No.4 自称・父の愛は重量級
心地よい太陽の陽射しと咲き誇る花ばな。
庭にはセンスの良い白いテーブルに並ぶ、紅茶と可愛いお菓子達。
給仕してくれる、老年の優しい執事さんと綺麗なメイドさん。
ザ・異世界の風景です。
助けた少女・リリーちゃんは、リアルお嬢様でした。
兄のカイルさんはもちろん、従姉妹のユーリもリアルなご子息・ご令嬢です。
オージの話を聞くと、自爆しそうなので名前だけ聞いて全力で話をすり替えました。
「ルナ、これはどっちが勝ちだ?!」
「ルナちゃん、ぐーだからリリーだよね??」
コテンッと頭を傾げる天使と、真顔で色気垂れ流しの美青年が私を見てます。
これが、色々な感情に振り回されていない時なら、間違いなく眺めてニヤニヤしていたと思いますよ。
「グーとチョキでは、グーが勝ちです。リリーちゃんの勝ちですよ」
「やったー♪オージに勝った!」
「じゃんけん…これは頭脳戦なのか、運なのか??」
「さすが、私の自慢の妹ですね」
「じゃ、次は私な!カイル勝負するぞ!」
「フフフッ、私に勝つなんて百年早いですよ」
皆さんはジャンケンで白熱してます。
単純な手遊びに本気になっています。
キースさん、ジャンケンはそんなに真剣に考えるモノじゃありません。
ユーリ、美人顔で悪い顔はやめましょう。
カイルさん、黒い笑顔はどうなんですか?
しかも、百年って…どこぞの魔王になってます。
私は紅茶をミルクティーにしながら、遠い目をしてしまいます。
教えたのは私ですが、大人も含めてここまでハマるとは思いませんでした。
話を反らしたい一心の結果がコレだと、誰が想像したでしょうか?
でもこれはきっと不可抗力ですね!
楽しそうなので、例え今時の幼稚園児ですらしない遊びであっても、気にしない事にします。
「ルナ様、御加減がよろしくないのでしたら…御無理しないでくださいね?」
「いえっ!だ………、大丈夫デスヨ?」
好好爺顔負けの老執事さんに話かけられて視線を戻すと、美しい方々からの視線の集中砲火でした。
どうやら思考が飛んでいて、今の今まで気がつきませんでした。
申し訳ないやら恥ずかしいやらで、慌てて俯いて熱い顔を隠しましたよ。
見られてない事を、切実にお願いしたいと思います。
「…本当に大丈夫ですか?無理はしないでくださいね?」
間近で声を感じて顔を上げると、目の前に眩しい笑顔で膝を着いたカイルさんがいらっしゃいました。
頬を撫でるオプション付で。
「大丈夫デス。アリガトウゴザイマス」
「そうですか。でも、私達に遠慮はしないでくださいね?」
「…ハイ。えぇ…」
片言で反射的にイスから落ちそうになったのは、大人の余裕で流して下さい。
こちらのスキンシップスキルと距離感に、日本育ちの私は全く馴染める気がしません。
羞恥心だけで死亡フラグが立ちそうです。
そもそも、濃いスキンシップは綺麗な人同士でお願いしたいです。
私は遠くから眺めるぐらいが調度いいです。
「カイル様、お客様を此方へ御案内してよろしいですか?」
1人で悶々と思考を巡らせていると、ツインテールの可愛いメイドさんが、いつの間にやら佇んでいました。
「えぇ。此方にお願いします」
「流石にスノーヴァ家、動きが早いな~」
笑顔のカイルさんと感心しているキースさんに、嫌な予感で背中が冷たくなります。
今まで忘れていましたが、和やかにお茶を楽しんでる場合でも、スキンシップスキルにおののいてる場合でもありませんでした。
勢いだけで出て来ましたが、まだ顔を合わせて談笑出来る程気持ちは落ち着いてません。
思い出すだけで、体の中で冷たいモヤモヤが渦を巻いて大きくなります。
…色々と面倒なんで逃げましょう!
