No.31 絶対絶命のピンチには
また月が昇りました。
今日でここに来て三日目です。
今日はキースさんの誕生日。
「まだ半分くらいね…」
「はい、だから…もしかしたら…」
キリルさんの言葉に、私は頷いて試そうと思っていた事を行動に移します。
「炎」
小さく呟くと、小さな小さな光がユラユラ揺れています。
やりました!成功ですよ!
すぐに炎を消して、魔力残量を計ります。
「ちょっと多めに消費するけど、光が見えてきたかも!」
「本当に?!良かった…私は何もしてないけど…」
「見張ってくれたから、壊すのに集中出来たんだよ!だからありがとう」
「そんな事ないわ!ルナだから出来たのよ」
二人で手を取り合っていると、ガシャンッと派手な音と一緒にニードが入ってくる。
「随分、化け物と仲良くなったんだねお姫様?」
「化け物?キリルさんは化け物なんかじゃありません」
「人間じゃないんだから、化け物だよ?人間としては、死んでいるのだから」
ケタケタ笑うニードは楽しげに、歌うように話はじめる。
「そこの化け物は、人間の器を持っただけの人外だよ」
「やめて!聞きたくない!」
「お前ごときの言う事は、聞かないし聞きたくない!さぁ、核を本格的に定着させようか?」
「いや!」
「やめ」
そこまでしか、言葉にならなかった。
ニードはキリルさんの胸に魔石を近づけると、キリルさんの悲鳴が辺りを包み込む。
悲鳴が止むと、ハァハァと荒い息をして、地面をかきむしるキリルさん。
満足そうなニードは、口のはしを歪めて笑う。
「そうだ、壊れてしまえばいいんだ!全て全て壊れてしまえばいい!」
「キリルさんっ!」
ドコッとキリルの腹を蹴ると、更に笑います。
壊れてしまっているのは、ニードの方じゃないかと思うくらい。
「キリルさんを元に戻して!」
「無理だよ。覚醒が始まったら誰もとめられないんじゃないかな~」
その間にも、キリルさんの呻き声は続いていて。
「いいざあまーだね。家族もいない一人ぼっちには、調度いい結末なんじゃないかな」
地面をかきむしるキリルさんに、私は近寄るべく手を差しのべるとバチッと弾かれたように、手に擦り傷ができます。
「無駄だよ。覚醒が始まると外部に攻撃的になるから」
「 覚醒を止める事ができたら、キリルさんは、元にもどれるんですよね?」
「まず無理だろうね。ふふっ、化け物に、おにあはいだろう」
私の中で、何がキレました。
ぶわっと、わたしはのなかで、抑えられなくなりました。
傷つくのは招致で、キリさんのカラダにてをのばします。
「ワタシハ…ニンゲンのママ…」
「無理だな、お前は化け物だから」
再度、ニードがキリルさんを蹴りす。
その瞬間、私の中で魔力ふきあふれました。重い風が吹き込むと、ギシギシといいながら壁がパラパラ落ちる。
「キリルさんは化け物じゃない!」
「化け物だろ!見てみろよ!」
「違う!」
制御しきれない魔力が辺りを包むと、体から何かが抜けてくいきます。
バラバラ壁が落ちていく中で、私はキリルさんを抱き締めてニードを睨みます。
「キリルさんは負けたりしない!」
「…イキ…タイ…うぁぁぁぁ!」
大きくキリルさんが吠えた瞬間、私の目の前に黒色の大きな壁が現れました。
「ルナ、怪我…誰だ、俺の主、婚約者を傷つけたやつは!」
ゆらゆらと黒い霧が揺れています。
まだ三日間なのに、懐かしくて涙腺が崩壊しそうです。
「スフィンさん!」
私の声に振り向いたスフィンさんは、私の状況を読む様に視線で促します。
「帰りたいです…キリルさんも一緒に」
「分かった」
短い返事に私は安心して、体の力が抜けるのが分かります。
溢れていた魔力も、スフィンさんが触れた所から少しずつ緩やかになりました。
「何処にもいかせない!おい、不法侵入者を捕らえろ!」
「馬鹿だ。拘束する事なぞ造作もない」
ふぅ、と溜め息をすると何処からか植物が伸びてきて、グルグルとニードと仲間達の体に巻き付き始める。
剣で切っても次々延びてくる植物に、最後は手も足も出ずに拘束されました。
「少し眠ってろ」
言うな否や寝息が聞こえてきて、キリルさんの呻き声だけになる。
「ぁぁぁぁ!…ル、ナ……コロシ、テ」
