No.23 宰相様の休日~父様の癒し
【クレメスside】
月が昇り仕事の終了が告げられる時間。
僕は明日の休日に思いを馳せる。
明日は、ルナが帰還してから初めての休日!
父娘水いらずで過ごす絶好のチャンスだからね。
明日は朝からルナを連れて、自宅を案内するのもいいかもしれない。
ルナは目覚めて直ぐに、街へ出てしまったから屋敷をあまり詳しくないはず。
ドレスはお城に移したけど、他のモノは置きっぱなしだし。
一泊するのもいいかもしれない。
そうと決まれば、まず執事に伝えなくてはいけない。
万が一にも、ルナが変な事に巻き込まれては大変だ。
そのために、家人に大切な事を伝えなくてはならない。
「このまま、行くか…」
机をそれなりに整えて転移魔法を使う。
少しでも時間を短縮するため。
すぐに屋敷の玄関まで到着する。
室内じゃないのは、執事に怒られるから。
「服装よし。大丈夫なはず」
「旦那様、お帰りなさいませ」
服装を見直したのと同時に、ドアが開いて糸目の老執事・シビーが現れる。
無駄のない動きに、ピシッとした黒色の執事服には皺一つない。
彼は精霊と人間のハーフで、見た目と年齢は合わない。
まぁ、人の事は言えないけど。
家人のリーダーで、副業でも手腕を発揮する頼もしくもあり厳しくもある人物。
「旦那様、ご帰宅の際は前もって連絡を」
「今日はそれどころじゃないんだよ!明日、僕が休みなのは知ってるよね?」
「はい。うかがっております」
「だからルナを連れてくるから。明日は父娘水いらず!」
「ルナ様のご了承は頂いたのですか?」
「うっ…。い、今からもらってくから!だから屋敷の中も回りも綺麗にしとくように!」
「勿論です。二時間で綺麗にしてみせますとも」
綺麗に一礼するシビーを横目に見ながら、すぐに愛娘の元に飛ぶ。
こんな時は、魔術が使えるのは便利だ。
数分間粘ってルナから了承を勝ち取って帰宅すると、シビーは涼しい顔で出迎えてくれた。
家人の人数が少ないのは、副業に勤しんでいるからだろうね。
副業とは、陛下の専属の諜報部隊。
うちの家人は、屋敷の侍女やメイド・庭師・料理長・執事をしながら、命を受ければ諜報員の仕事をこなすエキスパート。
これは、極秘事項だけど。
「ちゃんと了承取ったからな」
「分かっておりますよ。では、明日は最高のおもてなしをさせて頂きます」
「カウチのクッションは忘れずに用意しといて」
「了解にございます。では、お風呂と夕食に致しますか?」
「夕食はルナが作った軽食摘んできたから、お酒とお風呂でいいや」
「了解致しました」
そのまま、自室に向かってソファーに上着を投げ捨てる。
今日は早く寝て、明日に備えなくては。
鼻歌混じりに明日の事を考える。
明日はめいっぱいルナとの時間を過ごそう。
お風呂もそこそこに、お酒を少し飲んでベットに入る。
急速に眠りに誘われて、朝までぐっすりだった。
翌朝、気持ちの良いくらいの晴天。
朝食を食べ(シビーに怒られながら)、ルナを迎えに行くと
「父様…。お早いですね…」
調度朝食を食べていたルナが、苦笑いしていた。
一緒に食卓を囲んでいた、ティーノとジルの冷めた眼差しを無視する。
「父上、ルナを必要以上に振り回さないで下さいね」
「仕事がなきゃ、一緒にいくのに!夕方には帰るからな!」
「えぇ、一緒に夕食を食べましょう。セーヤは、魔力の訓練の合宿中なので明日まではいませんから安心して、楽しんで下さいね」
「はい。お兄様達もお仕事頑張ってください」
「今日はダディの日!ルナは僕と一日を過ごすんだから」
宣言するとティーノとジルから、冷めた目で見られた。
さっきより数段に冷たい。
でも、負けないけどね!