先人も"逃げるが勝ち"と言ってますし。
「ご馳走さまでした。では、私はこれでお暇させ」
「…ルナッ!」
立ち上がってお礼を言い終わらないうちに、知ってる声に遮られました。
ティーノさんとジルさんのお出ましに、体がビクッとして固まります。
冷たいモヤモヤに体が引きづられそうになって、強く拳を握って耐えようとしていると浮遊感再びです。
「よしよし、怖くない怖くないぞ」
子供抱きで背中を撫でられてます。
これは確実に小動物の扱いですよ、キースさん。
おかげさまで、引きづられそうになっていた冷たいモヤモヤが少し落ち着きました。
「大丈夫ですか?ダメなら二人には退場願いますが」
「俺と城にでも来るか?どうせ夕刻には、父上がルナに召集をかけるだろうし」
「……ハハハ…」
首を傾げながらも目が笑ってないカイルさんと、ぶっ飛んだ爆弾を落としまくるキース様。
もう、リアル王子様決定ですね。
脳内キャパオーバーだったのに、更に追い討ちをかけられて、崖から突き落とされた感じ。
昨日まで普通に仕事をして、友達と居酒屋で誕生日を祝って平穏に暮らしてたのに…。
遠い目をして昨日までを記憶を、掘り起こしてしまいます。
「…ルナの方が辛かったのに、すみません」
「フィルもルナが帰ってきて、うれしかったんだけど…変な所で不器用でさ」
「うにょ!?」
切なげな声に思考が戻ると、顔面数センチで見つめてくるティーノさんとジルさんがいました。
近すぎる距離に体をさりげなく引いてしまったのは、日本人の性です。
決して体勢も変な声も他意はありません。
引いてしまってから気がついたのですが、体を引くとキースさんにピッタリ密着してしまいました。
やましいことはありません不可抗力ですよ。
「お前等、近いって!よし、ルナはやっぱり俺と城行き決定だな」
「えぇ。では、私もお供致しましょう。そういう事なのでユーリ、リリー。私達はお城に行きますから」
「えっ?!」
ティーノさんとジルさんから一歩距離を取りながら、キースさんは今後の予定を決めてしまいました。
何故か乗り気のカイルさん。
何度も思いますが、私の意見は何処へ??
ここではスキルスルーは、標準装備なんですかね?
更に慌てさせたのは、切なげな瞳をしている二人がいる事です。
いじめている感が半端ないのですが。
「いえ、あの…」
「…僕達もキース様達とご一緒致します」
「あぁ。ルナは俺達の妹なんだから」
はうっ。
どうやらお城行きは決定したようです。
言葉をひねり出せなかった私も大概ですが、並々ならぬ熱意を込めた様に決意するティーノさん達もどうなんでしょうか。
そんなに一大事なのでしょうか。
行くのが怖くなります。
「どうせ説明だって聞いてないだろ?ルナには全てを知る権利があるんだから」
「そうです。貴女には知る権利も暴言を吐く事だって許されると私は思います」
「…はい」
真剣な表情で頷く王子様とカイルさん。
そんな事言われたら、頷くしかないじゃないですか。
私は本当の私のルーツを知りたい。
暴言を吐くかは別として。
小さく頷くとキースさんは、優しく背中をポンポンとしてくれました。
小動物から子供枠になりましたか。
カイルさんも頭を撫でてくれます。
宥められた私が言えた事ではありませんが、キースさんとカイルさんは天然タラシで決定です。
行動が決まってからは早かった。
ユーリが着替えを手伝ってくれて、借りたドレスは淡い水色のロング丈。
フリルのレースをふんだんに使った、可愛いらしいデザインです。
髪は器用に半分編み上げて、腰までの髪でも邪魔になりたせん。
化粧はなしでスミレのオイルを塗って完成です。
鏡を見て誰ですか?と言って、ユーリに笑われたのはいわずもなが。
視覚的暴力になってなきゃOKです。
内心、コスプレ具合にのたうち回っていようとも。
「次は珍しいお菓子用意しとくから」
「たのしみだねー♪ルナお姉様、ぜっったいよ?」
「はい。私も楽しみにしてますね!」
ユーリとリリーちゃんとは、また逢う約束をしてここでお別れです。
皆さんは、転移魔法の魔法陣がある部屋で待っていてくれていざ出発。
ドレス姿を誉められたり、キースさんに頭を撫でられたり、何故かカイルさんに抱き上げられました。
安全のためらしいのですが、真横から突き刺さるブリザードな二人の視線は気にならないのでしょうか?
