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No.1逃げるが勝ち

ヒューキュルルルル。

青い空に間抜けな鳥のさえずり。

起き抜けに見える、目に眩しい位の美しい顔を心配に染めている人物が二人。


そして、視界を巡らせた先の綺麗な窓に映る変わり果てた自分であろう姿。

目も頭も痛いです。


どうしてこうなったの?!

ちょっと整理しましょう。

順序よく思い出して、私!


養護施設の仕事を終えて、同僚で友人であるミカちゃんと星夜から誕生日祝いに居酒屋でご馳走になって、ほろ酔い気分で深夜に家へと向かって歩いていました。


『瑠菜…三十才の誕生日にこの面子って…来年は彼氏と祝いなさいよっ!結婚もなかなかいいもんだよ?』


『独身は俺と瑠菜だけだからなー…よし、瑠菜頑張れ~!俺は二次元で頑張る!』


『お前は少しはリアルも頑張れよ!二人とも来年は相手探しなさいよ!』


『瑠菜が頑張ったら頑張る事にするー』


『星夜はまたソレかよっ!』


曖昧に笑って誤魔化す私に、ミカちゃんは困ったように笑っていたました。

星夜は相変わらずな宣言をして、自分の注文したツマミに夢中になってました。


養護施設育ちの私は、結婚や家族に馴染みがないのが本音です。

だからか、恋愛にも積極的になれず現在お一人様を謳歌中。

家族はいなくても、施設で出来た星夜みたいな友達がいたし、小さな子達がいて寂しいと思う暇がほとんどありませんでしたが。

高校・大学を奨学生で卒業して、養護施設で働きだして五年目。

騒がしいながらに、平穏な毎日に満足です。

お一人様上等ですよ。

老後は是非、大型犬を飼ってゆっくり読書に明け暮れてやります。


「やぁ、僕のお姫様」


突然へんな声をかけられて、歩きながら思考に耽っていた私は立ち止まります。


「こっちだよ?」


「うわぁ?!」


背中の間近からひょっこり顔を見せた人物に、私は固まって…ドン引です。

長い銀髪に美麗な顔立ち。

手足の長い無駄に美しい人物が、目を潰す勢いで微笑んでいました。

どれも、華美過ぎて人間離れしています。


「…幻覚…あ、幽霊…?」


どっちにしても、飲みすぎですね。

明日も仕事だから、二日酔いは遠慮したいです。

やれやれと額を手で押さえる。


飲みすぎて幻覚とか幽霊とか流石にまずいです。

さっさと家に帰って寝ちゃいましょう。

お風呂は早めに起きて、朝にチャチャッと入るとしましょう。

明日は、星夜と一緒のシフトなので体力は温存しておきたいです。

早速歩き出そうとすると、ガッシリと腕を掴まれました。


「無視?ダディは無視なの?!もしかして、反抗期?!」


「……駅と交番はつきたり、病院は右折して通りに出れば分かりますから」


「どっちも必要じゃないから!愛娘と会話を弾ませたいダディの努力をくんで欲しいな~」


「…あ、宗教の勧誘はお断りします」


とりあえず手を離そうと四苦八苦しながら、愛想笑いで道を教えます。

"離せ変質者っ!"とか"父親?若すぎるでしょ、頭大丈夫!?"とか"残念すぎる変態"とか、心で悪態をつくいたのは、愛想笑いで隠れていると思いたいです。

変態さんの笑顔も、キラキラで怖いです。


「ちょっと、会話しよ?!噛み合ってないからっ!」


「是非、気持ち悪いので他当たってください」


「いやいや、ルナじゃないと意味ないから!ダディに愛をプリーズ!愛は世界を救うんだから」


「勝手に世界でも惑星でも救ってて下さい。面倒なんで巻き込まないで下さい」


「緊急にツッコミで砕けそうなダディの心を救って欲しいな」


「面倒くさいので一人でどうぞ。帰る邪魔しないでください!」


「うん、帰ろうね…ずっと待たせてごめんね…」


「待ってませんし、貴方は知りま」


そこまでしか言えませんでした。

離そうとしていた腕を引かれて、変質者さんの腕に力いっぱい捕獲されました。

そりゃ、もうガッチリホールドされましたよ。


視界には上質な真っ白いシャツ。

ほのかにスミレの香りに包まれて、苦しいのも忘れて、懐かしい気持ちになるのはなぜでしょうか?


不意にパチンッとシャボン玉が弾けて、キラキラした光の粒が降り注ぎます。

頭の中でギュッと、蓋されてた何かが次々と押し寄せてきます。


『絶対、迎えに行きます…だから、少しだけ待ってて下さい』


銀髪を束ねた優しそうな美少年が、紫の瞳に涙を浮かべて抱き締めてくれます。

大好きな優しい体温です。


『離れてても……お前は俺達の可愛いお姫様だからな!』


頭を乱暴に撫でているのは、やはり銀髪に紫の瞳のヤンチャそうな美少年です。

いつも、撫でてくれる手が大好きで…


抱き締められている淡い銀色の髪の少女は…小さい時の私?


