No.20 妹と街散策~兄妹水いらず
【ジルベルトside】
活気であふれている街中を、嬉しそうに大きな瞳でキョロキョロとしながら歩くのは、町娘の服装をした可愛くてしょうがない妹・ルナ。
俺と逆側から小さな手を繋ぐのは、俺の双子の兄・ティーノ。
少し前を歩くのが、弟のフィル。
今日は、オーリン様の提案により、ルナに街を見せるのが目的。
「おい、あまりフラフラするなよ!」
「ごめんなさい。初めて見るモノばかりで…ティーノお兄様もジルお兄様も、フラフラしてごめんなさい」
フィルが注意すると、素直にペコリッと頭を下げて謝罪するルナ。
「フィル、今日はルナが街を見るのが目的ですよ?」
「分かっているけど!…心配したっていいだろっ!」
「大丈夫だぜ?俺とティーノが手を繋いでいるし、気になる場所があるなら行けばいしな」
「はい。でもお兄様方は暇ではありませんか?」
心配そうに見上げてくるルナに、俺は頬を緩める。
本当に十三歳かと思えるほどの気遣いを、ルナは簡単にしてしまう。
育った環境かそれとも、性格なのか…前者なら切なくなってしまう。
ティーノは、空いている方の手で頭を撫でて頬笑む。
俺も手を強めに握る。
「私はルナと街を歩けるだけで、幸せなんですよ?」
「そうだな。一緒にいれるだけで幸せだし、キースにも自慢出来る」
「兄上達はいいよ!面会の申し込みなくても、ルナに合えるんだから!俺なんてなかなか合えないんだからね」
そう、俺とティーノは城務めでルナとは仕事がなきゃ、比較的毎日会える。
一方フィルは、大公家の継承者で城務めでではないので、手続きを踏まえなきゃいけない。
その手続きも面倒なくらい細かい。
ルナの後見者が陛下だから余計に。
「あ、あの店は何ですか?」
俺達の言い合いを止めたのは、ルナの可愛らしい声。
「あ、あれな。簡単にいえば…装飾品の店だな」
「えぇ、ドレスから冒険者の一色なんかまで揃いますよ?調度、キースの誕生日もありますから見ていきましょうか」
「えっ、キースさん誕生日近いんですか?!」
驚いて目を見開くルナに、そう言えば伝えてなかったと思い至る。
キースの誕生日は、今日を除いて八日後
。
こちらに来たばかりのルナが、知っている訳もなく驚きから困惑の表情を浮かべる。
「プレゼントの用意が出来ません……」
俯いてしまったルナに、俺とティーノは顔を見合わせる。
「プレゼントぐらいで、キースは拗ねたりしませんよ?」
ティーノが言うと、ルナは俺達を見上げて小さな声で呟く。
「誕生日は両親からもらう最初のプレゼントなんです。とっても大切なモノだから…だってキースさんに出会えたのも、その大切な日があったからで…だから、誕生日はプレゼントを渡して゛生まれてきてくれてありがとうございます゛って言いたかったな…って」
今の純粋なルナの言葉を聞いたら、キースは上機嫌になるだろうな。
間違いなくカイルやスフィン殿に、睨まれるのは免れないけど。
「でしたら、街散策のついでにプレゼントさがしましょうか?」
「そうだよ。どうせ、父上からたんまり小遣い貰ってるんだし」
「えっ??そうなんですか?」
「あぁ、ルナが欲しいモノを買うように持たされているから、遠慮なく使うといいぜ」
「本当にいいのでしょうか?」
「使わないと確実に拗ねるぞ?」
そうでしょうか?と不安そうにしているルナを宥めて、装飾品の店に足を踏み入れる。
店内は紳士・淑女で混雑していた。
その人達の視線は、一瞬でルナに釘図けになる。
繊細な顔立ちにピッタリはまる、白銀の髪にアメジストの瞳。
我が妹ながら、将来は確実に美女になるだろう容姿だ。
自慢に思うなと言う方が無理だ。
「…あ、あれ…父様に似合いそう…」
「あ、確かに。父上の瞳と同じ色だね」
ルナとフィルの視線の先には、ガラスケースに陳列されてるカフスボタン。
銀と青紫の石がキラキラしている。
「じゃ、おみあげに買っていくか?父上なら確実に喜ぶぞ?」
「はいっ!初めてのお買い物です!」
確実に目に浮かぶ。
父上がルナを羽交い締めよろしく抱き締めて、頭に頬ずりする様が。
少女らしく好奇心いっぱいの表情をするルナに、俺達は小さく笑う。
めったにしない表情に、嬉しくなって綺麗な髪を撫でる。
その後も、俺達は一通り店を見て回って店を出る。
ルナの手には、父上へのおみあげのみ。
俺とティーノの片手には、オーダーしておいたプレゼント。
「これっ!…っていうのがありませんでしたね…残念です」
「相手は腐っても王子様だからね。身の回りのモノは、すべて一級品でしょ?魔石とか銀を加工する魔術が使えない限りは、難しいかもよ?」
「加工する魔術ってあるんですか?!」
「まぁ、適性があるヤツは少ないって話だけど」
フィルの発言に、異常に食いつくルナ。
近い距離に驚きながらも、フィルは頷く。
魔法が使える者は、ある適性さえあれば銀や銅などの鉱物の加工も、魔石の加工も出来る。