「どうかしましたか?」
「イエ、オキニナラサズ」
間近で眩しいキラキラ笑顔です。
はい、カイルさんは気にならないようです。
カイルさんが何かを呟くと、魔法が発動します。
一気に不快感と目眩に襲われて、気が遠くなる寸前で風景が変わりました。
絢爛豪華な室内。
そこには淡い金髪のダンディーな紳士と、あの胡散臭…げふげふ。
自称・父のが驚いた顔で私達を見ていました。
それよりも、私はグロッキーです。
これのための抱っこだったみたい。
酷い車酔いに近い症状に吐きそう。
麗しいカイルさんを、汚物で汚す訳にいかないのでグッと我慢です。
体を預けてしまうのは、大目に見てください。
「ルナっ!どうしたんだい?涙をのんでティーノ達に迎えに行かしたのに…寂しくてダディに会いたくなってしまったのかい?」
「イエ、全く、全然」
素早い動きでカイルさんから私を奪うと、ギュッと力いっぱい抱き締めます。
ぐへっ、胃と背骨がヤバイです。
この人は、人の話を聞いてないですね。
疑いようもないスルースキルマックスの保持者で間違いなしですね。
反発しようにも余力がありません。
グッタリしている私を自称・父は抱いたまま、長ソファーに腰を下ろします。
まさかの膝抱っこで頭を頬ですりすり。
助けを求めようにも、ガッチリ頭と腰を抱かれて視界には白いシャツのみ。
誰かこの人を殴って下さい。
いえ、今すぐ仕止めて下さい。
「叔父上、それでは彼女が動けんだろ」
「ディオー、邪魔しないでくれ。俺は我がお姫様の愛を充電し、この子にも俺の溢れんばかりの愛をプレゼントしているのだから」
「可愛いのは分かるが、叔父上の愛は重すぎる」
「ルナが可憐すぎるのがいけない!いや、可憐なのは良い!自慢の愛娘だよ?たが、ダディは心配で片時も離れたくない!」
「…とりあえず、叔父上は落ち着いてくれ。皆も座って話そう」
ダンディーな紳士さんお疲れ様です。
常識人は貴重な人材ですね。
グッタリした私は膝の上のまま、キースさんはダンディーな紳士の横に。
背後にはカイルさんが立っています。
自称・父の左右には、ティーノさんとジルさん。
うん、何となく分かっているけど…ダンディーな紳士さんはスゴい人っぽい。
ぼかしているのは、ちょっとした足掻きたい気持ちです。
多少不快感が治まって見回すとダンディーな紳士さんと、ティーノさんジルさん以外は微妙な表情です。
皆さん、乙です。
「まずは初めまして、と言うべきかな?俺はディオール・イルフェリス。まぁ、王なんて言ってもルナとは従兄弟だけどな」
「従兄弟…ですか?」
「そうだよ。かなり年の離れた従兄弟だけれど」
はて?と首を傾げてしまう。
王様はどう見積もっても、三十代中から後半ぐらい。
自称・父も同じく三十代前半か中ぐらい。
私は体だけでいうなら十三歳らしい。
あ、でも叔父上って言っていたから、自称・父は王様より遥かに年上で??
…前髪を手で遊ばせながら頭の中で思考がグルグルしていると、王様の小さな笑い声で顔を挙げます。
「悩んでる姿は昔と変わらんな。では、その悩みと一緒に今までの事を説明するとしよう」
え、このままの体勢で聞くんですか?と言いたいものの、王様は構う事なく話始めました。
誰かツッコミお願いします。
願いも虚しく長い説明の中で分かったのは大きく別けて四つ。
一つ、私が世界を守護する貴重な精霊王の神子(愛し子)である故に、暗殺を怖れ力が開花するまで地球に身を隠していた事。濃い精霊の血を受け継いだのは、兄妹で私だけらしい。
二つ、現神子様の信託により急遽帰還が決まり現在にいたる。危険は付き回るので警戒・注意が必須。
三つ、現在お城では多種族と共存を望む王様と、魔法は異端で人族一位として他の種族は配下に下るべきと考える王妃様の勢力が冷戦状態である。
四つ、王妃様は婚約者のいる第一王子以外の息子達を傀儡にすべく、都合の良い婚約者候補を勝手に離宮に住まわせて、狩人よろしく王子様や大公の子息のティーノさん達、公爵家のカイルさんを獲物として一年近くも追い回している。
話終えると王様と自称・父は、深い溜め息を吐き出しました。
私も溜め息です。
ここに来る直前に思い出したので、ここで産まれ育ったのは分かります。全く実感はありませんが。
家族もそうです。少しの記憶だけでは補えないようです。
ただ、精霊王の神子だとか死亡フラグが建ちそうな設定はノーサンキューですよ。
今までの事を思えば、正直恨み辛みを言いたくなります。
でも、守るためにと言われて慈愛のこもった目で見られてしまっては…言えなくなってしまいました。
フルフルと頭を振って頭痛がしそうな頭を切り替えます。
「…俺達に力がないばかりに、ルナには辛い思いをさせてすまない」
真剣な顔で頭を下げる王様に、私は慌てて言葉を探します。
頂点に頭を下げられては落ち着きませんし、居たたまれなさ満載です。
私は小心者なんですよ!
