No.27 未知の場所
ポツポツと水の弾ける音で、遠くなっていた思考が戻ってきます。
一番最初に目に入ったのは、粗末な揺れるロウソク。
天井近くにある窓からは、遠くに小さな
青銀の月。
鉄格子とくれば、牢屋ですね。
「……また拐われた?」
ブラックアウトの前に聞こえたのは、珍しく慌てた聖夜の声でした。
多分魔法で拐われたのでしょうね。
人を拐うのだから、大きな魔法なのに気がつけなかった事が悔やまれます。
転がされたままだった体を起こして、辺りを見回そうとして固ました。
「やぁ、お姫様。やっとお目覚めざめかい?」
壁に背中を預けて佇んでいたのは、街で会った胡散臭い青年。
警戒する私に、青年は胡散臭い笑みを浮かべながら嫌味なくらい優雅に一礼する。
「僕はニード・サニエル。子爵家の次男です。以後お見知りおきを、大公家のお姫様」
笑顔の癖に笑ってない目は、氷の様に冷えています。
背筋が凍るような視線を感じながらも、情報を集めるために言葉を探します。
その様子にニードは、笑みを深めて言葉を続けます。
「怯えなくても大丈夫だよ?貴女を今すぐ殺しはしないから」
「今は、ですか。何が目的なんですか?」
「何が…、していあげるなら邪魔なんで君は僕達にとって」
「邪魔?私は何かした覚えはありませんが」
睨みつける私を、彼は肩を竦めて言葉を流します。
「まぁ、少し大人しくしているといいよ。どうせ逃げられないのだから」
ニヤッと口角を上げた彼に、私は鳥肌が立ちます。
それは嫌悪感からであって、気持ちのいいモノではありません。
「魔法も無駄だよ?壁一帯に無効化する魔石が埋め込まれてるし。もちろん、精霊避けの香も焚かれているからね」
心底楽しそうなニードの姿に、舌打ちしたい気持ちを押さえます。
苛立ったまま刺激して、今より状況が悪化したら目も当てられない。
今は大人しくしてなきゃダメ。
ギュッと自分の手を握りしめて、小さく深呼吸します。
「普通の子は怯えて泣くのに。ホント面白いな~♪僕、結構君の事好きだよ」
「ロリコン……」
「ろりこん?」
「小児性愛者」
場所も忘れてドン引きで答えます。
十三歳に何を言っているのでしょうか。
見た感じニードは、きっと二十代だろうから、やっぱりドン引きです。
「違うから。僕は年上が好きだし、僕自身まだ二十三歳だからね!」
「やっぱロリコン」
「まぁ、いいや。とりあえず、大人しくしててよ」
会話に飽きたのか、ニードは牢屋から出て鍵をかけます。
カチャンッと音を立てた鍵は、淀んだ灰色の魔石が埋め込まれています。
手をヒラヒラ振って、ニードの姿は見えなくなります。
シーンと静まりかえると、急に心細さが顔を出しまいます。
「……初めてだ」
この世界に来て一人でいるのが、初めてな事に気がつきます。
一人で街へ出た時も、ナビがいてすぐにキースさん達に出会って。
夜は大抵、お兄様達や父様がいて。
森に拐われた時な、精霊王のエメルさんと黒狼のシルヴァーさんがいてくれて。
昼間は大抵、婚約者さんの誰かが一緒にいてくれました。
当たり前になってしまっていましたが…それがどれ程心強かったか。
今になってよく分かります。
そして、甘えていたかも。
優しく包み込む様な家族にも、甘く穏やかな婚約者の三人にも。
目がうるっときたのを、目を閉じて止めます。
「しっかりしなきゃ」
心配しているだろう皆さんに、無事に再会するまでは泣いてはいられません。
後ろ向きな考えはダメ。前向きに考えなきゃ!
パンッと両頬を叩いて、気合いを入れ直します。
ここは牢屋でも空の位置から、それなりに高い場所のはず。
スフィンさんとの勉強で学んだ地理を、頭の中から掘り出します。
「高い建物であまり使われていない、人が寄り付かずに牢屋がある建物?」
うーんと頭をひねり続けて数分。
ふっと、浮かんだ考えを呟きます。
「北の森、の番人の塔?」
北の森は死者の森とも言わるらしいです。
魔獣や魔力が満ちているらしく、運良く魔獣に会わなくても、不思議な魔力でさ迷い無傷で出るのは、魔導師や騎士レベルでも困難だと聞きました。
普通の人ならなおさら。
だから前に私が助かったのは、ひとえに精霊王・エメルさんとシルヴァーさんの優しさからです。
今回はそれも望めません。
精霊避けの香が炊かれているから。
無効化の魔石を壊せれば…と、思いつつ壁を見てげんなり。
「どれだけ埋め込んでいるんですか…」
壁だけじゃなく、天井まで魔石がびっしり埋められています。
これだけ埋められているのを見ると、一つにそんなに力はないと思います。
魔石を壊すためには、過度の魔力を送り込めばいいはずです。
それは、一見簡単に見えて数と私の魔力から考えると…数日かかりますね。
何よりニード達に知られない様にするために、少しずつ悟られない様にする。
それは地味にハードルが高いです。
天井から壁に視線を移して、そして床に視線を向けます。
床には丁重に扱われているのか、薄い絨毯がひかれています。
まずは何をすべきか…。
「やっぱり、魔石を少しずつ壊すしかないかな?」
ドレスなのも構わずに、壁の近くにコロッと転がります。
背中を鉄格子に向けて、壁と向き合って深呼吸。
近場の魔石に触れて、慎重に魔力を送り込みます。
゛壊れて゛と願いながら。
手が熱くなって、パキッと音が鳴るのと同時に手を離します。
「上手くいったかな?」
魔石を見ると少しだけ鈍い色になった魔石は、魔力を感じなくなっています。
とりあえず、成功で安堵の溜め息を吐き出します。
魔力もあまり使わずにすんだみたいで。
でも、問題は山ずみです。
バレずに何処まで出来るのか。
天井のはどうすればいいか。
バレにくい様に間隔をあけながら、転がって手の届く場所の魔石を壊します。
頭にあるのは…一緒にいてくれた人達。
特に過保護気味の婚約者さん達の事が、頭をかすめます。
おおらかで時々悪戯ッ子みたいな顔をするキースさん。
気配りが得意でたまに腹黒い所のあるカイルさん。
標準装備が無表情なのに、瞳は正直に表情を表すスフィンさん。
心配かけていると思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになりますが…心配してくれていたら嬉しい。
相反する気持ちを持ちながら、地道に魔石を壊していきます。
手を止めると泣いてしまいそうで…弱い自分に蓋をしてせっせと魔力を使います。
早く皆に会えますように…それだけを願って。




