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No.19 すっかり忘れてました


聖夜と再会した次の日から、聖夜も一緒に勉強をしています。

実はそうなるまでに、一悶着ありましたよ。


『ルーの親友であり悪友の聖夜です。よろしく♪』


楽しげな聖夜にキースさんとカイルさんは、「ルナの婚約者は自分達だ」と、威圧感たっぷりで言い、スフィンさんは「……ルナからの願いなら」と無表情で言いました。

ただ、スフィンさんが若干、イラッとしているのは分かりました。

当の本人・聖夜はと言うと…王子様やハイエルフに大喜び。

「魔法使いになって、無双出来ちゃうかも!?」なんて、ウキウキしています。

そんなこんなで、聖夜が馴染み始めた頃。

二日で馴染むなんて、どんなスキルの持主なんでしょうか?

どんな場所にも馴染むのは聖夜の得意技で、驚きより感心の一言。

聖夜の七不思議の一つです。


勉強を終えて休憩していた時。

軽やかなノックが聞こえてきました。


「誰ですかね…訪問者はいるとは、聞いていませんが」


不思議そうにカイルさんが扉を開くと、

長く綺麗な青緑色の髪と翡翠の瞳。

花も驚いて花びらを散らしてしまいそうな佳麗が佇んでいらっしゃいました。

私も聖夜も呆けてしまいます。

だって綺麗なんです!ただ、男性か女性かは分かりませんが。


「オーリン様!どうなさったのですか?」


「突然の訪問申し訳ないのですが…どうしても次期神子にお会いしたくて。精霊王からの伝言もお伝えしたいのです」


困惑顔から艶やかさがダダ漏れしておりますよ。

声を聞くと男性のようです。

聖夜も小声で「男か…惜しい!」と呟いています。

画面越しじゃなくても、心が動く事に安心しました。

今までは、浮いた噂一つない画面オンリーな聖夜でしたから。

腐女子が喜ぶ程度には、異性の影がないヤツですが…もしかして理想が高いだけだったのでしょうか。


「どうしますか?」


カイルさんが伺いながら問います。

皆さんが顔色と止めない事から…危ない人ではないと思います。

でしたら、私は頷きます。


「はい、どうぞお入り下さい。お茶でもいかがでしょうか?」


「ありがとうございます。では失礼します」


ふわっと軽く一礼して入室してきた佳麗の方は、頬笑みを浮かべて私の正面に座りました。


「初めまして、ワタクシは現神子・オーリンです。貴女の話は精霊王とシルヴァーから聞いていたので、もっと早くお会いしたかったのですが…」


「えーと、ルナです。お会い出来て光栄です」


大輪の花も真っ青な微笑みに、私は先日精霊王やシルヴァーがぼやいていた会話を思い出します。

面倒くさ鬼。穏やかで口うるさい人。

正面に座るオーリン様からは、そんな感じは全くしません。


「こちらの世界に慣れるのが、一番大切な事だならな」


「分かっていますよ。だから、今日まで我慢しといたのですよ。本当はすぐにでもお会いしたかったのですよ」


キースさんが肩を竦めると、オーリンさんが苦笑します。

どの表情も美しくて見とれてしまいます。

その視線に気がついたのか、オーリンさんはフッと頬を緩めました。


「こちらの暮らしは、どうでしすか?」


不意に頭に日本の思い出が頭をかすめます。

消えてしまった日本での私。

一度空いてしまった穴は、ズキズキと痛みを訴えています。

でも、言った所で変わりません。

ギュッと気持ちに蓋をします。

見なかった事、気がつかなかった事にして。


「…皆さんは優しいですし、楽しい毎日を送っています」


嘘ではない。皆さんが優しいのも、知らない事を学ぶ勉強だって楽しい。

距離を計りかねながらも、一緒にいられる家族がいて。

成り行きだけど婚約者の三人もいます。

聖夜だって側にいてくれています。

だから、大丈夫。私は幸せなんだと思える。


「本当ですか?」


翡翠が心を見透かす様に、私を見つめて問いかけます。

心がぐらぐら揺れます。

他に選択肢がありましたか?

