No.29 少女と私
キュルルルルと遠くで鳴く声で、目が覚めました。
じめじめした部屋とギラギラの魔石に囲まれて、リアルに拐われた現実を思い出しました。
薄い絨毯では、体がバキバキになります。
今が冬なら凍死していますよ。
夏だから助かりましたが…現状は変わらず、窓から差す太陽で朝なのが分かりました。
「…明日はキースさんの誕生日かな?」
寝過ごしてなきゃ間違いく、明日はキースさんの誕生日です。
こんな事になってなきゃ、当日にプレゼントを渡せたのに。
今はどう考えても無理なので、帰ったらすぐにでもプレゼントだけ渡しましょう。
また一つ、帰る理由が増えました。
上手く魔石の破壊がいけば、魔法で対抗出来るはずで。
習いたてで、何処まで対抗出来るか不確定なのが痛いのですが。
他に対策出来るとしたら、精霊避けの香を薄くする事。
精霊とは会話が可能なので、助けを求めやすくなります。
どちらも、今すぐ出来る訳じゃありません。
私の魔法が普通に使える様になるまで、無効化の魔石の破壊は出来ていません。
今の私の出来る魔法は、精々一つの魔石を破壊するぐらいで。
初歩的な火や水すら出せません。
次に、精霊避けの香が薄められて会話が出来ても、私の確かな現在地が分かりません。
助けを求めたくても、分からないのだから意味がないのです。
転がったままでは体が痛むので、座り直して、はぁぁと溜め息が出ます。
そんな時、コツコツと足音がして牢の前に、年齢は高校生ぐらいの少女が立っています。
服装は、粗末なワンピース。
手には簡単な食事を乗せたトレー。
カギは筋肉質の男性が開けると、また何処かへ行ってしまいます。
この隙に逃げられるかも?
そう思って空いているドアに向かおうとすると、少女は私のドレスを掴むと左右に首を振ってきます。
「ダメ。逃げられないの…すぐ近くに監視人が三人いるから」
小さな声を拾って、私は元の場所に戻ります。
深い青の髪を三つ編みにした少女は、私の目の前にトレーを置くと近くに座ります。
「貴女は誰ですか?」
「私はキリル。貴女の名前は?」
「ルナです。キリルさんはどうしてここに?」
私が質問すると、キリルさんは悔しそうに顔を歪めて呟きます。
「私は…ネズミと一緒なの。実験台で初めての成功…なんで、死ななかったのかしらね…」
呟きは胸に突き刺さる様に聞こえてきます。
まるで、静かな叫びです。
「実験台って…」
「今はまだ聞かないで…さぁ、ご飯を食べましょう?」
「分かりました…」
私の目の前には、パン二つとスープが二つ。
どうやら、彼女も一緒に食事をするらしいです。
黙々と食べていると、ポツリとキリルさんが言います。
「貴女には心配してくれる人がいる?」
「えっ?」
「私にはいないの。家族は亡くなってるし…一人ぼっちなの。だから貴女もそうなのかな…って」
パンをちぎりつつの問いは切なくて、私は言葉を躊躇いがちに答えます。
「家族はいます…心配ばかりかけてしまってて…ダメですね」
「うんん、ダメじゃないわ。そっか…待ってくれている人がいるのね」
「はい…」
「それじゃ、帰らなきゃ!私も出来る事があったらお手伝いするわ。私が私でいられる間に」
「キリルさん、それは…」
私の問には答えないで、キリルさんは寂しげに微笑みます。
「今日から当分は一緒に過ごすのだもの、敬語はなしよ?」
「一緒に?監視ですか?」
「ほら、また敬語!そうね、私は成功例で力もあるから。でも、年が近くて良かったわ。オジサンの監視なんて、拷問ですもの」
「拷問?確かにちょっと遠慮したいかも」
「でしょ?だから、仲良くしてくれると嬉しいわ」
クスクス笑うキリルさんの表情は、先程と違って明るい。
空元気でも、今はそれに救われます。
「さっきの話、話せる時が来たら話して欲しいな。私で力になれるなら…なんでもするから」
私なりの感謝を込めて言います。
一人で牢にいるのは、精神的にキツイですから。
キリルさんがいる事で、私も少し元気になれます。
そのお礼に何か出来ればいいんですが。