「辛かったですけど、嬉しかった事や楽しかった事もいっぱいありました!」
ふと思い出したのは、ずっと一緒にいてくれた友達たち。特に仲が良かったミカちゃんや星夜。
少し離れただけなのに、懐かしくなって自然と頬が緩みます。
「私の事で怒ったり泣いたりしてくれる友達や、破天荒でしたけど叱咤激励してくれた恩師もいました。無いものを嘆くより、在るものを大切にした方が精神衛生上いいと思うんです」
だから不幸ではなかったです。と、伝えたのに、何とも言えない空気になってしまいました。
なぜでしょうか?
考えようとした途端、背骨と腰が悲鳴をあげます。
「うぎゅ!」
根元は私の椅子化している自称・父。
もう、面倒なので不承不承ではありますが、父と呼びましょう。
「叔父上、気持ちは分かるが…ルナが潰れるぞ」
「これでも気持ちを抑えているんだぞ!本当は一日中一緒にべったりしていたい!ご飯を食べてお茶をして、夜は寝る前に語らいながら一緒に眠りにつきたい!」
抱き締めたまま熱弁した言葉に問題ありです。
どうしてくれよう愛情過多の父親を。
離れていた反動にしても酷すぎる。
どこの父親が、十三歳の娘と一緒に寝るんですか。
一日中一緒にいたら、確実に何かをゴッソリ奪われて干からびます。
私が半眼になるのは仕方ないです。
このままでは、話が進まないので私が頑張るしかないようです。
さて、どうすれば離してくれるのでしょうか?
思考が沈みかけた時、拘束がゆるんでフワッと浮かび上がりました。
「ルナ、大丈夫か?クレメス殿、過度の接触はルナにストレスだ。弱ってしまうぞ」
「…ありがとうございます」
見上げるとキースさんの顔と至近距離。
この展開はお約束なんですかね?
キースさん、それは小動物に対する対応ですよ。
助けて頂いたので頭を下げてお礼を言いますけど。
頭を一撫ですると、私は王様の左側に座らされました。
キースも何事もなかった様に着席します。
父から舌打ちが聞こえたのは、気のせいであってほしいです。
「それでルナは何処に住みたい?」
「何処に、とは……あの」
王様が私を見て言いました。
私は意味が分からずに、視界を巡らせます。
心配そうなティーノさんとジルさん。
忌々しそうに王様を睨む父。
私ではまともな選択肢すら思い浮かびません。
「私はこちらの常識も知識もありません。なので何処なら皆さんが一番安心されますか?」
背の違いから見上げる形で王様に問います。
質問に質問で返すのは失礼は承知してますが、これ以上の言葉は浮かびません。
私はこの世界で常識も知識も子供以下です。
皆さんに頼ってしまう事も多いと思います。
それならば、かける面倒や心配は最小限にしたいと思います。
一拍置いて王様はおもむろに頭を撫でます。
「では、城に住んではくれぬか?部屋は俺やキースの近くにするとしよう。ルナは聡く優しい子だな」
「ディオー!ルナに触れるな。何より勝手に完結するな!ルナは屋敷で家族と暮らすだ」
「家出したと聞いたが?叔父上、ルナの身辺を考えたら城が最も安全だと思うが」
「それは……」
王様の真剣な表情に、父が悔しそうに言葉を呑み込みます。
自分の父ながら、憂い顔でも絵になるなんて…中身を知ってるだけに詐欺っぽいですけど。
なんて逃避していいですか?
不安にしかなれない会話に、気が遠くなりそうです。
死亡フラグが準備万端で、待ち構えている気すらしますよ。
今の私はきっと情けない顔をしていますね。俯いて溜め息を吐き出します。
「心配するな。そのために俺達が傍にいるんだ。行動する時は私の息子、もしくはティーノ達とするといい。もちろん、俺でも構わないぞ?」
後半は茶化したように言う王様に、少しだけ笑ってしまいました。
気遣いが嬉しいです。
「ありがとうございます。ではご面倒をお掛けしますがお世話になります」
ペコリと頭を下げてお礼と感謝を伝える。
王様とは思えないゴツゴツした手が、私の頭を撫でます。
こちらの方のスキンシップには慣れませんが、頭を撫でられるのは心がほっこりします。
色々大変そうですが、全力で死亡フラグを回避したいと思います。
平穏な日常を手にいれるために。
目指せ、平和で安全な日常!