「出来ない!キリルさんは生きるの!核を止められたら……」
「核だと!?」
「もう時間がないの!スフィンさん、何か出来ませんか?」
「昔、書物に書いてあったのは失敗例ばかりだからな…覚醒を停止させるしかあるまい」
初めての成功だと言っていたのを思い出して、歯がゆくなります。
これは、一か八か。自分のイメージ先行の魔法でやってみるしかありません。
手にありったけの魔力を溜めて、キリルさんの心臓辺りに手をあてます。
「核の停止、精神の正常化!」
ぱっと魔方陣が浮かび明るくなって眩しさに目を閉じます。
光が収まると、ぐったりして傷だらけのキリルさんが気絶したように横になっています。
「治まった?キリルさん?」
「まだ寝かせていた方がいい。このまま転移魔法で飛ぶ」
「はい、分かりました…」
喜びで半分ハイになっているらしく、疲れは感じません。
スフィンさんは、私をキリルさんごと抱き締めると光がユラユラして軽い目眩に襲われます。
すぐに、視界は歪んで見慣れた部屋の風景になります。
グラグラするのは、転移魔法を使ったからなのか、魔力の使い過ぎからなのか。
「ルナッ!」
「怪我をしてるではありませんかっ!」
座ったままの私の前に、膝をついたのはキースさんとカイルさん。
私は戻ってこれた事に安堵して、涙が零れそうになるのを、必死に瞬きで耐えます。
「心配かけてごめんなさい…」
「心配ぐらいかけてくれてもいいんだ。ルナが無事で良かった…」
キースさんが頭を撫でてくれた事で、必死に耐えていた涙があふれます。
一度流れ出した涙は止まらずに、手に拭っても拭っても流れてきます。
「強く擦ってはダメですよ」
私の代りにカイルさんが、ハンカチで拭ってくれます。
泣くだけ泣くと、キリルさんの事を思い出してベットを用意してもらいます。
「キリルさんを寝かせてあげたいのですが」
「彼女は誰なんですか?」
「その話は、ゆっくり話たいです。おねがいします!」
すぐに簡素なベットを運び込まれて、キリルさんは寝かさりれました。
これでひと安心です。
気が抜けそうですが、まだダメです。
説明しなくては…パチッと両方の頬を叩いて気合いを入れ直します。
それに驚いたのは、皆さんは不思議そうに私を見てます。
「ルナ、どうしたんだ?」
「私とキリルさんの事を説明しなきゃダメなんで」
フラフラ立ち上がる私を、ティーノお兄様が抱いてソファーに座らせてくれます。
それに合わせる様にキースさん達も座ります。
「まず、私は閉じ込められてました。魔法が無効化の牢に」
私はあったままを話しました。
ニードの事、初めての成功例の話。
キリルさんに竜人の核が、埋め込まれている事。
彼女を鎮めるのに、私の魔法が有効な事。
うつらうつらしそうで、まとまらない説明を皆は聞いてくれた。
「禁忌魔法を使っているヤツがいるって事だな」
「そうですね。人間を器と言ったのだから間違いないですね」
キースさんとカイルさんが呟きます。
私は頷いてスフィンさんを見ます。
「スフィンさん、遅くなりましたが…助けてくれてありがとうございました」
「ルナの魔力を感じたから、助けられただけだ。だから礼は必要ない」
「見つけてくれてありがとうございます」
それがなきゃ、私はまだあそこで途方にくれていました。
キリルさんが助からなかったかもしれない。
だから、精一杯のお礼を言います。
「本格的に大公令嬢の誘拐の捜査が出来るよな?」
「あ、棟に転がしたままだった…」
「すぐに、手配しましょう。どうせ、逃げられない様にしておいたのでしょ?」
忘れていたらしいスフィンさんは頷いて、すぐに視線を反らす。
ジルお兄様とティーノお兄様は、クスクス笑うと私を抱き上げます。
ティーノお兄様の腕に抱かれて、洗浄魔法が使われます。
体が綺麗になった事でホッとすると、体が重くなっていきます。
「疲れただろ?ずっと一緒にいるから、少し眠りなさい」
ポンポンと規則正しい振動に、段々と眠気に負けてしまいます。
ふわふわした微睡みが優しくて、私はそのまま安心して意識を手放しました。
落ちる前に、額に温かい手が触れて私は無意識に手を伸ばしました。