姿は全然違うけど…あれは小さな私だ。

横には、私と同じ大きさの彼等と同じ色彩の子が泣いてます。


『迎えに行くから、泣かないで待っててね?』


悲しげに微笑む濃い紫色の瞳に、光を浴びて青みがかって見える銀色の髪。

抱き締められると、優しい花の香りに包まれて安心出来ます。

大好きな人達に囲まれて、幸せそうに笑っている、私……ーー。


押し寄せる波にのまれるような記憶が収まって顔をあげると、悲しそうな切なそうな濃い紫の瞳とかち合いました。


「これからは一人にしないから…これからは一緒にいよう家族と、ね?」


「……か、ぞく?」


「うん、僕とティーノとジルとフィル…それにルナの五人で」


嬉しそうに微笑む自称・父に、私は心がギシギシと捕まれたように傷みます。

理由なんて分かりません。

痛みは心を揺さぶっているのは確かで…


「…ほとんど覚えてない、です。ごめんなさい……」


自然と出た言葉に、自分自身ビックリですよ。

突然抱き締められたら、いくら美形であっても殴るなり暴れるなりするのが普通だと思います。

今までなら確実にボコボコにしましたし、触られたら手加減しません。

でも、今の私は…ものすごい罪悪感と不安…ちょっとの安心感。


感じたことのない感情に、振り回されて頭はぐるぐるパンク寸前です。

いえ、すでにパンクしたかもです。


「……うん、十年は長いからね…だから、初めましてからやり直そう?」


「…やり直す?」


「うん。父様はずっと一緒にいて、ルナの味方だよ」


「み、かた?」


背中をポンポンとして優しくあやされてしまうと、心地よくて何も言えなくなってしまいます。

YESともNOとも、考える事すら出来ないまま、だんだん目蓋が重くなってきます。

マズイと思いながら身動ぎすると、頭上から穏やかな声が耳に届きます。


「大丈夫だから…ゆっくりお休み僕達の可愛いお姫様……」


額に柔らかな感触を感じるのと同時に、私は暖かい体温に誘われるように深い深い眠りに落ちました。




そして、現在に至ります。

もう、ツッコミどころ満載すぎて出来る事なら、あの時の私を殴ってやりたいです。

いえ、今はそれどころではありません。


なんで、年齢不詳な人に抱き締められて寝落ち?!

十年って…施設で暮らし始めたのが三才で現在三十才…計算違いも大概にしろって、ぐらい誤差出てますよ?

人違いですよね!?


「えっ?!」


なにより、窓ガラスに映る子誰ですか?!

白っぽい銀髪に菫色の瞳の色白な美少女が、困惑でいっぱいの表情を浮かべてます。

申し訳ない程度にある胸に小さな手足。

まだ十二、三才くらいに見えます。

私の動きと同じなのは、絶対気のせいですよ。


「大丈夫ですか?」


「体に変な所とかねぇーか?」


穏やかな微笑みを浮かべるのは、銀髪を一本に束ねた綺麗な人です。

十代後半に見えます。

どことなく、自称・父に似て華やかな綺麗な人です。


もう一方は、色彩は一緒でも髪は適度に伸ばされた凛々しい男前です。

瞳の色は、青みががった綺麗な紫。

御二人とも、コスプレよろしくな碧系の西洋風の騎士の服装ですが、明かに顔が日本人離れしているのでお似合いです。

……日本人離れ?

もしかして、日本じゃない、とか?

いやいや、ゲームや小説じゃあるまいし、突然知らない国なんてオチはいりません。

某ネズミの国ぐらいで勘弁して下さい。


軽く現実逃避していますが、何か?

体より思考が大変な事になってます。

言うなら…竜巻が起こったみたいにぐるぐるしていて、住んでた街が吹っ飛んだぐらいの衝撃ですよ。


「あの…ここ、何処ですか…?」


日本である事を切に願いながら呟きます。

儚い願いとしても。


「ここは、フェリア王国の王都ですよ」


「まぁ、護りの森を超えなきゃ馬で城までは少しかかるけどな!」


「…お、オシロ、デスカ?」


「えぇ、父上と僕、ジルは王宮でお仕事をさせて頂いているんですよ?」


「ティーノは魔導師で俺は守護騎士だから、分野は全然違うけどな」


「ソーデスカ…」


「あ、僕がティーノで彼がジルベルトです」


「はぁ…ルナデス…?」


「えぇ、知ってますよ」


「おう、ルナを待ってたんだからな!」


激しく詰んだ気がしますが、気のせいですか?

フェリア王国ってだけで、情報を拒否しそうなのに…お城・魔術・騎士?

そんなファンタジーな展開望んでません。

別に、ファンタジーやRPGは嫌いではありませんが、あれは非現実だから面白いのであって、リアルには求めてません。

夢落ちを全力で希望します!

