No.25 ドレスの採寸のお時間です
キースさんの誕生日まで三日。
私はある意味、最大の羞恥心を味わっています。
「さぁ、お嬢様!私達の腕で三日でお嬢様を、最高のお姫様にしてみせますわ!」
「お嬢様をより美しく!腕が鳴りますわね」
ミリーさんとニーナさんが、手をワキワキさせながら近寄ってきます。
ドレスを脱がされて、下着姿にされた私は羞恥心で赤くなればいいのか。
侍女のテイションに、ドン引きすればいいのかわかりません。
採寸の間も、彼女達は無駄に元気です。
「お嬢様は細くいらっしゃいますから、コルセットは緩くでいいですね」
「手足も長く綺麗ですから、それを生かさない手はないですわ!」
採寸実況中継される私は、この状態になった原因を思い出してそっと溜め息を吐き出す。
事の始まりは今朝。
父様とティーノお兄様とジルお兄様との、食後のティータイムでした。
「ルナ、ドレスを作ろう!」
「あの、ドレスはいっぱいありますよ?」
父様からのプレゼント攻撃で、それは腐るほどあります。
袖を通していないモノが多いです。
展示会も出来ちゃうくらいに。
「デビュー用のドレスは作ってない!キース殿下の誕生日が、ルナの舞踏会デビューだからね!」
「えっ、私も出るんですか?!」
誕生日はお祝いしたいと思いましたが、舞踏会に出るなんて聞いてません。
これは、なんのフラグですか?!
私が驚いていても、父様は気にせずに話し出します。
「もちろん。ルナはキース殿下の婚約者なんだから当たり前だよ。何より、僕が自慢したい!」
「自慢になりませんからっ!」
「なりますよ?ルナは可愛い妹ですからね」
「そうだな!俺も可愛いルナを自慢したいな~」
「可愛くないですよ?!」
「可愛いですよ」
「文句なく可愛い」
「可愛い過ぎて困るよ」
私の家族は、ヤバいフィルターがかかっているのかもしれません。
しっかりして下さい!
異世界クォリティーな方々に、自慢して頂ける程ではありませんから!
外見は父様に似ていますが、中身は残念仕様の私ですよ?
慌てているのは私だけで、父様とお兄様達は勝手に話を進めてしまいます。
誰か止める術を教えて下さい!
「ドレスは作る!ニーナ問題ないな?」
「ございません。可憐な姫になって頂きたいと思います」
「色は…瞳に合わせた色がいいかもしれませんね」
「ドレスは清楚な感じがいいかもな」
「僕も色合わせようかな~♪」
「えっ!?それはダメです!」
親子ペアルックなんてなんの嫌がらせですか!
恥ずかしい通り越して、違う次元で警報が鳴ってます。
だって、父様は宰相さんですからね!