流されているだけですが、なすすべなしの私に…その質問をするんですか?


「…私はなんて答えたら、オーリンさんは満足しますか?」


気がついたら言葉が勝手に、口から滑り落ちていました。

反抗期のような子供の言葉。


「どんな言葉でも。ルナさんの言葉が大切なんです」


「私は……」


そこまで言って言葉は止まってしまいます。

日本での二十七年間。

色々な事がありました。笑ったり泣いたり。

今の私の軸は日本での培ったもの。

それでも、私は今ここの世界にいて。

ひょんな事から、聖夜まで巻き込んで。

心残り?あるに決まっています!

悔しい?流されるだけだから当たり前です。

寂しい?私の二十七年間を返して下さい。

でも…この世界も嫌いになれません。

優しい人達がいてくれるから。

心配してくれる人達がいるから…。

俯いてた視線をあげると、視界にキースさんやカイルさん、スフィンさんが心配そうな顔で、私を見つめています。


「日本での私の記憶が消えたのは、寂しいし悔しいです…正直、なんで私がっ!って思います。」


「えぇ、そうですね」


穏やかな声に促されて、私は思ったままを口にします。


「…でも、この世界も嫌いじゃないんです。初めて家族が出来て…一緒にいてくれるキースさんや、カイルさんスフィンさんがいてくれて」


頭を撫でる手が嬉しかったり、抱き締められる体温が優しかったり。

甘やかされ過ぎて困る事もあるけど、ちょっと嬉しかったり。


「だから…寂しいくても悲しくても、私はここで生きていきます。私にはやり遂げなければならない事があるんです!」


全て吐き出すと、グラグラしてた気持ちがフッと軽くなります。

流されているだけじゃ、ダメなんですよね。

私は私のやりたいように、全力で動きます。


「どこにいても、私は私ですから」


決意が固まると、翡翠の瞳を見て宣言します。

まだ、空いた穴はふさがりませんが…時間と共に少しずつ変わっていくはずです。


「そうですね。貴女は貴女です。意地悪な聞き方して申し訳ありません。貴女には、この世界を好きになってほしいのです」


「まだ早いんじゃないのか?」


「そうですよ。ルナはこちらの都合で振り回されて、失ったモノが多すぎるのですから」


キースさんとカイルさんの優しい言葉は、私の心を温かい何かで包んでくれます。

私はほっこりした胸に手を当てて、にっこり笑います。


「きっと好きになれます。今は日常生活で精一杯ですけど」


「えぇ、きっと。精霊王も゛世界を知り羽ばたけ゛と。ルナさん、精霊王は貴女を愛しの子にした心眼を自画自賛してましたよ」


「ルナは希少な人間。神子じゃなくても、世界に愛される」


オーリンさんが目を細めて微笑むと、スフィンさんが自慢気にフッと笑います。

迫力すごいですね。

どっちもハイエルフで、中性的な容姿のふたりですが…かたや無表情で艶やかな雰囲気を漂わせて、細身でありながらしなやかな筋肉のあるスフィンさん。

かたやスラッとした煌びやかさが目立つ佳麗で、知的にさが際立ち清楚な雰囲気のオーリンさん。

キースさんやカイルさん、兄様達とは違う美しい方々です。

美少年と言われていた聖夜すら、一般人に見えてしまいます。


「なんか、異世界の差見せられた気がするよね~?」


コソッと聖夜が呟きます。

私は無言で頷きます。


「ルナさん、分からない事や悩みがあれば何時でもワタクシを頼って下さいね?まずは…そうですね、楽しい事から始めましょうか?」


フフフッと魅惑的な笑顔を見せるオーリンさんに、私達は揃って首を傾げました。



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