今なら混乱だけで、気を失える気がします。

実際は気を失えない図太い自分に泣きそうですが。

俯きながら色々吐き出したくて溜め息をつくと、頭を優しく撫でる手に気がつきます。

暖かい体温が伝わってきて、少しだけ落ち着けました。


「覚えてない事に、罪悪感は感じなくていいんですよ?ルナは三才だったのですから」


「そうだよなー。俺だって三才の記憶なんてほぼ、無いしな…細かい事は気にすんな。今からまた始めればいいんだし!十年は少しずつ埋めていけばいいしな」


「え…十年?いやいや……」


誰か説明プリーズ!

全く意味が分かりません。

さっき落ち着いた気持ちが、見事にまぜこぜになりました。

一生ぶんの混乱とパニックを使い切った気がします。

非常に疲れます。

主に心と精神の疲労。

あ、心と精神は一緒か?


「詳細は分からないのですが、時間が異なっているから余計に混乱しているのですね?ルナは現在十三才で十年間留学してたんですよ?」


「違うって言っても、二、三年の差だろ?ルナは可愛いから、兄様達は心配だったんだぞ?」


「ハハハハ…ソンナコトナイデス」


顔が引きつります。

実は枯れた三十路でした★なんて間違っても言えません。

御二人の心の平和のために黙秘です。

顔だって"冷たそう"とか"人形"とか…陰口を叩かれる程度で、モテた記憶は…女の子に『男より男前』と言われて"王子"と呼ばれてた学生時代だけ。

バレンタインは大漁でしたが何か?

ダンスパーティは、いつも男性パートでしたがどうかしましたか?

…無用な心配にヤサグレてしまいそうです。

過去を思い出しながら、しょっぱい溜め息を吐き出していると、ドアが勢いよく開きました。

ドンッと、物凄い音がしましたが扉は大丈夫なんですかね?


「…起きたんだ?」


微妙な表情を浮かべていたのは、彼等と同じ色彩の美少年でした。

年齢は高校一年生ぐらいでしょうか?

肩で揃えた髪と、体の線の細さから中性的な印象を受けます。

なんだか、麗しい顔に慣れてきてる自分が切ないです。

きっと、混乱しすぎると1周回って驚きが失せるのでしょか?


「えぇ、今起きたんですよ」 


「で、ル…お前は覚えてるか?」


突然向けられた視線と言葉に、私の頭の中には"?"でいっぱいになります。

省略され過ぎた言葉に反応出来るほど、混乱や疲労から復活してません。

会話はキャッチボールだと、誰かに言われた記憶がありますが…突然の変化球や魔球の対処法は教えてもらってません。


黙っていると、美少年の視線に棘が混ざって突き刺さります。

怯むほど可愛い性格はしてるつもりはありませんが、真っ向から受け取るのは遠慮したいので俯いて誤魔化します。

ダメージは避けれる時は、避けるに限ります。

君子危うきは近寄らず、素晴らしい言葉ですよね。


「おい、フィル。ルナを怖がらせるなよ」


「……だって、不公平だろ!兄上や父上達は、あの時からずっと誰より努力して頑張ってきたのに…コイツは、違う場所で忘れてぬくぬく生活して」


「フィルッ!」


言われた言葉に私の中で、色々と保とうと頑張っていた糸が切れました。

プチッといきました。

混乱しながら飲み込もうとしたいたモノがあふれてきます。

現在進行形の混乱・戸惑い・困惑。

過去に経験した寂しさ・悲しさ・虚しさ…泣くのを我慢した事、理不尽さに怒りを覚えた事、変えられない事実に諦めた事、今までの様々な事が浮かびます。


「……出てって。一人にしてください」


今の私はきっと無表情です。

表情を取り繕う余裕はありませんし、必要性を感じません。

心と一緒に体温も冷たくなった気がします。


ぬくぬく?

家族がいないだけで、周りがどんな反応するか知ってますか?

養護施設ってだけで、いじめのターゲットになるのに?

どんなに努力しても一部の人間から付きまとう、同情や蔑み、哀れみのこもった視線や言葉、態度。

負けずに俯かずにいれたのは、施設の星夜みたいな友達と小さな小さなプライドがあったからです。


誰かに非難される生き方はしていません。

それが、身内かもしれない人だったとしても。


「……一人に、してください」


「分かりました。落ち着いたら下に来て下さい…ね?待ってますから…」


「ルナ……。フィルも行くぞ」


「………っ」


静かに三人が出ていくと、無性に悔しくなりました。

突然現れた自称・父、兄らしい人達。

知らない場所に連れてこられて…非難されるって、どんな罰ゲームですか?

神がいるなら、即刻殴り倒したいです。

平凡な日常を返しやがれ、と。


「…どっか行きたい……」


窓の外は、日本と同じ青い空に太陽。

植物の緑色が見えて落ち着きます。


『おそといっちゃう?』


『ねぇ、いっしょにいっちゃう?』


「行っちゃおうかな……」


可愛らしい小さな声は楽しげで、私の口は勝手に返事をしていました。

疲れきった頭は、細かい事を気に出来るほど働きません。

今は何も考えたくないです。

とりあえず、此処にはいたくなくて…小さな声に頷いて行動に移しました。


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