国のお偉いさんなんですから、そんな皆さんがドン引きしそうな思考は、ぐしゃぐしゃにしてポイッとして下さい。
私の考えがダダもれなのか、悲しそうな顔をします。
「ダメ…?」
「ダメ、です!父様は父様に似合う衣装でお願いします!」
「えーーっ!」
そこは断固拒否です。
お兄様達も頷いています。
まだ父様程は、おかしくなってない事に一安心です。
「父上、そこはキース達に譲らなくてはダメですよ」
「えっ?」
「そうなんだよな~。悔しいけど婚約者だし」
「そんな決まりがあるんですか?!」
驚いた私に、ティーノお兄様は首を振ります。
「明確な決まりはないんですけど、最近は婚約者に自分の色を贈る人が増えてるんですよ」
「例えば、自分の瞳の色とか髪の色とかな」
聞いていて゛乙女かっ!゛と、口から出そうになってしまいましたよ。
少女マンガの展開にありそうな話に、私は遠い目をしてしまいます。
あれは他人事だから良いのであって、自分に降りかかるのは避けたいです。
「ルナの場合はどうなるんだろうな…キース達の色は難しくないか?」
確かに…婚約者が三人ですから難しいですよね。
ジルお兄様の言葉に納得していると、父様がニコニコしながら言います。
「キース殿下がスフィン殿とカイルに、装飾品を頼んだらしいよ。だからドレスデザインを早めに教えて欲しいって、言われているんだよね」
「ニーナ、デザイン画はすぐに出来ますか?」
「はい。午前中には完成させますわ!」
キラキラ目を輝かせるニーナさんに、嫌な予感しかしません。
ニーナさんもミリーさんも、普段あまり着飾ない私を残念そうにしていたので仕方のない話ですが…気合いが入り過ぎで怖いです。
「じゃ、完成したらまずは僕にね?一番重要な案件だから忘れずに!」
国を動かしている人の重要な案件に、娘のドレスデザインが入っているのに、驚くやら呆れるやらで、父様達が仕事に向かった後、長い長い溜め息を吐き出しました。
そして今、回想しているうちに採寸が終わったようです。
楽なドレスに着替えて一休みしている間に、ニーナさんとミリーさんは紙にサラサラとドレスのデザインを何枚か書き出します。
目を惹いたのは、胸から下何枚もの生地が流れるように重ねられたシンプルなドレス。
飾りは背中の控えめなリボンだけ。
ボリュームはなくて動きやすそうだし、何より可愛いと綺麗の中間の位置にありそうなドレスに、ちょっとしかない乙女心がくすぐられました。
「やはりお嬢様はセンスがおありですわ」
「私もミリーも、それがお嬢様にお似合いになるかと思っておりましたの!お嬢様はお可愛らしいので、無駄に着飾らない方が美しいですわ!」
「そうですか?センスがあるのは、ミリーさんとニーナさんですよ?」
私ではドレスデザインをもとより、ドレスすら機能性や着やすさで決めてしまいますから。
本当にうちの侍女さんは、ハイスペックですよね。
デザイン画も描けて、ドレスも縫えちゃうなんて…私の侍女でいて頂くのが申し訳なくなるくらいです。
「うちのお嬢様、最高です!」
「本当にお嬢様付きで幸せですわ」
うっとり頬笑む二人に、私も何となく笑っておきます。
これ以上聞くと、居たたまれなさとでメンタルがガシガシに削られる気がするので。
この後の話し合いで、ドレスのデザインはあのドレスに決まりました。
私が惹かれたドレスです。
デザイン画は二枚必要らしいです。
一枚は父様に、もう一枚は保存用にとニーナさんが大切に保管するようです。
今回ボツになっても、何時か使う日があるかもしれないので。
これがニーナさんの意見らしです。
ドレス画を持って、ミリーさんが父様の所に行くのとすれ違いに、キースさんとカイルさんが顔を出してくれました。
「採寸はどうでしたか?」
カイルさんとキースさんは、私を挟んで座りながら面白そうに聞いてきます。
私は乾いた笑いで答えます。
「怒涛でした…当分は遠慮したいです」
優しい侍女さん達のワキワキした姿は、普段の大人しい二人から想像出来きないくらいでしたから。
何より下着姿にされて、あちこち触られるのは…日本で暮らしていた私としては慣れません。
「で?デザインは決まったのか?」
「はい、一応は。ねぇ、ニーナさん?」
キースさんが言うと、ニーナさんはしまうために持っていたデザイン画を、恭しく差し出します。
それをキースさんとカイルさんが一緒に見て、感心した様に微笑みます。
「さすが、大公家の侍女達ですね」
「そうだな。より可憐になりそうで、ちょっと不安だな」
「ドレスに負けそうですか?」
キースさんが不安に思うのは当たり前ですよね。
私自身が不安なんですから。
外見は父様やフィルお兄様に似ていても、中身は私ですからね。
大切な事なので、もう一度言います。
中身は残念仕様の私なのです。
礼儀作法はだいぶマシになりましたが、付け焼き刃になってしまっていないか不安でしかありません。
困った様な顔をしているだろう私に、キースさんとカイルさんは顔を見合せて小さく笑います。
「ルナは可愛いですし、年齢を重ねれば花を咲かせるごとく更に綺麗になりますよ?」
「そうだな。俺達なんて霞んでしまうにくらいに。外見は内面も表すから、ルナはルナらしく焦らず大人になればいい」
「そうですか?…でも、頑張ります!」
キースさんもカイルも優しいです。
事あるごとに、私はそのままでいいと言って安心させてくれます。
だから私は、今以上に頑張りたいと思うわけで。
「では、私達も頑張らなければダメですね」
「皆さんが、ですか?」
皆さんが何を頑張るのでしょうか?