「ありがとう…。ルナは優しいのね」
「優しいのはキリルさんだよ?」
「そうかしら?」
「そうだよ?」
私達は小さく笑い合うと、また食事を再開させます。
その後は、トレーを片隅に寄せて私達は何気なく話します。
隣り合わせの体温が、落ち込みそうな気持ちを和らげてくれます。
打ち解けるのに時間はかかりませんでした。
半日、色々話しました。
本当にたわいない話ばかり。
趣味の話に、好きな食べ物の話。
好きな本に、家族の話。
そこまで話して、キリルさんはこぼすように話し出します。
「私はね、二年間王妃様の敷地のメイドだったの」
「そうだったんだ…」
私の頭に浮かんだのは、きな臭いメイドの噂話。
選ばれし者だけが参加出来るパーティー。
そして、キリルさんのネズミや成功例の話。
一気に話が思わぬ方へ流れていきます。
頭にパッと浮かんだのが、スフィンさんから聞いたはぐれ魔導師の話。
人体実験は禁忌とされていると言う話でした。
「ねぇ、もし…自分に人間と違う力が使える様になったらどうする?」
「人間と違う力?」
「……私の体にね、ここに竜族の核となる魔石が埋め込まれているの」
「竜族の核?」
キリルさんの指差した場所は、心臓です。
私の中で確信に変わりました。
禁忌の実験が行われていて、その被害者がキリルさんで。
しかも、初めての成功例として。
「私が怖い?」
諦めに似た表情のキリルさんに、私は左右に頭を振って答えます。
「怖くないよ。キリルさんはキリルさんだから」
「でも、私がこうしていられるのも、後何日かしら…魔石が定着すれば…私は私じゃなくなるの。今だって、時々おかしくなるように胸が熱くなる時があるの」
胸を押さえて俯くキリルさんは、悲しげに微笑んでいます。
私に出来る事…頭を捻ってみても浮かびまはせん。
「ねぇ、もし私がおかしくなったら、殺してくれないかしら?」
「そんな事…」
「お願い。ルナにしか頼めないの。私はあの人方に利用されたくないの」
懇親の願いに私は、首を縦には振れない。
人を殺すならんて、私には出来ない。
「殺すことは出来ないけど、私の出来る事はする!」
今は何が出来るか分からないけど。
諦めなければ、助かる道もあるはずです。
私の強みは、固定観念のない魔法。
私だけでは無理でも、スフィンさんが一緒ならもっと可能性は広がるはずです。
「大丈夫。一緒に生きて帰ろう?」
「一緒に?」
「そう。お仕事だって父様に頼めば、見つけてもらえると思うし。私がお願いするから、キリルさんは一緒に生きて。生きたいと願って」
「願ってもいいの?」
震える手をギュッと掴むと、私は出来るだけ明るく笑う。
「うん、一緒に生きよう。出来る事からしよう」
「私…生きたい。ルナみたいに優しい人になりたいわ」
「私みたいに?うーん…私、そんなに優しくないしそれは微妙かも。キリルさんはそのままで良いいと思うよ?」
「優しいわよ?私みたいな根なし草にまで、優しい言葉をかけてくれるのだもの」
「それはきっと、私の周りの人が優しいから。根なし草歴なら私も負けてないよ?家族に会ったのは、つい最近だから」
「そうなの?お嬢様かお姫様かと思ってたのに」
「ド庶民でしたよ?つい最近、父様が迎えに来てくれて、家族と再会したの。今世紀最高の驚きだったよ」
つい最近のことなのに、ずっと前のことみたいに思えます。
改めて、波乱万丈な数ヶ月だった気がします。
それでも、周りには優しい人達がいてくれたから…前を向いていられました。
一度考えてしまえば、恋しくてしょうがなくなります。
目を閉じて、頭をフルフル振って思考を振り払います。
「まず小さな事からコツコツと!」
「私にも出来る事があったら言ってね?」
「じゃ、まずは…」
私達は頭を付き合わせて、作戦会議を始めます。
私達が生きるために、今出来る事をしたいと思います。
死亡フラグ?
そんなモノは、折ってしまいますよ。
皆さんに逢うまでは、諦めの悪さと図太さで生き抜いてやります!
気合いを入れ直すと、私達は地味に作業を始めました。




