スフィンさん、多分後悔しますよ?ゼロどころか、すごいマイナスでスタート地点にも立っていないんですよ?」
「望むところだ。底辺にいるなら、あとは這い上がるだけだろ」
そう。ここで諦めてしまう方が生涯後悔する。
やっと見つけた俺の一筋の光。
探し求めていた輝く奇跡。
触れた小さな手にそっと口づける。
「ひゃっ!」
ビクッとした後に顔を真っ赤にさせて俯いたルナ。
顔を見ようと覗き込もうとした時。
真っ赤な顔をそのままに、俺を真っ直ぐ見つめるアメジストの瞳とかち合う。
綺麗で吸い込まれそうな瞳が、不安定に揺れている。
「本当に私で良いのですか?……一緒に戦ってくれますか?」
真摯な眼差しに心が震える。
待ちわびた人が現れた奇跡。世界が鮮やかに彩られていく。
「ルナ、我が君、我が主。貴女の道は俺の道。生涯どのような道でもともに行き、ともに戦うと誓おう」
「…もう、降参です。…本当にスフィンさんって変な人で、とっても優しい人ですね」
困った様に笑うルナに、俺は頬を緩める。
優しい、なんて言われたのは何百年ぶりだろうか。
自身の心配より、俺の心配をするルナの方が数倍は優しくお人好しなのに気がついていないのだろうか。
「スフィン殿!魔導局はどうするんだ?」
「スフィン様、僕の妹の手を離して下さい!」
「……これはまた…本当にルナは面白い子ですね」
周囲の喧騒を無視して、小さな主を見て天にいる親友に語りかける。
お前の言う通りだっな。
世界はこんなにも色彩に溢れている。
幼き少女は自ら茨の道を選んだ。
親友、お前が選んだように。
だから天から見守っててくれ、幼き少女が羽根を折らずに羽ばたいていく姿を。
いつか遠くない未来に、少女は綺麗な蝶になって自由に羽ばたき奇跡を起こすと確信出来る。
『ふん、やっと腑抜けから脱出したのか。運命の出会いを逃がすなよ』
あぁ、やっと見つけた。
お前に負けず劣らない無鉄砲で、信念を貫こうとする愛すべき馬鹿を。
親友の声に答えて小さく笑った。
歓喜を胸に秘めてルナを見ると、観念したように肩を竦めていた。
その表情すら愛らしい。
奇跡の人族の精霊王の神子、ルナ・スノーヴァの行いは後に語り継がれた。
いつも傍らには、六彩の賢者のハイエルフの姿があり、最区の双翼の黒と白の騎士二人が目を光らせていた。
強く心優しいき神子は、膨大な魔力と頭脳、時には精霊の助力を願い、率先して数々の問題を解決し国民からも愛され崇拝された。
《精霊王の神子奇譚・第一章》