No.26 ダンスと嵐の前の静けさ
本日は雨です。
こちらの世界に来て初めての雨の日。
キースさんの誕生日、舞踏会に出席決定らしい私は、現在お城の比較的狭いダンスホールにいます。
そうです。ダンスのレッスンのため。
狭いといっても、そこはお城です。
無駄に豪華な部屋に、私は腰が引けています。
「ルーも僕も、一応はダンス出来るんだよ?」
久々に顔を合わせた聖夜は、ほどよく日焼けしていました。
本人の希望により、魔導局の強化合宿に参加していたみたいです。
昨日の夕方帰宅した聖夜は、夜寝るギリギリまで話をして、最終的にはお兄様方に引きずられて退室。
そして、今日は暇らしく私に付き合うと宣言して一緒にいます。
他のメンバーは、いわずもがな婚約者さん達。
「ん?どこかで習ったのか?」
「学校の授業であったんだよね~」
キースさんが不思議そうな顔をします。
確かに、日本で社交ダンスなんて生きていく上で必要ありません。
でも、 私と聖夜が通っていた高校はマンモス校で、社交ダンスやオペラ観劇などあって、特に社交ダンスは年に一度。
学校祭の後夜祭はペアーで踊る伝統であり、恋人達の一大イベント。
だからか、授業でダンスレッスンはありました。
ただ、大きな問題があります!
「では、練習の必要はないのでは?」
「絶対必要ですっ!」
カイルさんの発言に、私は慌てて首を横に振ります。
問題の一つは、ダンスを習ったのは高校生の時。
十年以上疎遠になっていますから。
そして最大の問題は……。
「ルーは、女の子にモテてたからね~いつも、男性パートだったんだよね!よっ、月の王子様!」
ケラケラ笑う聖夜の黒歴史の暴露で、ガリガリと気力が奪われたました。
落ち込んでもいいですかね?
「ルナだから、月の王子様か?」
「みたいです。否定しようにも、気がついた時には校内に広がっていて……」
「ルナが男のパートを?」
あの時は開き直りましたけど、改めて言われると恥ずかし過ぎます。
スフィンさんは、何となく納得出来てないのか不思議そうにしています。
「よし、気を取り直してルナが何処まで踊れるか確認しよう」
「そうですね…」
拐うように手を持ち上げるキースさんに、私は姿勢を正して受けます。
ふっと視線を巡らせると、カイルさんがピアノの椅子に座って音楽を奏で始めます。
カイルさん、何気にスキルが高いです。
「気を楽に。俺がリードするから、安心してくれ」
「はい。でも、足を踏んだらごめんない」
先手必勝。最初に謝っておきます。
朧気な記憶を掘り起こして、キースさんの背中に腕を回します。
流れるのは、学校でも習った簡単なワルツです。
「ほら、こっち見ろ。笑顔をもらえるまと更に嬉しいけどな」
「む、無理です!今でいっぱいいっぱいです!」
悪戯っぽく笑うキースさんに、私は情けない声で反論します。
足捌きはなんとか分かります。
ただ、前の時とは違うパートを踊るのは、本気で冷や汗です。
頭の中が真っ白ですよ。
私の表情が面白いのか、キースさんはニヤッと笑ったかと思うと、体がフワッと浮いてクルッとターン。
うぎぁぁ!と思った時には、抱き寄せられて通常の動作に戻っていました。
「キースさんっ!」
「上手いぞ。全然大丈夫じゃないか?」
非難めいた私の声に、キースさんは笑みを深めます。
してやったり顔も、色気ダダもれでそれ以上言葉になりません。
赤面していない事を祈ります。
黙々と踊る事に集中する事で、気持ちを落ち着けようと奮起。
一曲踊り終えると、軽く息が上がってしまいました。
「何回か踊れば慣れるし大丈夫だな」
「えぇ。見た感じステップの間違いはないですし、後は可愛い笑顔が出れば問題ありません」
「ルナの笑顔に惹き寄せられて、多少のミスは気にならない」
「えっ!ミスはダメですよ……仮にも王子様の相手役なんですから!」
ミスしたらご令嬢こと狩人さんに、足下すくわれる気しかしません。
私が顔をしかめていると、コツンッと頭を小突かれます。
「゛仮゛じゃないだろ?ルナは俺達の婚約者だ」
「忘れては困る」
ちょっとムスッとした様に、スフィンさんにまで言われてしまいます。
「忘れていませんよ?ただ…なんて言いますか……」
「ルーは照れているだけだよ~。証拠に、耳がちょっと赤くなる」
「ちょっと、聖夜!」
何を暴露しているんですか!