ただ、最近では稀で今知っている中では、魔力最大の異名を持つハイエルフの二人だけ。
ルナの魔力の質を考えると、もしかしたら…なんて思ってしまうのは、身内の欲目だろうか。
「試しに鉱物や魔石の置いている店に行きますか?」
ティーノも同じことを思ったのか、ルナに提案する。
ルナは少し考えた後に、お願いしますとペコリッと頭を下げた。
同時に、ルナのお腹からキューと小さな催促が聞こえたくる。
「フフッ、お昼にも調度いいですし休憩しましょうか?」
「うぅ…ごめんなさい」
「気にするな。この辺だと…子グマ亭が安くて旨いぜ」
「じゃ、そこで良いんじゃない?」
ルナが頬を染める姿に、微笑ましさを感じながら目的の店で昼食をとった。
ルナも満足したようで、終始可愛らしい顔には笑顔が咲いていた。
腹ごしらえを済ませた俺達は、鉱物と魔石を扱う店に向かう。
店は小さくてお世辞にも綺麗とは言えない、古い建物だった。
「なんの用だい」
店に足を踏み入れてからの、店主の開口一番がこれだ。
「あの…ある方にプレゼントを探してまして…加工できる素材が欲しいです」
店主の老婆がルナを見て、驚いた様に見入る。
直ぐに正気に戻った老婆は、ルナの周囲を見渡したかと思うと納得したように、そうかそうかと呟いていた。
「どんなモノが欲しんだい?金か銀かい、プラチナなんかもあるよ?」
「うーん…銀で魔石も失敗する事を考えて、少し多めに欲しいです」
迷いながらも注文したルナは、じっと老婆の動きを目で追っている。
「真っさらの魔石でいいね?アンタなら自分で補充出来るし、大切は人にあげるんだろ?」
ニヤッと笑う老婆に、ルナは少し考えてはい、とはにかむ。
文句なしに可愛い…が、それがキースのせいなのが、ちょっと悔しくもある。
「どんなモノを作るのですか?」
ティーノがルナに目線を合わせて問いかける。
ルナの悪戯っ子のような表情を浮かべて、唇に人差し指を当てる。
「まだ出来るか分からないですし…秘密です」
その仕草に、ちょっと艶が見え隠れしてたのは…目の錯覚であって欲しい。
「別に知りたくなんてないし、キース殿下がズルイなんて思ってないからな!」
「もし、今回上手く出来たら…お兄様方にも作りますね!」
「別に…まぁ、無駄にするのは良くないからな」
フィルとルナは、どちらが年齢が上だか分からないな。
素直じゃないフィルを、ルナが上手く合わせているし。
「騒ぐなら外でやりな。さっさと個数を決めな」
客商売とは思えない態度の老婆に、ルナは調度十ずつ頼む事にした。
真っさらなモノは、魔力をこめなきゃならないから値段は低価格。
おこずかいは、カフスを含めても精々半分。
「また、何かあれば寄りな」
老婆にその言葉で送られて、ルナは紙袋を抱えて歩き出す。
俺が持つと提案すれば、やんわりと断られる。
「ねぇ、自分には何も買わなくていいの?」
フィルが不機嫌そうに聞くと、ルナは困ったように笑う。
「生活に必要なモノは全部揃ってますし…父様は何かと買ってきてくれるので」
あぁ…と、漏らして一緒に苦笑する。
父上は、ことある事にルナにプレゼントをする。
ドレスや宝石。
穏和なルナがストップをかけるまで毎日。
『気持ちは嬉しいですが、プレゼントはたまにあるから、気持ちが伝わると思うんです。それに、宝石よりお花やお菓子の方が嬉しいです』
それからは、父上は週に二回お菓子や花をプレゼントしているらしい。
飴と鞭。決して他者の心を否定しない。
しかし、行為を緩やかにすり替えて軽くする。
本当に十三歳とは思えない手腕だ。
頭の回転の早さは、兄妹でも一番な気がする。
「あ、あの…お菓子買って帰りませんか?」
遠慮がちに言うルナに、俺とティーノはなぜ?と言う視線を向ける。
「キースさんやカイルさん、スフィンさんのおみあげに。皆さんは今日はご一緒出来なかったので」
「そうですね。待てが出来たらご褒美が必要ですよね」
「ティーノ兄さん、それ人間に言う言葉じゃないよ?」
「番犬より番犬らしいぞ?ルナのお願いは絶対叶えるぞ?三人とも本気だから」
フィルがドン引きしているけど、本当だから仕方ない。
三人が可愛がるのも、過保護になるのも、全力で守るのも
ルナだからで、他の人間ではこうは為らなかったはずだ。
優しいのに芯が強く、誰かの為に動こうとするたくましさ。
媚びへつらう人間が多い中で、ルナは眩しいくらい真っ直ぐだ。
「じゃ、焼き菓子でも買っていくか?」
「はい♪帰ったらお茶会をしましょう!」
「うーん…じゃ、俺のオススメの店に案内するよ。焼き菓子ならあそこが、一番だと思うし」
街に頻繁に歩くフィルの案内に、俺達はついていく。
紙袋を抱えて歩くルナは、ご機嫌で足取りも軽い。
そんな妹を見て、俺とティーノは頬笑む。
久々にルナとゆっくりした気がして、表情は緩みっぱなし。
帰還から慌ただしい毎日に、ふと訪れたゆっくりで平和な時間。
この時間を堪能すべく、横を歩くルナの髪を一房撫でた。