今日のために仕事を気合いで片付けて、やっと今日を迎えたんだから。
ルナの朝食の間、お茶を傾けながら頬を緩める。
今日は素敵な一日になるだろう、と。
朝食を終えたルナを連れて転移魔法を使う。
転移魔法に酔いやすいルナを考慮して、片手に抱き上げて。
一瞬、歪んだ視界がすぐに屋敷の玄関になる。
「うぅっ…これには慣れません」
「大丈夫かい?」
「なんとか…」
魔力量が多い弊害か、ルナは転移魔法が苦手らしい。
普通なら二、三度の経験で慣れるはずなのに。
ちょっとぐったりしてるルナを、そのまま抱いているとドアが開いた。
きっと有能な執事だから、魔力が動いたのを感じたんだろう。
「お帰りなさいませ、旦那様。ルナお嬢様」
「ただいま」
「えっと…お邪魔します」
「お邪魔なんてとんでもない。お嬢様の家ですので、なんなりとお申し付けください」
「ありがとうございます、執事さん」
「私はシビーとお呼び下さい。」
ペコリと頭を下げるルナに、シビーは頬笑みを浮かべる。
「では、ルナお嬢様の顔色がすぐれないので…少し休憩致しますか?」
「あぁ、頼む。ルナには冷たい果実水を。僕はいつものを」
「旦那様はアイスミルクティーですね。場所は何処に致しますか?」
「庭にしよう。花も綺麗に咲いているからね」
シビーの背中を見送って、僕は庭に足を向ける。
今の時期は花が咲き誇っていて、お茶にはうってつけの場所だ。
ルナも花は好きだろうから、喜んでくれるはず。
「うわ…綺麗ですね!」
「だろ?僕も時間がある時は、ここでお茶をするんだ」
「良いですね。素敵だと思います」
予想通りに喜んでくれているルナを、椅子に座らせる。
僕は向かえに座って頬笑む。
自慢の庭は、破天荒な庭師・ヘルクの力作だ。
不意に視線を感じて振り返ると、そこには淡い紫色の薔薇を手にしたヘルクが近寄ってきて、ルナの前に膝をついて差し出す。
「はじめまして、リトルレディー。俺は庭師のヘルクです。以後お見知りおきを」
「えーと、初めましてルナです。よろしくお願いします」
しどろもどろになりならがら、ルナが挨拶をすると、ヘルクはルナの手に薔薇を握らせる。
「あの、でも…」
「僕の娘に触れるなっ!このタラシがっ!」
慌てるルナの手をもぎ取る。
油断も隙もないっ!
僕の反応を見て楽しんでいるのはわかるけど、ルナにベタベタ触れるのはよろしくない。
睨み付けても許ヘルクは、ニマニマ笑ったままだ。
「なんだよ。僕の顔を見てニマニマと」
「いいえ。別に…プッ」
ぼかしきれてない。
コイツ肩が揺れてるし、吹き出しやがった!
「あの…どうしたんですか?」
可愛らしく首を傾げるルナを見て、僕は気持ちを切り替える。
せっかくの娘との休日をこんなヤツに、振り回されるなんて馬鹿げてる。
「なんでもないよ。さぁ、少し休憩しようか?ヘルクは仕事に戻るように」
「では、リトルレディー。またお会いしましょう」
「はい。お仕事頑張ってください」
笑顔で手を振るルナに、ヘルクは少し驚いてすぐに笑顔で手を振り返しながら仕事に戻っていく。
「お嬢様、果実水でございます」
「ありがとうございます。綺麗な色ですね」
「桃がメインになっておりますので、この様な薄紅色になっております」
音もなく現れたのは、お茶の準備に行っていたシビーだ。
果実水とアイスミルクティー。
一口だいの可愛い茶菓子を用意する辺り、流石うちの執事だ。
抜け目がないくて結構。
「茶菓子もルナのために用意したのだから、遠慮しないで食べてね」
「可愛くて勿体ないですね…」
薔薇やウサギなどを型どったお菓子達を前に、ルナの瞳がキラキラしてる。
うん、文句なしに可愛いぞ!
「お嬢様に食べて頂ければ、料理長も喜びになるかと」
「ありがとうございます!でも…朝食を頂いたばかりで…少しだけ頂きますね!」
「そうでございますね。残りはティータイムにでもお召し上がりになればよろしいかと」
「そうですね!じゃ、少しだけ…」
視線が忙しなく動いたかと思うと、ルナの手は猫の焼き菓子を手にする。
可愛らしい焼き菓子を少し見つめると、パクっと口に運ぶ。
ふわっと顔が綻んで、可憐な笑顔が浮かぶ。
「ようございました。では、私は少し席を外させて頂きます」
「あぁ、分かった」
シビーが姿を消した後も、ルナと二人でお茶を楽しんだ。
その後、僕は屋敷を案内した。
図書室、魔術の訓練所、温室、ダンスホール、馬小屋にいたるまで案内した。
ルナは図書室に興味を持ったらしく、じっくり観察していた。
「あの本…」
ルナの指差す場所にあったのは、魔法書の初級編の青い本。
「あの本かい?この本を持って、僕の部屋に行こうか?スフィン殿ほどではないけど、解説出来るし」
「いいんですか?」
「うん。ルナを案内するのが目的だったし、休日ぐらいゆっくりルナと戯れたいな~って思ってただけだから」
「じゃ、お願いします。魔法の本は読み始めたばかりなんですが…スフィンさんは、黒の本からの解読で…」
苦笑いするルナに、僕は仕方ないだろうな…と笑ってしまう。
魔法書は三段階に別れている。
青は初級・赤が中級・黒は上級。
報告によるルナの魔力量と技術力を考えても、スフィン殿の考えは正しい。
きっと、中級まではサラッとした勉強だけで十分だと判断したんだろう。
魔法は素質が大切だから。
次に倫理観だろう。魔法を使う上で、倫理観がズレていると魔術師にすらなれない。
ルナはどちらも心配ないと、スフィン殿からもティーノからも聞いている。
「じゃ、僕と一緒に魔法のおさらいをしようか?」
「はい!楽しみです♪」
瞳が好奇心でウキウキしている。
ルナは魔法が好きだと知ってはいたけど、ここまでとは…スフィン殿には危険な魔法は教えてはダメだと、念を押しとかねば!