今でも十分過ぎるぐらいです。
うーん、と考えているとカイルさんはサラサラ髪を撫でます。
「今まで以上に頑張らなくては、ルナの伴侶としては認めてもらえませんから」
「クレメス殿を認めさせなきゃ、婚約者止りだからな」
苦い笑いを浮かべる二人に、私も苦笑してしまいます。
父様の愛は重量級ですから。
皆さんを認めていないのではなく、ただ気に入らない。
もしくは、焼きもちな気がします。
「皆さんは私には勿体ないくらいですよ?父様はちょっと…反動と言いますか拗れてるんですよね」
そう拗れてるだけです。
娘と離れて暮らしていた反動。
この間の休日で、ちょっとだけ父様が分かった気がします。
親バカで、でも私の幸せを一番に考えてくれている憎めない人。
「仕方ないですよね。ずっと離れていたのですから」
「鬼才の宰相と言われていたクレメス殿が、ここまで変わられたんだからルナはすごいよ」
「私は何もしてませんよ?」
むしろ、最初は結構辛辣でした。
怪しい人認定をしていたくらいですから。
今でも寝起きの奇襲には、冷たい言葉をかけてしまいます。
特別何かをした覚えはありません。
「それでも、クレメス殿はルナに救われていると思う」
「嫌悪されてもおかしくないのに、ルナは一生懸命に受け入れているんですから」
綺麗に笑みを浮かべる二人に、私はなんとなく口ごもってしまいます。
そこまで誉められると、返答に困ってしまいます。
「そうですか?」
考えを巡らせて、出た言葉はありきたりですが…一番無難な答えです。
受け入れたと言うより、父様やお兄様達の努力の方が比率が多いと思います。
それは現在進行形で続いています。
情けない事に、私はただ流されるままな受け身なだけです。
改めて考えて俯いてしまいます。
「俺達も救われた」
キースさんの言葉に、私は弾かれた様に顔を上げます。
キースさんは、優しく頬を緩めて私の頬に手を伸ばして触れます。
「ルナはただ受け入れてくれた。俺達もこの世界も。それは、俺達にとって奇跡に近いんだ」
「私達は詰られても、嫌悪されても仕方なかったのですから。幼い子を異世界転移させて、こっちの都合で引き戻すなんて…鬼畜の所業ですからね」
鬼畜の所業。
確かに父様と休日を過ごす前なら、頭で否定しながらも、心は頷いていたと思います。
でも、今は……。
「私はこの世界も父様達も、きっと好きなんだと思います。ただ、日本にいた自分が否定されたみたいに思えて……ちょっと悲しかっただけです」
そう根底にある自分自身を否定されたみたいに思えて、悲しかったのを引きずっていたのかもしれません。
それが、父様の言葉で少し消化されて軽くなりました。
「そっか…。もっと好きになれる様に俺達も頑張らなきゃダメだな」
「そうですね。゛きっと゛が消えてしまうくらいに、ルナに愛して頂きましょう。この世界も私達も」
艶っぽく呟いたカイルさんと、頷くキースさん。
やっぱりキースさんも、色気がダダもれで。
「恋を通り越して愛ですか?!」
二人の目が本気だと語っています。
顔がボッと熱くなって、耳までも熱くなります。
それぞれの綺麗な二人の熱い視線に、私はただ赤くなるしかありませんでした。