今だに婚約者さん達の気持ちが、照れくさくて慣れないんですよ。
歩み寄が大切なのは分かっているのですが、照れとむずかゆさから一歩が踏み出せません。
「だって、本当の事でしょ?ルーは照れ屋だから」
「聖夜は羞恥心を持てばいいと思う!いつも振り回されている身にもなって!」
「えー、やだ!」
「だだっ子かっ!」
みにょ~と、聖夜の頬を掴む。
聖夜が軽く『痛い痛い』と言いつつ笑います。
このやり取りも、懐かしくてつい頬が緩んでしまいます。
その手が急に、スッと拐われてしまいました。
拐ったのは、黒い笑顔のカイルさん。
「さぁ、ルナ。次は私と踊って頂けますか?」
「えーと…はい?でも、音楽は?」
「俺が弾こう。先程の曲ぐらいなら問題ない」
スフィンさんのスキルも、天井知らずの様です。
次に何が出てきても、驚かない自信があります。
腕を引かれてギュッと抱きしめられます。
「私達が婚約者で嫉妬する事を、忘れないで下さい」
「えっ??」
耳もとで囁いたカイルさんの笑顔は、当社比でキラキラしています。
すぐにダンスの姿勢になったのに、思考は付いていきません。
「嫉妬します、と言ったんです」
今度はしっかり目を見て言います。
私はステップを気にしつつも、嫉妬について考えてカイルさんを見上げます。
「聖夜は姉弟みたいなモノですよ?」
「それでもです。私達よりずっと一緒にいたのですから」
「確かにそうですけど。でも、聖夜は私にとって弟みたいな兄みたいな人なので、心配はいりませんよ」
「……そうですか?」
「そうですよ」
綺麗なカイルさんの顔が苦くなります。
その表情が年齢相応で、可愛らしくみえて私は小さく笑ってしまいます。
「笑った罰です」
音楽が流れている中で、急にカイルさんが抱き締めてきます。
すぐに解放されて、ステップは戻りましたが急な事に私は心臓がドキドキでした。
ステップだけでいっぱいいっぱいなのに、急に動作を変えられるとステップが頭の中で飛んでしまいます。
ギリギリで足は踏まずにすみましたけど。
初心者なのに。手加減をお二人は知らないのようです。
音楽が終わると、どっと疲れが押し寄せます。
二曲しか踊ってないのに、体力はまだ大丈夫でも、主に精神力が削られてヘロヘロです。
「休憩を挟んでもう一度だな。ルナ大丈夫か?」
「多分大丈夫です」
キースさんが顔を覗き込んで、宥める様に頭をポンポン手を置きます。
私は受け流しながら頷きました。
その間にスフィンさんは、鈴を鳴らしてお茶の用意を頼んだようで。
すぐにお茶が運ばれてきて、私は一時の休息を手に入れました。
その後は、スフィンさんともダンスをして一通り及第点を貰って、ダンスのレッスンは終わりました。
部屋に戻ろうとした時。婚約者さん達が陛下の緊急の呼び出しで、部屋まで送れない事に渋っていた三人を、私は聖夜がいるから大丈夫だと送り出しました。
部屋までは数分で、迷う事もありません。
皆さんを送り出して部屋に向かう途中の廊下。
突如、大きな暗闇につつまれました。
景色が消え失せて、聖夜の気配も感じられません。
絶体絶命のピンチ。そう想ったのと同時に、私の意識はブラックアウトしました。
遠くで聞き覚えのある声が聞こえたのは、きっと間違いないはずです。