心でガッチリ決めて、ルナを僕の部屋へと案内する。
図書室の隣の隣が僕の部屋。
読書が趣味の僕が、行来するのが面倒で私室をそこに決めて、代々の当主が使っていた部屋は今はフィルの私室になっている。
僕の部屋は白とブラウンの色彩でまとめられている。
お気に入りの大きめのカウチは、フルオーダーしたモノ。
机や椅子も合わせてブラウンでまとめた。
本棚の一人掛けの椅子には、大きなベアーが座っている。
「さぁ、入って。カウチに横になりながら読もう!」
クッションがいっぱいのカウチは、寝心地最高だしね。
「え、でも…寝ながら、ですか?」
「だって二人で読むんだから、 膝抱っこか寝ながらしか無理だよ?」
僕の私室には、ソファーがないし。
あるのは仕事用の机に椅子と、カウチだけ。
本棚に飾り棚、ベアーが座る椅子。
以上が僕の部屋の家具だったりする。
寝室とシャワー部屋は奥にある。
だから僕しか使わないこの部屋は、不要な飾りはいらない。
殺風景に見えるかもしれないけど、僕には最高の部屋なんだよ。
「ルナはどっちがいい?椅子?カウチ?」
僕が首を傾げると、ルナは考え込んだ後に小声で答えた。
そんなに悩まなくてもいいのに。
膝抱っこだって僕は喜んでするし、カウチならのんびりした時間を楽しむし。
「じゃ、カウチで」
「了解。じゃ、おいで~」
僕が寝た後、ルナを手招きする。
少し躊躇いがちに、ルナがコロッと横になる。
腕枕っていいよね。
僕がルナを背中から抱きよせるように、腕枕をして本を開く。
「さて、おさらいからね。まずは属性の種類からだね」
「光・闇・火・水・風・土ですよね?」
「一番レアな属性は何か分かる?」
「光だって聞いてます。でも闇も少ないから貴重だと」
「そうだね。ルナみたいに全属性は本当に希少なんだ。無敵と言われている現神子様でも、五属性だからね」
「オーリンさんですよね?それよりすごいとか、想像出来ません。次期神子って言われても、実感がわかないから…」
小さな溜め息と一緒にこぼした言葉は、とても重く聞こえた。
今まで違う世界にいて、戻ってきたばかりのルナに実感を持てと言うのが酷な話だ。
まだ十三歳で、親の元にいるのが当たり前なのに…お城の部屋に住みながら勉強をする毎日。
いくらティーノやジルが近くにいようと、不安は持ってて当たり前だ。
それでも前向きにいるルナが、愛おしいくて仕方ない。
少しでも不安をけせる様にと、時間が許される限りは傍にいたいと朝から部屋に行ったり、プレゼントしたり。
何も出来なかった十年分を、少しずつ埋めていけたら…なんて自己満足だけど。
本を閉じてルナの頭を撫でる。
「大丈夫だよ、ルナは一人じゃないから。僕達はルナがルナでいてくれるから、一緒にいたいと思うのだから」
「私が私でいるから?」
「そうだよ。ルナは何があっても、僕の娘だし愛しているよ。それは、ティーノやジル、フィルだって変わらないよ」
「…そう、だと嬉しいです……私も皆さんと一緒にいると、なんかホッとします」
ポツポツ話すルナから、次第に寝息が聞こえてくる。
窓ガラスから入る陽気と、クッションにやられてしまったのかもしれない。
寝る前の言葉も、半分寝ぼけて本音がこぼれたのかもしれない。
甘えのが下手なルナが見せた弱さに、胸がギュッと掴まれた様な気がする。
もっと甘えてくれて良いのに。
頼って欲しいと思うのは、贅沢だろうか?
寝息をたてているルナを抱き寄せて、髪に頬ずりして目を閉じる。
願わくば、ルナに幸せな毎日が訪れますように……ーー。




